梅雨は作物が育つためには恵みの雨をもたらすシーズンである、とわかっていても、やっぱり連日のぐずついた天候に頭も体も重くどんよりしがち、という人も多いはず。でも、そんな雨の季節でも、植物たちは元気。梅雨の季節は春や秋をもしのぐ花の多い季節でもあります。秋の七草や春の七草はあるんですから「梅雨の七草」もあっていいのでは?と考え、私選「梅雨の七草」を選んでご紹介してみます。
条件は、6月から7月一杯の梅雨の季節に咲き、海岸沿いや高山などの特殊な環境と亜寒帯や亜熱帯・島嶼限定の種類は除き、おおむね全国どこでもさがせば見られる種を選んでみました。
選んでみた。これが「梅雨の七草」
1.オカトラノオ(丘虎の尾 Lysimachia clethroides )
サクラソウ科オカトラノオ属。花期は6月から7月で、真っ白な小さな花が茎の先に総状につきますが、上向きに咲くために花穂が重力で動物の長い尾のように垂れなびく形になるために、「トラの尾」に見立てられてオカトラノオと名づけられました。野原や林のふち、山の草原などに咲くものがオカトラノオ、よく似たもので湿原や休耕田に咲く近縁種がヌマトラノオ。こちらは花穂がそれほど長くなく、垂れなびかずにまっすぐ立ちます。群生する性質があるため、風になびいてたくさんの「トラの尾」がゆれてているさまは、風情があり見とれてしまうほどです。
2.テイカカズラ(定家葛 Trachelospermum asiaticum )
キョウチクトウ科テイカカズラ属のつる性常緑低木。テイカカズラの名は、言うまでもなく百人一首を編纂した藤原定家(さだいえ/ていか)に由来します。定家が、恋慕執着する式子内親王の墓に、死後ツタカズラと化して絡みついたという伝説をもとにした謡曲「定家」から、「テイカカズラ」と名づけられました。
近年、ジャスミンを垣根や柵に這わせているお宅をよく見かけますが、テイカカズラは言ってみれば自生する和製ジャスミン。
花は、ジャスミンを少しころっとさせたような白花で、強く甘い芳香があります。花は咲き続けるうちにクリーム色に変化していき独特の風情が出てきますし、濃い緑の葉は秋には鮮やかに美しく紅葉します。そんなところも、藤原定家の名にふさわしい風流があります。
茎からは付着根が出て壁や木に食い込み、10mほどの高さまで這い上がります。花の盛りには、取り付いた木一面に白い花と芳香がたちこめ、見上げているとくらくらします。
3.タチアオイ(立葵 Althaea rosea)
アオイ科の多年草。
タチアオイは日本の原産種ではなく、奈良時代ごろ、薬草として大陸から渡ってきた園芸品種ですが、今や各地の空き地や道端、野原などに自生しています。別名「梅雨葵」と言うとおり、梅雨の頃咲きだして2メートル以上にもなる花茎に、下から順に入梅の頃に咲き出し、先端まで咲き終わる頃に梅雨が明けるという、梅雨の申し子のようなこの草をはずすわけにはいかないでしょう。日本の農家の軒先にもあぜ道にも、また下町の路地裏にも不思議とマッチしています。近年、梅雨と言えばどこでもアジサイが植栽されるせいか、以前ほど見かけなくなって淋しい気がします。源氏物語や万葉集にも登場するほど、長く日本人に愛されてきた花なのですが…。
4.クサフジ(草藤 Vicia cracca)
マメ科ソラマメ属のつる植物。日当たりの良い野原や林のふちなどに自生し、藪などに絡まって一面延々と広がって青紫の花を咲かせるさまは、うっとうしいこの時期に、清涼剤のようなさわやかさです。花の姿は同じマメ科のつる性木本のフジに似てそこから名もついていますが、青紫色の総状花序は、フジのように下に垂れるのではなく、上に向かって咲き、その姿もどこか元気をもらえる植物です。
5.ネジバナ(捩花 Spiranthes sinensis var. amoena )
ラン科ネジバナ属 。別名 ネジリバナ、モジズリ(捩摺)、ねじりんぼうなどなど。明るく水気の多い草原や空き地、芝生などにも自然に生えてくる、開発や盗掘ですっかり減ってしまった日本の野生ランの中で、たくましく生きつないでいる、もっとも身近な野生ランです。日本全土に分布します。
その名の通り、花茎をぐるぐると螺旋状に連なるピンク色の花をつけるのが極めて特徴的で印象的なので、子供たちにも人気の植物です。小さな花ですが、近づいてよくよく見ると、一つ一つがちゃんとランの花になっているのがまたかわいいものです。ねじれ方は右巻き、左巻き、途中でねじれる方向が変わるもの。あるいはほとんど巻かないでまっすぐのもの、ねじれ方も強いものからゆるいものまで色々あって、けっこう自由度が高い性格のもよう。小さな草ですが、6月から7月にかけて、近くの公園の芝地などを注意してみると、きっと見つかりますよ。
6.スイカズラ(吸葛 Lonicera japonica)
スイカズラ科スイカズラ属の常緑つる性木本。
別名、ニンドウ(忍冬)。冬でも常緑のため、冬を耐え忍んでいる草、とされました。英語ではHoney suckle rose(ハニーサックルローズ)と呼ばれ、カントリーソングに好んで歌われています。また、金銀花(きんぎんか)とも呼ばれ、つぼみや茎が生薬として利用されます。なぜ金銀花かというと、咲き始めには白かった花が、数日の間に鮮やかな黄色になり、白花と黄花が交じり合って咲くさまをあらわしています。筒状の花弁は先の方が上下2枚の唇状にくるんとめくれて分かれ、一度見ると忘れない独特の面白い形をしています。
吸葛の名は、古くは花をちぎりとり、子供たちが甘い蜜を吸ったことに由来します。砂糖が希少だった頃の昔の日本では、この花の蜜を集めて砂糖の代わりとして用いられていたそうです。また、初夏から梅雨にかけ、夜を彩るスズメガを、その甘い香りで惹きつけます。
7.ホタルブクロ(蛍袋 Campanula punctata Lam.)
キキョウ科ホタルブクロ属。
山や人里の林のふちや草原、ピンク色、もしくは白い大きな釣り鐘状の花を咲かせます。ホタルがその花の中で休むというイメージからつけられたロマンチックな名前と、いかにも梅雨の花らしいうつむいたたたずまいから人気も高く、庭草として植えられていることも多い花です。ラテン語名Campanula(カンパニュラ)は「小さな鐘」の意味で、こちらでもなかなかきれいな名前をもらっているようですね。
以前は里山や田舎道をこの時期に歩けばどこにでも咲いていましたが、近年は自生する個体が減ってしまっているようです。
さて、これで7つになりますが「番外」としてあと一つだけ。
番外は万葉集・芭蕉にも歌われた不思議な姿の落葉高木
ネムノキ(合歓木 Albizia julibrissin)
合歓の木(ねむのき)マメ科ネムノキ亜科の落葉高木。別名はネブ。「七草」なのでこんな大木を入れるわけには行かない(秋の七草にも低木である萩が入ってはいますが)ので泣く泣くはずしたのですが、梅雨の曇天と霧がかった空気の中、幻のような花を咲かせるネムノキにどうしてもふれておかずにはいられません。
花は独特の刷毛を束ねて扇子のように広げた姿で、この花弁のように見える糸状のものはおしべで、先端が桃色、付け根が白く、それが群がって咲くさまは、美しい小鳥が鈴なりになっているような美しさです。
もともと中国では合歓を合昏、夜合と呼び、これは男女の夜の営みをあらわします。夜になると、その鳥の羽毛のような羽状複葉を眠るように二つ折りにあわせるネムの習性(就眠運動)から男女の営みを連想したものです。このため、万葉集でもきわめて艶っぽい歌が読まれています。
昼は咲き 夜は恋ひ寝(ぬ)る合歓木(ねぶ)の花 君のみ見めや 戯奴(わけ)さへに見よ
紀女郎(きのいらつめ) 巻八・1461
「夜の合歓の花を、私と一緒に見てください」と歌っています。しかし筆者の感覚としては、そうしたアダルトな雰囲気よりは、その花はどこかあどけない子供か、小鳥の化身のように見え、こんな詩を思い出します。
魔王死に絶えし森の辺
遥かなる合歓花(ごうかんか)を咲かす庭に
群るる童子らはうち囃(はや)して
わがひとのかなしき声をまねぶ……
(行つて お前のその憂愁の深さのほどに明るくかし処を彩れ)と
(伊東静雄『行つて お前のその憂愁の深さのほどに』より抜粋 )
筆者私選「梅雨の七草」、どうでしたでしょうか。おい、あの花が入ってないじゃないか、などなどご意見ご不満もきっとあることと思います。そう、これは筆者の「この時期に咲く好きな花」。皆さんそれぞれが大好きな「七草」を選んで、ご家族友人と比べてみたりするのも、なかなか楽しいのではないでしょうか。