京都産業大学総合生命科学部永田和宏研究室らが、細胞内のカルシウム濃度を一定に保つメカニズムを解明!
京都産業大学
京都産業大学総合生命科学部永田和宏研究室らが、細胞内のカルシウム濃度を一定に保つメカニズムを解明!
<研究の背景>
細胞外からの刺激によって生じる細胞内のカルシウムイオン濃度の変動は、細胞増殖や細胞死、筋肉の収縮、免疫応答などさまざまな生命現象に重要な役割を果たします(図1)。細胞小器官の1つである小胞体は、カルシウム貯蔵庫として働き、サイトゾルと比較しておよそ10,000 倍のカルシウムイオンが存在します。また、小胞体に存在する多くの酵素や分子シャペロンはカルシウムと結合することで機能するものが多く存在し、小胞体内のカルシウム濃度が維持されない場合は小胞体の機能が著しく低下し、最終的に細胞死が引き起こされることがあります。一方、サイトゾルの高濃度のカルシウムイオンは細胞毒性を持つため、カルシウムイオンは、再び小胞体に取り込まれるか、もしくは細胞外へと排出されます。小胞体の膜上に存在する小胞体カルシウムポンプSERCA2 はATP のエネルギーを使ってサイトゾルから小胞体へとカルシウムイオンを取り込み、小胞体の内側およびサイトゾルのカルシウムイオンの恒常性を正常に維持するために重要な役割を果たします(図1)。SERCA2 のアイソフォームSERCA2b の機能低下は発がん、皮膚異常角化(ダリエー病)や精神疾患を引き起こすことが知られており、その機能制御の詳細なメカニズム解明はこれら疾患の治療にも大きく期待されます。
これまでに、SERCA2b 分子の小胞体内腔部位にはレドックス(酸化還元)制御を受ける2つのシステインが存在し、これらシステインのチオール基(-SH)の酸化(S-S 結合)によってカルシウムの取り込み活性が抑えられることが知られていました。しかし、酸化されたシステインを還元し、SERCA2b を活性化させるメカニズムはこれまでわかっていませんでした。
今回、京都産業大学の永田和宏教授、潮田亮助教、理化学研究所の御子柴克彦チームリーダー、宮本章歳研究員、東北大学の稲葉謙次教授らのグループは、小胞体内に局在するジスルフィド還元酵素ERdj5 が、SERCA2b のS-S 結合を還元(切断)することを見出しました(図2)。これまでSERCA2b を活性化する因子は発見されておらず、細胞内カルシウム制御の観点から重要な発見です。ERdj5 が存在しない細胞を用い、カルシウムの取り込みを観察すると、ERdj5 が存在する通常の細胞と比較してSERCA2b を介した小胞体内へのカルシウムイオンの取り込み活性が著しく低下し、小胞体内のカルシウムイオン濃度が正常に保たれないことがわかりました。
また、ERdj5 が存在しない細胞では、小胞体内のカルシウム濃度低下に伴う小胞体ストレスに対して強い感受性を示し、小胞体内で働く分子シャペロンなどのタンパク質の機能が低下していることが示唆されました。この報告の中で、試験管内の実験においても還元酵素ERdj5 がERCA2b のATPase活性を促進することを証明しました。これらのことより、ジスルフィド還元酵素ERdj5 がSERCA2b のカルシウムポンプ機能を促進し、小胞体内腔のカルシウム濃度を正常に保つことで小胞体の機能を正常に維持していることがわかりました。
また、ERdj5 はカルシウム濃度依存的に重合体を形成し、SERCA2b への結合しやすさが制御されていることがわかりました(図2)。すなわち、ERdj5 は、小胞体内のカルシウムイオン濃度が低いときは、SERCA2b を活性化し、濃度が十分高くなると、SERCA2b から解離してSERCA2b を不活性化することがわかりました。すなわち、ERdj5 が小胞体内のカルシウム濃度センサーとして機能し、ERdj5 を介した巧妙なフィードバック制御機構によって、小胞体内のカルシウム濃度が一定に維持されていることが初めて明らかになりました。ERdj5 は、変性したタンパク質を分解する際に必要な還元酵素として2008 年に本研究グループが発見した、タンパク質品質管理に関わる分子でしたが(Ushioda et al., Science2008)、今回、新たにカルシウム恒常性維持にも重要な役割を持つことを明らかになりました。このことはERdj5 が、小胞体内の酸化還元(レドックス)恒常性、タンパク質恒常性、カルシウム恒常性のすべてに関わり、それらとの強いクロストークを持つことによって、小胞体という細胞小器官の恒常性の維持に必須の役割を持っていること、これら3つの恒常性を互いに連携させていることを強く示唆する結果となりました。
<今後の展開>
細胞内でのカルシウムイオンの役割は多岐に渡り、カルシウム恒常性が破綻すると、細胞機能の低下や細胞死に繋がり、心疾患、癌、精神疾患など多くの重篤な病気の原因となり得ます。小胞体はカルシウム貯蔵庫として重要な役割を果たしており、これまでカルシウムポンプSERCA2b を活性化するメカニズムは知られていませんでした。還元酵素ERdj5によるSERCA2b 活性化の詳細なメカニズムをさらに理解するため、現在、ERdj5 がSERCA2bにどのような形で結合し、SERCA2b の構造をどのように変化させるかを詳細に調べています。これらの分子基盤を基にカルシウム制御機構を正しく理解し、細胞内のカルシウム恒常性維持機構に迫ることを目指しています。その成果は、カルシウム恒常性破綻で引き起
こされるさまざまな病気の治療法開発に役立つと期待されます。また、SERCA2b による細胞内カルシウムイオンの調節は、メラニン合成の調節作用を持っており、このメカニズムを巧妙に制御することによって、皮膚の色素沈着などメラニン制御を介して、美白効果なども期待されます。
本研究の成果は2016 年9 月30 日午後(米国東部時間)に米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences, USA)のオンライン速報版で公開されました。
[画像ファイル参照]
図1:細胞内のカルシウム濃度の恒常性は、細胞膜や小胞体膜上のカルシウムチャネルやカルシウムポンプによって制御されます。小胞体は細胞におけるカルシウム貯蔵庫としての役割を持っており、サイトゾルと比較すると約1 万倍もの高い濃度のカルシウムが貯蔵されています。小胞体からサイトゾルへの一過的なカルシウム放出はさまざまな生命現象のセカンドメッセンジャーとして働きます。しかし、サイトゾルの過剰なカルシウム濃度上昇は細胞にとって有害であり、速やかに細胞外または小胞体内腔へと除去されます。カルシウムポンプSERCA2 は小胞体膜上でカルシウムの小胞体内腔への取り込みを担います。SERCA2 の機能不全はサイトゾルのカルシウム上昇と小胞体内腔のカルシウム濃度の低下を招きます。小胞体内腔で働く多くの酵素や分子シャペロンはカルシウムイオンとの結合が必要で、小胞体内腔
のカルシウム濃度の低下は小胞体ストレスを引き起こし、細胞機能の破綻を招きます。
図2:小胞体内腔のカルシウム濃度を一定に保つことは、細胞にとって重要です。小胞体のカルシウムは小胞体膜上のSERCA2b カルシウムポンプによって取り込まれます。酸化型SERCA2b(小胞体内腔のシステインがS-S 結合を形成している状態)は、カルシウム取り込み活性が抑えられており、これまでSERCA2b を還元する酵素は発見されていませんでした。小胞体内腔の還元酵素ERdj5 はこのジスルフィド結合を還元し、SERCA2b の活性を促進することがわかりました。また、小胞体内腔のカルシウム濃度が十分高くなれば、多量体化し、SERCA2b から解離し、活性を抑えることもわかりました。
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