会社員や公務員などが加入する厚生年金保険は、所定の加入要件を満たしている場合には70歳まで加入します。
この上限年齢を75歳に引き上げして、厚生年金保険の加入期間を5年延長する改正案があるのです。
また国民年金に加入する上限年齢を60歳から65歳に引き上げして、この加入期間を5年延長する改正案もあります。
かなり前から議論されてきたにもかかわらず、両者とも未だに実現していない理由のひとつは、改正を難しくする制度があるからだと思います。
一方で改正を容易にする制度もあると思いますが、厚生年金保険については例えば次のようになります。
加入期間を5年延長した場合の保険料の目安額
自営業者やフリーランスなどが加入する国民年金は、賃金や物価の変動に合わせて、毎年4月に保険料を改定しています。
そのため年度ごとに保険料の金額が変わるのですが、2024年度は一部免除などを受けなければ月1万6,980円です。
また国民年金の加入期間が5年延長になった場合、新たに負担する保険料の目安額は次のようになります。
1万6,980円×12月×5年=101万8,800円
月給から天引きされる厚生年金保険の保険料は、月給の金額に比例して増えていきますが、下限と上限が設けられているため、無限に増える訳ではないのです。
例えば月給が9万3,000円未満の場合、月給からは下限の保険料が天引きされますが、その金額は2024年7月時点で月8,052円です。
この金額から推測すると、厚生年金保険の加入期間が5年延長になった場合、新たに負担する保険料の目安額は次のようになります。
8,052円×12月×5年=48万3,120円
一方で月給が63万5,000円以上の場合、月給からは上限の保険料が天引きされますが、その金額は2024年7月時点で月5万9,475円です。
この金額から推測すると、厚生年金保険の加入期間が5年延長になった場合、新たに負担する保険料の目安額は次のようになります。
5万9,475円×12月×5年=356万8,500円
厚生年金保険の保険料は事業主と従業員が折半して負担するため、両者を合わせると約713万円(356万8,500円×2)に達するのです。
厚生年金保険の加入期間の5年延長を容易にする制度
社会保険の歴史を振り返ってみると、国民にとって負担の少ない制度を、負担の大きい制度に合わせる改正が、何度も実施されてきたのです。
例えば会社員などが加入する健康保険は、加入者本人の医療費の自己負担は原則2割でしたが、2003年4月から原則3割に変わりました。
一方で自営業者やフリーランスなどが加入する国民健康保険は、2003年4月前から原則3割だったので、負担が少ない健康保険を、負担が大きい国民健康保険に合わせたのです。
健康保険と厚生年金保険は基本的に同時加入するため、制度内容を合わせやすいうえに、健康保険は現在でも加入する上限年齢は75歳になっています。
また雇用保険には65歳という、新規に加入できる上限年齢があったのですが、2017年1月からは何歳になっても新規に加入するため、延長の先例として参考にできそうです。
こういった点から考えると健康保険と雇用保険は、厚生年金保険の加入期間の5年延長を、容易にする制度ではないかと思います。
厚生年金保険の加入期間の5年延長を難しくする制度
原則として65歳から支給される老齢厚生年金は、厚生年金保険に加入した月数や、加入中の給与(月給、賞与)の平均額を元にして、金額が計算されるのです。
また老齢厚生年金の受給を始めた後も引き続き、厚生年金保険に加入している場合、65歳以降の加入記録を加えて、老齢厚生年金は再計算されます。
例えば70歳になるまでに退職した場合、その時点から1か月が経過した時に、老齢厚生年金は再計算されます。
一方で70歳になるまで退職しないで、厚生年金保険の加入を継続した場合、老齢厚生年金が再計算されるのは70歳到達時だったのです。
このように再計算されるのを5年も待つ必要があると、早く退職しようと思う方が増えるため、2022年4月に在職定時改定という制度が導入されました。
そのため毎年9月1日という基準日に、厚生年金保険に加入している65歳以上70歳未満の方は、前年9月~当年8月の加入記録を加えて、老齢厚生年金が再計算されるのです。
また再計算された老齢厚生年金は10月から支給されますが、実際に受給できる金額が変わるのは、10月分と11月分が振り込まれる12月の支給日からになります。
このように在職定時改定が始まった後は、65歳以降に厚生年金保険に加入していると、年に一度のペースで老齢厚生年金が増えるため、年金受給者にとっては良いことだと思います。
ただ在職定時改定を導入する際には、年間で800億円もの財源が必要になると試算されたため、年金財政にとっては負担が大きいのです。
そのため厚生年金保険の加入期間を5年延長する時に、在職定時改定の恩恵を受けられる期間も同じだけ延長した場合、政府は財源の問題に直面する可能性があります。
一方で在職定時改定の恩恵を受けられる上限を70歳にとどめると、働く意欲があるのに75歳になる前に退職する方を増やすかもしれません。
こういった点から考えると在職定時改定は、厚生年金保険の加入期間の5年延長を難しくする制度だと思います。
在職老齢年金は廃止になる可能性がある
60歳以降も厚生年金保険に加入している場合、在職老齢年金という制度により、老齢厚生年金の全部または一部が支給停止になる場合があります。
また支給停止が始まる目安は、
「老齢厚生年金÷12」と「月給+その月以前1年間の賞与÷12」の合計額が、50万円を超える場合
です。
現在は70歳になると厚生年金保険の加入者でなくなりますが、70歳以降も厚生年金保険の適用事業所で働いている場合、同様の仕組みで老齢厚生年金が支給停止になる場合があります。
つまり厚生年金保険の加入期間が延長になるのか否かにかかわらず、在職老齢年金による支給停止は70歳以降も続くのです。
ただ在職老齢年金を緩和または廃止する改正案があるため、将来的には制度が廃止になる可能性があります。
また制度が廃止になれば、在職定時改定によって年に一度のペースで老齢厚生年金が増えても、支給停止になる心配がなくなるのです。
そのため厚生年金保険の加入期間の5年延長は、在職定時改定や在職老齢年金などの他の制度の改正状況によって、評価が変わるのではないかと思います。