ヨガをすることがポピュラーなことになった今、その教えを日常に取り入れたいと考えている方も多いでしょう。専門書を手に取るのもいいですが、書店に並ぶ本の中にもヨガのエッセンスが詰まったものがあります。そこでヨガスクールの講師としてインストラクターを養成している筆者が、ヨガの教えをより身近に感じてもらえる1冊をご紹介します。第8回は「シンプルなライフスタイルの実践」をコンセプトにしたライフスタイル誌が作ったレシピ集です。
「私たちが訪ねた方々のおかげで、『もてなしの心』にはさまざまな形があるという、私の考えは間違っていなかったということを確信しました。
もてなしとは、手の込んだ盛大なパーティでもあれば、静かで、私的で、控えめなものでもあるのです。
入念な準備をして過ごす完璧な夜もあれば、思いつきで友人と協力しながら過ごす、完璧とはほど遠い素敵な夜もあるのです。」
出典:ネイサン・ウィリアムス 『KINFOLK』創設者、編集長
「小さな集まり」に求めていたもの
今年の2月、5年間暮らしていた小さな屋根裏部屋のような部屋から引っ越しをしました。以前の部屋も今回の部屋も、決め手は外の世界との繋がりがあること。以前の部屋は寝室から繋がる小さなルーフバルコニーがあり、今回の部屋にはリビングから繋がる大きなルーフバルコニーがあるのです。
以前の部屋では大切な人を招き、シンプルで簡単に作れる料理をふるまい、ともに味わうことを時々行っていました。普段お世話になっている大切な人たちと楽しく食卓を囲んだことを懐かしく思い出します。
この充実した時間を味わうために頻繁に「小さな集まり」を開こうと思いましたが、慌ただしい日常や東京を離れることの多いワークスタイルのため、新しい部屋では友人を自宅に招くということはできずにいました。
実際には忙しさにかまけていたというよりも、「もっと手の込んだ料理を作ろう」とか、「部屋をぴかぴかに掃除しなくては」などと「小さな集まり」に完璧さを求めていたことがプレッシャーとなり、自宅に人を招くということから遠のいていたのだと思います。
そんな時、目にしたのが冒頭の言葉でした。
『KINFOLK』はアメリカ・オレゴン州ポートランドで生まれました。創設者ネイサン・ウィリアムスを中心に、写真家、作家、イラストレーター、デザイナーたちがチームを組んで食事や旅、アート、音楽、ファッションなど、生活や人生にまつわることを美しい写真や文章で綴る、全く新しいライフスタイル誌です。
「KINFOLK」という言葉の意味は、家族や親しい者という意味の「KINSFOLK」という単語が古めかしい響きなので、モダンにするために「S」を抜き取った造語とのこと。
「Discovering new things to cook, make and do(小さくて新しい発見の日々を送る)」、「Small gathering(小さな集まり)」をコンセプトに、ありふれた日常に繊細な意識を向けることで生活を充実させ、人生をより良くしていくことを探求していくことを提案しています。
大切な人と食事をすることは仕事のキャリアアップと同等の価値がある
そんな新しい雑誌がまとめた、料理に関するヴィジュアルブックが今回ご紹介する『THE KINFOLK TABLE』です。僕は料理のレシピ本が好きで、本屋さんに行くとついつい買ってしまうのですが、この本はいわゆるおしゃれなレシピ集とは違います。
全部で85のレシピからなるこの本は、ネイサン・ウィリアムスと『KINFOLK』のメンバーが世界の街を旅して周り、各国に住む異なるバックグラウンドを持った彼らの友人の家々を訪ねて、作った料理をともに食べて取材するという形式で作られています。
一人や二人で食べる朝食やランチ、夜食に適したメニューや複数の仲間とともにするディナー。どの料理もレシピは簡潔で、シンプルだけれども美味しそうで作ってみたくなります。そして、その土地やその人が持つ文化を垣間見ることができることもこの本の大きな魅力です。
レシピを提供した人たちの職業もさまざまです。バリスタ、編集者、ライター、ブロガー、デザイナー、写真家、花屋、陶芸家、農家、料理人など、彼らの生活の様子やキャリアをレシピと一緒に知ることができます。
年代もばらばらな面々は、一人暮らしの人もいればカップルや家族で暮らしている人もいて、一見共通点が無いように見えますが、彼らに共通しているのは、『KINFOLK』が提案しているシンプルなライフスタイルを実践しているということ。
また彼らは、大切な人とともに食事をするということにささやかな喜びを見出すことが仕事のキャリアと同じくらい大切だと知っている人々でもあります。多種多様な職業の彼らが仕事で創造性を発揮し、成功を収めることができたのは、地に足をつけ、日々の生活に美しさや意味を見出すことを生きる活力にすることができているからだと、ネイサン・ウィリアムスは言います。
「今」を真摯に生きる
今、シンプルなライフスタイルはひとつのトレンドであり、大きな商業ビルに行くと上質な日用品を集めたセレクトショップが軒を連ねています。アパレルショップ内にも高価な洗剤や食器、調味料などを売っているコーナーがあり人気を得ているそうです。
人々の興味が「上質な日常生活」ということに向いているようですが、『KINFOLK』が目指すものは少し違います。彼らは、“もてなす”ということを複雑にした商業的な覆いを外すこと、そして気軽で意図的で意味のある新しいもてなしの形を提案することであると言います。
僕は、料理を作り人に差し出すことや、ともに料理を作っていただくこと、それらに含まれる会話、味覚、印象などはコミュニケーションである思います。愛情表現ともいえるそのコミニュニケーションが、商業的な消費行為に陥らないように気を付けたいです。
さらに、この本に登場するレシピや写真を見ていると、「今を真摯に生きる」という言葉がキーワードとして浮かんできました。今この瞬間に意識を向けるということは、ヨガや瞑想の大切なコンセプトでもあります。
ヨガの古典的な書物である『ヨーガスートラ』の冒頭は「今からヨガについて説明をします」(ヨガスートラ1章1節)と始まり、その後194のセンテンスが続きます。つまりヨガでは「今」ということに重きを置いているのです。
そして瞑想の練習では、過去や未来に囚われてしまう心を「今この瞬間」に繋ぎとめることができるように繰り返し練習をしていきます。
『KINFOLK』で提案する理想の暮らしとは、「丁寧に暮らす。身の回りにあるモノを大切にし、身の回りにある自然を愛おしむ。ここにある『今』をないがしろにしない」ことであると言います。いつの時代も、生活や人生に真摯に取り組む人は簡素で『今』を大切にすることができるのでしょう。
次のお休みがもし晴れの日だったら、久しぶりに大切な人たちを自宅に招き、バルコニーで僕の作った料理を一緒に味わいたいと思います。その「小さな集まり」の中で「一緒に今の時間を過ごすこと」、「楽しい会話をすること」を目的に自然体でもてなすことができたなら、ゲストや僕の心は潤いで満たされることでしょう。