
<ニュースの教科書>
ストリップダンサーの奮闘を描いた「ANORA アノーラ」が今年のアカデミー賞5冠に輝きました。映画やドラマに登場する「セックスワーカー」の描き方は近年ポジティブに変化しています。日本でも、ソープランドと祖母の介護というダブルワークに挑む女性を描いた映画「うぉっしゅ」が5月に公開されます。【相原斎】
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★搾取からの転換
セックスワーカー(sex worker)とは、自身の表現、外見、行為などを性的なサービスとして提供する仕事を指します。日本で言えば、いわゆる風俗やAV産業に従事する人たちのことです。
長年視聴してきたアメリカのドラマの中に、その描き方の変化を実感しています。医療ドラマ「グッドドクター」のシーズン7には、セクシーな動画配信で高収入を得ている娘が、難病の父の高額医療費を負担するエピソードが登場しました。
娘を「ビジネスエリート」だと思い込んでいた父は、その実態を知って一度は援助を拒否しますが、主人公の外科医ショーンが、セクシー動画を有意義な職業として説得します。ショーンはサヴァン症候群であり、偏見にとらわれない実直な発言をする人物という設定が効いていました。
ポリスアクション「ルーキー」のシーズン6には、女性警官が署内で出くわしたコールガールと気さくに会話を交わすシーンがありました。
「あんたらの仕事も苦労が多いね」
「警官ほどじゃないけれどね」
女性は被疑者ではなく、相談に訪れたという設定で、そこには今風な職業肯定感が漂っていました。
セックスワーカーという用語は芸術家で活動家としても知られるキャロル・リーが1979年に提唱したことが始まりです。ワーカー(労働者)と明言したことで、主体性を持ってサービスを提供するという意味を持ち、従事者自身が「消費」されるというイメージからの転換を図ったのです。
★当たり前の仕事
この言葉が提唱される前の71年の映画「コールガール」では、舞台女優志望の女性が大都会の暗闇にやむなく身を置いているという設定で、全編ダークな雰囲気が漂っていました。ジェーン・フォンダはこの作品で主演女優賞となりましたが、授賞式では、持ち前の政治的発言の行方ばかりが話題になったのです。
リーの提言から10年あまりの「プリティ・ウーマン」(90年)はコメディータッチの明るい作品でしたが、ジュリア・ロバーツふんする街娼(がいしょう)が高級ブティックで入店を拒否されるシーンが印象に残りました。
今年のアカデミー賞授賞式には隔世の感があります。「ANORA」は、ニューヨークで働くストリップダンサーがロシアの富豪の息子と恋に落ち、そのとりまきの屈強な男たちに臆することなく立ち向かう物語です。
体当たりの演技で主演女優賞に輝いた新人のマイキー・マディソン(26)は「あり得ない。ハリウッドは遠い存在だと思っていました」と喜びを語る一方で「セックスワーカーのコミュニティーをたたえたい。彼女たちと出会えたことが、この作品で経験したハイライトの1つでした」と明言しました。描かれ方にも、演じる側の意識にも大きな変化があったと思います。
法的線引きは、国と地域によってさまざまです。規制をかける根拠に「セックスワークは本質的に搾取的」という見方が挙げられます。が、法規制をかけることで、権利や安全が保証されない地下経済で働かざるを得なくなり、かえって危険性が増すという矛盾があります。
売春合法化から7年目の07年、オランダ法務省は「違法であった時代に比べると、この仕事に関わる人身売買はより難しくなった」などと、犯罪との関わりが薄まってきていることを報告しています。一筋縄ではいかない問題ですが、当たり前の仕事として認知することが、結果的には搾取を減らすことにつながるのだと思います。
日本でも、画期的なドラマ「べらぼう」が放送中です。江戸吉原を舞台に搾取という負の側面をしっかり印象づける一方で、セックスワークの実態からも目をそらさず、当時の文化の中心地としてのリスペクトがちりばめられています。
吉原を題材にした作品は少なくありませんが、お茶の間に届くテレビ番組、しかもNHK大河ドラマというブランド枠での放送に時代の変化を感じます。
■主演・中尾有伽インタビュー
映画「うぉっしゅ」(岡崎育之介監督)は、祖母の世話を頼まれたソープ嬢がなれない介護に奮闘する物語です。自分の仕事に後ろめたさを感じていた主人公は、認知症が進む祖母がさりげなく口にした言葉を人生訓にして、ほのかな誇りを抱くようになります。主演の中尾有伽(28)に聞きました。
★抵抗はなかった
-風俗と介護を組み合わせたユニークな作品ですね
「洗体という共通点があって、発想は面白いんですけど、最初にお話を聞いた時は正直重いテーマだと思いました。でも、台本を読んでみると、むしろ明るいポップな作品がイメージできたんですね」
-ソープ嬢役に抵抗はなかったですか
「お仕事ものってあるじゃないですか。警察とか医療とか。実際に働いている人から見てどこまで自然にできるかっていう難しさは想像しましたが、それ以外の抵抗はなかったですね」
-役作りはどんな風に
「風俗のお仕事はやったことがないのですが、俳優というお仕事と似ていると。自分じゃない自分になって、どんな風にしたら相手の人は喜ぶのか、『演じる』ことは同じだと。そんな風に気持ちを作りました」
-前半は随所で後ろめたさが表情ににじんでました
「お仕事されている方にどう映るかわからないんですけど、自分のこととして想像すると、周囲には言いにくいな、と。言ったとしたら友だちには根掘り葉掘り聞かれるだろうし、親は悲しむかもしれない。だからですかね。同僚(中川ゆかり、西堀文)とのシーンは本当に楽しくやりました。キャッキャと話して、本当に遊んでいるような雰囲気をそのまま撮ってもらった感じでしたね」
★研ナオコの言葉
43年前の映画「幻の湖」(橋本忍監督)でヒロインのソープ嬢にふんした南條玲子は、その役を演じるにあたって周囲に波風がたったことを明かし「最初は私自身違和感がありました。(役作りのために)本物のトルコ嬢(当時の呼称)に会ってみて、いろいろお話を聞いたことで、ようやく抵抗がなくなってきました」と話していました。演じる側にも明らかな意識の変化が見てとれます。
-祖母役はダブル主演の研ナオコさんで、介護しているはずが逆に励まされ、自己肯定感を覚えるようになりますね
「研さんはあれだけの方なのに優しくて、気を使わせないようにしてくださいました。そんなこともあって、自分の祖母のことを思い出しました。撮影はストーリーの進行に合わせてほぼ順撮りだったんですね。だから後半『仕事はたいせつな生きる糧なのよ』などと、認めてくれるセリフが、まるで私自身への励ましのように心に染みてきました。それが、映像に出ていたらうれしいです。人を元気にする仕事なんだ、と」
◆中尾有伽(なかお・ゆうか)1996年(平8)9月13日東京生まれ。モデル、女優として「キントーン」のCMや映画「窓辺にて」(22年)などに出演。