〈前回の記事のおさらい〉最近、幅広い年齢層に人気だというボートレースに興味をいだき取材のため「戸田ボートレース場」へと赴いた筆者。…なんと出迎えてくださったのは、ファンから“艇王”と謳われ、その名をボートレース界に轟かせるビッグネーム、植木通彦さんでした。
植木さんは1986年に「ボートレース福岡」にてデビュー。通算1500勝を達成し数々のタイトルを獲得。生涯獲得賞金は22億6186万円というボートレース界のレジェンドです。2007年に惜しまれつつ引退した後はボートレーサー養成所の所長を務め、現在、初代ボートレースアンバサダーとして活躍されています。
写真)“艇王”こと植木通彦さん。
そんな植木さんに、もったいなくも施設を案内していただきレースの見どころや予想の方法を伺ったところで、最後にボートレーサーの魅力やボートレース場の展望などについてインタビューさせていただきました。
ボートレースのイメージを変えたのは女性レーサーの活躍
――「水上の格闘技」と言われるほど男性のイメージが強いボートレースですが、最近は女性のファンも増えてきていると聞きます。
植木:この5年くらいでボートレースは大きく変わりました。以前はレース展開など二の次で、とりあえず番号で買って、お金を増やしたいだけの競技という感じでしたが、今は、スポーツとしてレースを観戦しながら予想を楽しみたいというファンが増えました。これには女性のレーサーの活躍が影響していると思います。
現在、約1600名在籍するボートレーサーのうち女性レーサーは200名を超えています。以前は男女で技量差がはっきりとあったのですが、女性レーサーたちの頑張りと努力が実を結び、ルーキーシリーズ(※1)や女性だけのレースで成績のよかった選手が勝ちパターンを覚えて男性との混合戦に挑戦し、どんどんとレベルを上げています。
今、男性と一緒にSG(※2)というハイグレードなレースを競える女性レーサーが活躍しているのですが、レースを見たら「こんな可愛い選手が、こんな激しいレースをするの!?」と驚くと思いますよ。
写真)フードコートに飾られていた女性レーサーを応援する写真。アイドルやモデルさんのように可愛くて美しい方だらけなのです。
―― 確かに競輪や競馬に比べても女性の活躍が目覚ましく、遠い世界だったボートレースを身近に感じる女性も多いと思います。
植木:モーターと一緒に動くスポーツなので、メカニックの腕、洞察力、身軽さなど身体能力の差だけで勝敗が決まらないところが、女性の活躍の場を広げた理由のひとつかも知れませんね。
女性レーサーの登場はボートレース場の雰囲気を変えるきっかけのひとつになりました。レースの勝ち負けや配当金だけでなく、選手たちのパーソナルな部分にも注目が集まるようになったんです。男性では昨年のヤングダービー(※3)で優勝した永井彪也選手などが大人気です。僕からみても魅力的で1時間でいいからこんなイケメンになりたいと思うほど(笑)。選手紹介式でも花束をもったファンが集まってきます。
(※1)登録6年未満の若手レーサーによる一般戦。平成25年度までは新鋭リーグ戦と呼ばれていた。
(※2)ボートレースは、SG、G1、G2、G3、一般戦と5つの階級に分かれる。SG(スペシャルグレード)は最高グレードのレース。
(※3)30歳未満の若手レーサーを対象としたボートレースのプレミアムGI競走。
強い選手は何が違う? 勝つレーサーの特長
―― 永井選手のように、カッコいい(可愛い)だけでなく勝率も高いスター選手は、他の選手と比べてどこが秀でているのですか?
植木:上手な選手は判断力が違います。例えば、ターンのテクニックなどは練習をすればある程度上達しますが、目の前で起きるアクシデントに対応できる判断力は簡単に会得できるものではないです。
モーターボートは時速80kmくらいで走り、その体感は120kmにもなります。1秒間に20mくらい進むので、瞬きをしている間に風景が変わってしまいます。常に先のことを予測して短い時間で判断しなければならないんです。
それに、ボートに乗っているときって孤独なんですよ。誰かに聞くこともできないし違反をすれば罰則になるし、すべてを独りで判断するので、ポジティブでメンタルが強い人がボートレーサーにむいていると思います。
―― 独りといえば、ボートレーサーはエンジンの調整などのメカニックも自身で行うと聞きました。そこにも強さの秘訣がありそうですね。
植木:各レース場には整備士さんが常駐していますが、あくまでモーターを整備するのはレーサー自身で、レース期間中は選手が管理し部品を変えるなど整備規程のなかで自由にカスタマイズできます。
ボートとモーターは戸田であれば戸田の開催施行者のもので、選手は1節間(4~6日間)ごとに“抽選”で割り当てられたボートとモーターを使います。経験値の少ない選手が優秀なモーターを引き当てれば勝てるチャンスです。
逆に、あまり期待されていないモーターを引き当ててしまったとしても、整備次第で調子を上げることができます。モーターの整備力があるほど有利で経験が生かされるスポーツなんです。
ですから、A1クラスの選手が悪いモーターを引いたときは見どころがあります。選手の人気はあってもモーターの調子がわるいので予想が困難。ファンの予想も割れたりして一筋縄ではいかないのです。
―― ボートレーサーになるためにはどうしたらいいのですか?
植木:まずはボートレーサー養成所の入学試験を受けるところからはじまります。対象年齢は15歳以上30歳未満の方で学歴や身長、視力などさまざまな応募条件があります。合格者は1年間の養成所のカリキュラムを受けた後、国家試験をパスしなければいけません。ちなみに養成所では1年間スマホが禁止なのをはじめ、厳しい規則と規律のなかで生活します。
―― え…私ならば脱走するかも。
ボートレースは国土交通省、競馬は農林水産省、競輪は経済産業省がそれぞれ管轄していて法律にのっとり運営されています。つまりレーサーはスポーツ選手でありタレントであり公人でもあるわけで、自己管理をしっかりしないといけません。選手になってからは、マネージャーなどいませんから、営業も広報も経理もこなさなければならないんです。
今はメディアトレーニングなどの指導を受けることができますが、僕が現役の頃はマスコミに何をどこまで話していいのか分からなかった。それに、レーサーは、レースの情報を漏らさぬよう、一般の方と親しく話してはいけないという風潮があり、僕は(自宅の)ご近所さんとの会話も遠慮していました。もちろんファンとの触れ合いもありません。
そんな体質を変えようと、ファンとの交流を積極的に行うようになったのは、この10年くらいです。その甲斐あって新しいファン層も増えてきていますが、なにより既存のファンの方が変わってきています。儲かる、儲からないだけでなく、モーターボートをスポーツとしても楽しんで下さっているのが、服装だったり喋り方だったり、笑顔からも感じられるんですよ。
―― 変わったといえば、ボートレース場で小さなお子さん連れのファミリーを何組も見かけて驚きました!
植木:今、「戸田ボートレース場」は、市民の皆さんが気軽に来て楽しめる地域に開かれた施設へと変貌を遂げています。イベントスペースを使って開催されるファンイベントに参加したり、食堂でご飯を食べたりなど、レース観戦以外の目的で訪れる方も多く、イメージもたいぶ変わってきています。
なかでも子供が遊べる「BOAT KIDS PARK Mooovi(モーヴィ)」は、輸入玩具をあつかう「株式会社ボーネルンド」とBOATRACE振興会、そしてボートレース場が共同運営するボートレース場内にある施設で、昨年2月8日にオープンしたのですが、1年を待たずして来場者が10万人を突破するほどの人気です。
写真)「モーヴィ」を眺める植木さん。「ここに来ると、温かで和やかな雰囲気に癒されるよね~」
―― 小さなお子さんやファミリーが遊びに来ていることで、女性や初めての方でも気軽に足を運べる雰囲気を感じました。
植木:ぜひ、明るくキレイになったボートレース場に遊びにきて欲しいです。今はスマホで自宅や旅先でもレースの予想ができますが、友達や仲間と一緒に来て、スタート力とモーター力のあるレーサーを軸にしながら予想するのは楽しいですよ。
強さに関係なく出身地が同じ地元のレーサーや、永井選手のようなイケメン選手、可愛いく力強い女性選手を応援するなど、さまざまな楽しみ方があると思います。もちろん、ご飯や遊具を楽しむだけも大歓迎です。より、皆さんが遊びに来たくなる開放的な施設を目指して、ボートレース場はこの先、どんどんと変わっていくと思います。
- マクール 2020年2月号
Fujisan.co.jpより