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8月15日まで再上映中『この世界の片隅に』⽚渕須直監督インタビュー「映画館の環境でこそ、表現の威力はかなり発揮されるんじゃないかなと思います」


こうの史代による同名漫画を原作に、⽚渕須直が監督・脚本を⼿がけた⻑編アニメーション映画『この世界の⽚隅に』(2016年公開)が、終戦80年を迎える今年、一部劇場を除き2025年8⽉15⽇(⾦)まで全国にて期間限定で再上映中です。

本作は戦時下の広島・呉を舞台に、⼤切なものを失いながらもくらしつづける⼥性、すずを描いた珠⽟のアニメーション映画。公開当初は63館でのスタートながら、戦時中の広島・呉を舞台に描かれるかけがえのない⽇常とその中で紡がれる⼩さな幸せが共感と感動を呼び、累計動員数は210万⼈、興⾏収⼊27億円を突破、累計484館で上映される社会現象となりました。さらに、第40回⽇本アカデミー賞 最優秀アニメーション作品賞ほか、第90回キネマ旬報ベスト・テン⽇本映画第1位など、アニメーション映画としては異例となる⽇本映画賞を次々と受賞。その評価は海を越え、国際的な映画祭でも⾼く評価されました。

あれから9年。時は流れても変わらず⼼に残り続ける物語が、期間限定で劇場の⼤スクリーンによみがえります。⽚渕須直監督に改めての本作への想いや、今伝えたいメッセージなどお話を伺いました。

──9年前もインタビュー取材をしたのですが、またお時間をいただけてありがたいです。(https://getnews.jp/archives/1554734 [リンク]) すずさん、100歳なのですね。

そうなんです。すずさんって、大正14年生まれの方と同い年なんですよね。戦争が終わった時にようやく20歳だったと。
今年は戦後80年ですから、戦争中のことを大人の立場から知っておられる方からお話を聞ける機会が本当に少なくなっていますよね。だからこそ、『この世界の⽚隅に』という、戦争中の時代を自分たちなりのアプローチで描いた映画を改めてこの機会に公開することは意味があるだろうなと思いました。そこで、プロデューサーの真木さんと話し合って、劇場再公開を提案しました。

──ポスターヴィジュアルの印象も大きく変わりましたね。

公開当時の2016年は「戦争中」という時代が遠くなりすぎていくのを、すずさんという今の我々と近いパーソナリティで繋ぎ止めていくという想いがあったのですが、今現在は世界中が戦争だらけになってしまうという、まさかの時代になってしまいました。そんな時代に生きている我々と、戦時下をぼろぼろになって生きている姿を直接的に見せた方が良いのではないかと思いました。

──とても悲しいことですけれど、9年間で世界が大きく変わってしまいましたね。本作は世界中で公開・配信されていると思いますが、今、戦争に巻き込まれている地域もあるのでしょうか。

アメリカの大学で生徒たちに本作を観てもらったのですが、そこでアニメーションを教えている先生がドイツ統一前の東ドイツ出身で、お父さんに連れられて亡命してアメリカに渡ってきたそうなんですね。その時の緊張感を思い出したそうです。それから、その先生の下にイラン人の学生がいて、彼は「(『この世界の片隅に』は)「僕が子供の頃経験した戦争と似ている」と言いました。僕らは「戦争」というとつい、お父さんの世代、おじいさんの世代のものとして思い浮かべてしまう。でもそのイラン人の学生にとっては、自分自身の子供の頃のことだった。
その時彼は「イランに帰ってイランのアニメーションを作りたい」と言っていたのですが、その彼がしるイランにまた爆弾が降るようなことになってしまって、どうしているだろうか、と。

──それはとても心配です。

自分たちが知る世界が広くなればなるほど、そして多くの人たちに出会うようになればなるほど、戦争はまた近いものになっていく。そうした思いも含めて、こうしたポスターヴィジュアルにしています。

──本作は、観た人が絶対に周りに薦めたくなる作品ですし、ロングランヒットを記録しましたが、改めてその反響についてどう感じていますか?

日本では「あの苦しかった戦争の中でも、すずさんは健気に生活を続けている」「それでも前向きに終わっている」という、自分たちが「戦争」から思い浮かべるイメージよりも明るかったと捉え方が割と多くて、一方で、海外からの反響も入って来ると「二回見返せないほど悲しい話だった」と衝撃的な悲劇として受け止めらることが多い。戦争そのものを始めて見つめた、という感じでしょうか。そうした意味では、われわれ日本の人たちは、普段から空襲や戦争中の空腹の話に触れることが多かったんでしょうね。

──『火垂るの墓』(1988)を昔から幾度と観ていたり、戦争をテーマにした作品に触れることが多いこともありますよね。

そうなんですよね。祖父母に話を聞いていたり。でも、戦争の話に多く触れているからといって、それは少し定まった構図の中での戦争の話が多いのかもしれない、という気もします。一方、一般市民が直接戦争の暴力の対象になることからを一から知るような人にはかなりショッキングな部分が大きかったみたいです。『火垂るの墓』と並べて評されることは多くて、あのお話の結末と同じ様に本作も悲劇的にとらえられる様です。日本の方は「この先に未来が開ける」と感じる方も多い。その差は興味深いですね。

──もちろん辛い部分が多くありますが、私にとっては今を大切に生きようと思える希望を感じる作品だったので意外でした。

現実の今の世界が未来や希望を感じにくくなってしまっていることとも関係あるのかもしれませんね。

──9年経ったことで、劇場で初めて観る若い世代の方も多そうです。

何年か前に、高校生の皆さんがこの映画の上映と企画して映画館にかけてくれた、なんていう機会もあったのですが、「はじめて大きなスクリーンでみました」といわれました。配信で観ていただくことはその機会も多くてありがたいのですが、映画館で観ていただくことにはやっぱり意味が大きくて。日常生活の中での音がずっと続いて、空襲が始まった時に音の空間が全く変貌してしまう。映画館の環境でこそ、そうした表現の威力はかなり発揮されるんじゃないかなと思います。
ストーリーの部分でも、結婚前のすずさんは18歳です。自分たちと同世代の若い人がこうして生きていたんだと身近に感じてもらえると嬉しいです。

──生活のシーンが本当に素晴らしいですよね。

あれもね、戦争が始まる前だと、ふつうにもっとちゃんとした料理を作って、食べていたんです。戦前の場面で、小さなポークカツレツを食べているシーンがありますが、本当はそうやって洋食だってなんだって食べていたのに。戦争が始まると割とすぐに物流が苦しくなってしまって、すると、すぐに食べるもののところにしわせが来る。野草を摘んだりまですることになる。戦争中のすずさんが食べているものを見て、あれが戦前の光景だと思ってしまわないように。そうじゃなくて、本来はもっと豊かに暮らしていたのに、戦争が変貌させてしまったわけです。

すずさんたちの時代は色々なものが損なわれてしまった時代。すずさんは、物心ついてすぐに「戦時」になってしまった世代で、そうなる前をよく知らない。そういうふうに見ると、今の時代もそうなってしまっている部分がもうあるのかもしれませんね。

──食事もそうですし、お洋服であったり、今の時代の方が物の品質が落ちている部分がある…という側面がありますよね。

そうなんですよね。戦前から戦中に出された婦人雑誌を集めていたんですね。そういう雑誌ってブルジョアのご婦人が買う雑誌でしたから、戦前の号に載っているレシピは結構なご馳走ばかりで。洋食も中華も和食もあるんです。
その後、昭和16年くらいになると「ひな祭りのちらし寿司で、材料が無い場合はめざしを水につけて塩抜きして使いましょう」なんていうことが書かれるようになる。少し前には普通にお刺身を使った寿司だって食べていたのに後退してしまっていて。その後にすずさんの野草を食べる時代が来るわけですから、世の中が戦争で変貌してゆく、時系列的な変化をほんとは感じてもらいたかった。
今現在も、お米不足の問題がありましたけれど、ステーキ肉もすごく高くなっているし、少し前までスーパーに並んでいた舌平目なんかもすっかり消えている。ちょっとずつ、すずさんの生活が他人事では無くなってきたみたいな気がします。

──若い世代の方や子供たちには貧しい想いをして欲しくないな、という気持ちがあります。

そうですよね、すずさんは戦争が無い世の中のことをあまり記憶していない世代だったんじゃないか、といいましたけど、同じ様に、ひとつ前の世の中のことを知らない世代がこれから増えてくるかもしれないな…なんて思ったりしますね。話が噛み合わなくならない様であってほしいです。

──監督は他の実写でもアニメーションでも、様々な作品をご覧になると思うのですが、これは良いなと思ったものはありますか?

スター・ウォーズのドラマシリーズ『キャシアン・アンドー』は興味深かったです。スター・ウォーズの映画って、もう戦争が始まっていて、帝国軍とそうじゃない人々が軍隊同士で戦っていますが、『キャシアン・アンドー』は帝国に抵抗を始める最初の一握りから始まるお話なんですよね。スター・ウォーズの世界も、最初から戦争中だったわけじゃなくて、その前の時代があって、そこからの変化で世の中の流れがああなってしまったのだと。『この世界の片隅に』にも引き付けて考えられるところがあって。高校生の時に観た最初のスター・ウォーズって、歴史の流れの中の長い糸の一断面に過ぎなかったんだな。そして現実の世界でもそうだよな、とそんなことを感じました。

『この世界の片隅に』という題名は、「すずさんのいる片隅」「自分の立つ片隅」の外側に、外国だとかに広がってゆく世界を感じさせるんですが、世界は空間的にだけでなく、時間的な前後にも広がっている。「すずさんがいた時代」というけれど、すずさんは100歳になって今もすぐ近くにいるのかもしれない。同じ一つの「世界」なんです。20歳のすずさんがいるのも、100歳のすずさんがいるのも、今の僕たちがいるのも、そして、今爆弾の下にいる人達がいるのも。

──今日は素敵なお話をどうもありがとうございました。

© 2019こうの史代・コアミックス / 「この世界の片隅に」製作委員会

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