ロイヤルホストやてんやなどの飲食チェーンを展開するロイヤルホールディングス。代表取締役会長を務める菊地唯夫氏は、業績が悪化する中で社長に就任した当時、どんな思いで改革に臨んだのか。新型コロナウイルス感染症によって壊滅的な打撃を被った中、どんな戦略で業績回復を図ったのか。さらにデジタルをどう活用すべきと考えるのか。菊地氏が事業にかける思いと今後の展望を聞きました。(聞き手:デジタルシフトウェーブ 代表取締役社長 鈴木康弘氏)
鈴木:菊地さんのこれまでの経歴を教えてください。
菊地:日本がバブル景気だった1988年に大学を卒業し、日本債券信用銀行という特殊な金融機関に入行しました。なぜこの銀行を選んだのかというと、非常に少数精鋭で、一般的な銀行と違って債券を発行してお金を貸し出すという特殊性に魅力を感じたからです。入行直後は名古屋に配属されましたが、その後はフランスに留学し、大学院で経済学を学ばせてもらいました。帰国後は国際本部という部署に配属されました。しかし当時、これまで世界的に評価の高かった日本の金融機関が危ないのではという噂が立ち始めていたのです。
その後、総合企画部という部署に異動しました。ここは当時の大蔵省担当の部署で、いろいろと大変な思いをしましたね。2年ほど大蔵省を担当した後、当時新たに就任した頭取の秘書になりました。しかし、その直後に銀行が破綻するという事態に直面したのです。その後不良債権の過小記載をめぐって頭取が逮捕され、破綻の責任が破綻時の経営者に帰せられることに納得がいかず、やるせない思いで裁判に向けて頭取を支える日々が始まりました。秘書だった私もいろいろな取り調べを受けるなど、大変な経験をしました。記事には載せられないようなこともたくさんありましたね。

鈴木:日本債券信用銀行を離れた後はどのような仕事に就いたのでしょうか。
菊地:銀行とは違う仕事に就こうと思い、2000年2月にドイツ証券の東京支店に入社しました。投資銀行本部という部署に配属され、企業のM&Aや資金調達などを支援することになりました。当時はソフトバンクと取引することが多かったですね。
鈴木:私はソフトバンクに在籍していましたが、菊地さんは孫さんをどのように見られますか。
菊地:当時のことですが、孫さんの周りには本当にたくさんの優秀な人が集まっていたのを今でも覚えています。孫さんの魅力というと、テクノロジーに精通していると思う人が多いと思いますが、私の印象では人が集まることが一番の魅力だと感じます。
鈴木:想像を超えたことをよく話していましたが、孫さんの話を聞いていると「できるかも」とつい思ってしまいましたね。
菊地:当時からとても魅力的な方だと私も感じていました。ドイツ証券ではソフトバンクと4年ほど仕事をさせていただきました。その後、実業の世界に関わりたいと思うようになり、2004年にロイヤル(現ロイヤルホールディングス)に入社しました。
鈴木:ロイヤルホールディングスでも苦労されたと思いますが、入社直後はどのような状況でしたか。
菊地:最初は企画などに関わっていましたが、会社の経営が次第に悪化していったのです。当時の新聞や雑誌で大々的に取り上げられていましたが、社内の「内紛」が表面化してしまったのです。そのような混沌とした状況の中、「社長をやってくれ」と言われ、2010年に社長に就任しました。
鈴木:日本債券信用銀行からドイツ証券、そしてロイヤルホールディングス、展開がジェットコースターのような経験を積まれていますね。社長就任後は、どのような改革に着手したのか。これまでの取り組みを教えてください。
菊地:社長に就任した2010年は、当社の基幹事業であるロイヤルホストの売上比率が非常に高い状況でした。その基幹事業が停滞しがちで、不採算店舗が増えつつある状況でした。当社ではホテルや機内食に関する事業も展開していましたが、基幹事業がうまくいかなくなったことで、多くの社員が自信をなくしていましたね。「私が担当する事業は順調なのに、この事業のあり様はなんだ」といった感じで、社内が1つにまとまらなくなっていました。内紛が起きて然りといった状況だったのです。
そこでまずは、会社を1つにまとめることに注力しました。簡単に言えば、お互いをリスペクトし合う関係を醸成することに取り組みました。この取り組みにより、事業ごとの役割を理解する人が増えたと感じます。例えば、ロイヤルホストの不採算店舗を閉めて店舗数を減らすものの、当社のブランドを支える柱として積極的に投資すべきではないか、と考える人が増えたのです。この事業は成長させるべきなど、事業ごとの役割を描けるようになったのです。こうした考え方が根付いていくことで、一体感が醸成されましたね。私はこれを「ポートフォリオ経営」と呼んでいます。1つひとつの事業がきちんと成り立つことで全体が成り立つという考え方です。ラグビーでよく使われる「ワン・フォー・オール、オール・フォー・ワン」の関係を築く取り組みと同じですね。
この取り組みを進める上で鍵となるのは、現場との距離を縮めることだと考えました。当時は社長室をいつでも開けていると社員に発信していたものの、一向に誰も来ないんです。そこで距離を縮めるためには自分が動くしかないと考え、自ら現場に赴くようにしました。例えば、熊本に行って従業員向けに会社の状況を説明するなど、全国を飛び回っていましたね。説明会で受けた質問をメールで返していましたが、質問が徐々に増えたのを機に、経営塾を開催するようになりました。朝7時30分から9時までの時間に勉強会を月に一度開催し、6ヵ月受講すれば卒業というものです。この経営塾にはこれまでに900人以上が受講するなど、社員の意識の高さを痛感させられました。さらに現場向けに決算説明会を年に30回ほど開催するなど、現場と向き合うことに全力を注ぎました。これらの取り組みが功を奏し、経営と現場の距離が次第に縮まった手ごたえを感じられるようになりましたね。

鈴木:ロイヤルホストの「規模の戦略的圧縮」とは、どのような戦略でしょうか。
菊地:人手不足や原材料などの供給制約が懸念される中で規模拡大戦略に踏み切ると、店舗が疲弊して価値が下がりかねません。社長就任当時、ロイヤルホストのかなり多くの店舗が赤字、もしくは赤字すれすれの状態でした。このような状況では従業員は疲弊し、顧客満足度も下がっていました。当時280店舗あった店舗数を220店舗まで減らし、その代わり、残すと決めた店舗には徹底的に投資を行い、6年間で約100億円をかけて内外装や厨房を刷新しました。店舗数を削減するほか、24時間営業を廃止し、店休日を設けて営業時間の短縮に踏み切りました。規模を圧縮することで、一店舗あたりが生み出す価値を復元させることを目指したのです。これを「規模の戦略的圧縮」と呼んでいます。結果として店舗に余裕が生まれ、来店者にデザートを注文してもらえたり、アルコールの注文数が増えたりと、客単価を上げられるようになったのです。もっともこの施策はロイヤルホストで成果を上げたものの、「てんや」で実施してもうまくいかないでしょう。「てんや」では規模を縮小しても客単価が増えるわけではないからです。事業ごとに最適な戦略を展開していくようにしましたね。
鈴木:簡単にお話されていますが、経営者としてなかなか取り組めないことに挑戦されていますね。菊地さんが社長に就任以降、業績は順調に回復していったのでしょうか。
菊地:会社としての土台を固めつつある中、新型コロナウイルス感染症が直撃しました。コロナの影響で当社の売上は1400億円から800億円台まで落ち込み、壊滅的な打撃を受けました。500億円あった自己資本も200億円まで落ち込み、この状況がもう1年続けば債務超過になりかねない状況まで追い込まれました。そこでコロナ禍が2年目に突入する2021年2月に双日と資本業務提携を締結し、資本の解決を図ったのです。
鈴木:ロイヤルホールディングスではITやデジタルの活用をどう捉えているのでしょうか。
菊地:人手不足や供給制約といった課題が顕在化する中、これらを解決するにはデジタル化しかないと考えています。デジタル化はこれからの時代に不可欠だと感じています。
もっともデジタルをどう活用すべきかは事業ごとに異なるべきと考えます。例えばロイヤルホストとてんやでは、価値を生み出すプロセスが異なります。私が描くロイヤルホストのイメージは「アート」です。人の力や接客、心地よい空間などの要素が重要だと考えます。つまり、人の力を最大化するためにデジタルを活用すべきです。具体的には、お客様から見える表側はアナログですが、裏側ではデジタルを積極的に活用するといった具合です。棚卸や従業員のトレーニングにはテクノロジーを活用する考えです。これに対し、てんやのイメージは「サイエンス」です。ビジネスモデル全体にデジタルを取り込むようにします。例えばタブレットを使って注文を受け付けたり、自動発注したりと、表側も裏側もデジタルを活用します。事業によってデジタルをどう使いこなし、どう使い分けるかは十分考慮しなければなりません。
鈴木:DXを推進するには何が必要だと考えますか。
菊地:DXを成功させるには、経営者がその本質を理解することが大切です。DXは単なるIT導入ではありません。そこには戦略があります。業務改革もあります。これらを成し遂げるためにITは何をするのかという順序を考えることが大切です。最初からITありきで考えると、どこかの事例の成功モデルの“猿真似”になりかねません。
さらに大切なのは、DXを「定着」させることです。DXによる定着は最初からうまくいくわけではありません。クレームを受けたり意見を受け付けたりしながら改善のサイクルを回すことが不可欠です。DXを進めた直後、現場は何が良いのか悪いのかさえ分からないでしょう。ですからサイクルを回し続ける中でいろいろな意見を聞き、修正し続けることが大事だと感じます。
ちなみに当社は2017年に完全キャッシュレス店舗を作った経験があります。この店舗は人がより付加価値を創出するプロセスに集中するべく、接客以外の作業について機械化・ロボット化の実験をしました。生産性が非常に高く、従業員の負荷も大幅に低減しました。もっとも、この仕組みをロイヤルホストにそのまま導入できるかというと、難しいと言わざるを得ません。お客様も離れていってしまうでしょう。すべての業務において、効率化や生産性を一律に追求すべきではありません。お店の価値を常に踏まえた上で、何を効率化すべきかを見極め検討することが大切だと考えます。
私は新年の挨拶をChatGPTで作り、社員向けの挨拶を読み上げてみました。ところが、社員から「普段と違う」と指摘されたのです。「人の気持ちや感情はChatGPTでは描けない。この考えこそが当社のビジネスおいて大切な事」というメッセージを発信しましたね。
鈴木:今後の展望や目標を教えてください。
菊地:これからの社会は、大きなパラダイムシフトが起きると思います。これまでなら、ステークホルダーであるお客様や従業員、取引先、株主は、市場が成長しているときは全員幸せでした。成長する限り、すべてのステークホルダーの満足度が上がっていくのが資本主義の原則でした。私が若いころは、こうした傾向が顕著でした。
しかし成長が止まると皆が不満を言い始めます。ステークホルダー間でも対立しかねません。利益を上げるためにリストラするという構図は、まさに従業員と株主の対立を表していますよね。
日本の市場を俯瞰すると、「2強2弱」が生まれやすい構図だと思います。2強というのはお客様と株主、2弱が従業員と取引先です。この双方の間に歪みが生まれやすいのが日本の特性だと感じます。では、なぜ2強2弱が生まれるのだろうか。こう考えたとき、それは「立場が選ぶ側か選ばれる側か」だと気付いたのです。つまり、お客様と株主は「選ぶ側」、従業員と取引先は「選ばれる側」なのです。
しかし、この構図が大きく変わりつつあります。今や、働く人が会社を選ぶ時代となり、取引先もまた、会社を選ぶようになったのです。労働供給の制約がない時代では、企業が人を選ぶのが当たり前でした。しかし供給が限られるようになったことで、会社は「選ばれる側」になったのです。これはすごく大きなパラダイムシフトではないでしょうか。これまでは人が企業に合わせていましたが、これからは企業が人に合わせなければならないのです。こうした意識を持つことが、選ばれるためには必要なのだと感じています。「選ばれる会社」として何が大切で、何に注力すべきか。この問いと向き合いながら歩み続けることが当社の成長には不可欠だと考えます。
鈴木:菊地さんの経歴を振り返ったとき、「崖っぷち」な経験がその後に活かされていると感じました。どん底まで落ちたときこそ、どう這い上がるかを真剣に考えますよね。この経験こそが多くの人に必要だと感じます。さらに困難な状況から「逃げない」を選択することも後の学びになるはずです。あえて逃げずに踏みとどまり、自分に何ができるのかを考えることが成長を呼び込むのだと感じました。
菊地:次代を担う若い世代の人たちは、さまざまな経験をぜひ積んでほしいと思います。後で振り返ったとき、「あのときは良かった」と思えるような判断をし、自身の役割を全うしてほしいですね。こうした経験の積み重ねが人生の土台を築くはずです。論理や効率をただ求めるのではなく、人の心に寄り添ったり、人との信頼関係を築いたりする「人間力」を養ってほしいと願います。
ロイヤルホールディングス株式会社
https://www.royal-holdings.co.jp