みなさんは「その場に止まって動かないでください」と言われたら、どれくらい我慢できるでしょうか?
おそらくは頑張っても数時間くらいでしょう。
しかし自然界には、信じがたいほど長い期間、微動だにしない生き物がいます。
それがヨーロッパの洞窟内に生息する不思議な両生類の「ホライモリ」です。
ハンガリーのエトヴェシュ・ロラーンド大学(ELTE)による2020年研究で、2659日間(約7年!)の追跡観察で数センチも動いていないホライモリが発見されたのです。
また他のホライモリも7年間で数メートルほどしか動いていませんでした。
なぜホライモリはこれほど極端に「省エネ」なのでしょうか?
研究の詳細は2020年1月28日付で科学雑誌『Journal of Zoology』に掲載されています。
目次
- 寿命100年を超える「ホライモリ」ってどんな生き物?
- 7年間でほぼ動かない?ホライモリが選んだ“究極の生き方”
寿命100年を超える「ホライモリ」ってどんな生き物?
ホライモリ(学名:Proteus anguinus)は、ウーパールーパーと同じ有尾類に属する両生類です。
バルカン半島を中心とした地下の泉や洞窟の水路に生息しており、全身は白く、目は皮膚の下に埋もれており、まるで水中に漂う幽霊のような姿をしています。
この生物は、非常に特殊な環境に適応して進化してきました。
洞窟内は昼夜の変化がなく、気温も一定、栄養も極端に乏しい世界です。

そんな厳しい環境に順応するために、ホライモリは「動かないこと」を極めたのです。
ホライモリの代謝は非常に低く、数年間まったく食べなくても死にません。
繁殖も非常にゆっくりで、生殖周期はなんと12.5年に1回、寿命は100年を超えることもあります。
彼らには生き急ぐ理由がまるでないのです。
その特徴的なライフスタイルに、科学者たちは古くから注目してきました。
ホライモリの存在は数百年も前から知られていましたが、その暮らしぶりについては、主に飼育環境での観察に限られており、野生下での本当の姿は長らく謎に包まれていたのです。
そんな中、2020年にハンガリーとイギリスの研究チームが、ボスニア・ヘルツェゴビナのゴリツァ地区の洞窟で、個体ごとにタグを付けて長期的な追跡調査を開始。
そこで目撃されたのが、まさに信じられない「不動の生き物」の姿でした。
7年間でほぼ動かない?ホライモリが選んだ“究極の生き方”
この調査では、野生の26匹のホライモリに個体識別タグをつけ、8年間にわたって同じ洞窟で定期的に再捕獲して位置を確認しました。
その結果、多くの個体が約5メートル以内の同じ場所にずっと留まり続けていたのです。
とりわけ驚かされたのは、1匹のホライモリが2,569日(約7年間)にわたり、まったく同じ場所から動いていなかったという事例です。

もちろん、ホライモリには泳ぐ能力があり、本気を出せば数十メートルを一気に移動することも可能です。
にもかかわらず、実際にはほとんど動かなかった、その理由は何でしょうか?
まずひとつは「捕食者がいない」ことです。
洞窟内にホライモリを食べる生き物はいないため、逃げるための運動能力が必要がありません。
危険がなければ、エネルギーを消費してまで移動する必要はないのです。
またエサは水生昆虫や小型の甲殻類などですが、洞窟環境ではお互いに目が退化しているために、派手な狩りは行われず、エサが自分からそばにやってくるまで、ホライモリはひたすら待ち伏せ、機会が来れば一気に飲み込みます。
ホライモリは獲物が近くに来るまでじっと待ち伏せし、タイミングを見て一気に飲み込むという戦法をとります。
そのため、摂食のために移動する必要もほとんどないのです。
こうした理由から、ホライモリはエサがない間は代謝を限界まで落としエネルギー消費を抑えることで、数年間もエサを食べずに生きていける「省エネ生物」に進化したのです。
その結果、ホライモリは、野生環境においてナマケモノを遥かに上回る「不動性」を手に入れたのでしょう。
ただ、ホライモリの姿を見て「怠け者」と思うのは、人間の価値観にすぎません。
動かず、無駄を省き、最小限のエネルギーで長く生きる――それは洞窟という過酷で静かな世界で生き抜くために選ばれた、究極の生存戦略です。
そしてこの研究は「動かないことこそが環境適応の鍵になることもある」という、生き物の多様な進化の姿を教えてくれます。
人間が“忙しさ”を競う世界で、ホライモリは何年も同じ場所で、静かに、しかし確かに生き続けているのです。
参考文献
Scientists Tracked An Olm For 2,569 Days And It Did Not Move An Inch
https://www.iflscience.com/scientists-tracked-an-olm-for-2569-days-and-it-did-not-move-an-inch-79999
元論文
Extreme site fidelity of the olm (Proteus anguinus) revealed by a long-term capture–mark–recapture study
https://doi.org/10.1111/jzo.12760
ライター
ナゾロジー 編集部
編集者
ナゾロジー 編集部