1960年、ギリシャ北部の洞窟で見つかった一つの頭蓋骨は、人類進化の謎をめぐる象徴的な存在となってきました。
発見から65年が経っても「誰なのか」「いつの時代に生きていたのか」がわからず、研究者たちを翻弄し続けてきたのです。
しかし最近、フランス・人類古生物学研究所(Institut de Paléontologie Humaine)の研究で、ついにこの頭骨の「確実な年代」が導き出されました。
結果は、少なくとも28万6000年前のものと判明。
この発見は、ヨーロッパの人類史に新たな一章を加えるものとなりました。
研究の詳細は2025年8月14日付で科学雑誌『Journal of Human Evolution』に掲載されています。
目次
- 現生人類でもネアンデルタール人でもない「謎の頭骨」
- 最新の年代測定が示した答え
現生人類でもネアンデルタール人でもない「謎の頭骨」
物語の始まりは1960年、ギリシャ・テッサロニキ南東にある「ペトラロナ洞窟」です。
地元の村人が洞窟を調査していたところ、内壁から突き出した不思議な塊を見つけました。
それは下あごを欠いたものの、ほぼ完全な頭蓋骨でした。
画像はこちら。
この頭骨はすぐに注目を集めましたが、研究が進むにつれて「正体不明の存在」であることが明らかになっていきます。
形の特徴は明らかにヒト属(Homo)ですが、ネアンデルタール人とは異なり、現生人類(ホモ・サピエンス)とも合致しません。
まるで人類の進化の枝の途中に、別の系統がひっそり存在していたかのようです。
しかし、この頭骨にはもう一つ大きな問題がありました。
それは「年代がわからない」ということです。
過去の研究では、17万年前から70万年前までと、あまりにも幅広い推定がなされてきました。
人類進化の歴史を語る上で、これは致命的な不確実さでした。
最新の年代測定が示した答え
今回の突破口となったのは「ウラン系列年代測定」という最新の分析手法です。
この方法は、方解石(洞窟の壁や化石の表面にできる白っぽい鉱物の層)に含まれるウランが、時間とともにトリウムへ崩壊していく性質を利用するものです。
ウランとトリウムの比率を精密に測ることで、その鉱物層が形成され始めた「時点」を割り出すことができます。
研究者たちは頭骨に付着した方解石だけでなく、洞窟のさまざまな場所から試料を集めました。
その結果、頭骨の表面にある方解石の年代は28万6000年前 ± 9000年であることが明らかになりました。
つまり、頭骨は少なくともこの時代に洞窟に存在していたということです。
従来のように数十万年単位でブレのある推定ではなく、はるかに確度の高い「時代の居場所」が定まったのです。
この結果は、ペトラロナ頭骨がヨーロッパにおける人類進化の重要な分岐を示している可能性を裏付けます。
ネアンデルタール人が進化していった中期更新世の時代に、より原始的なヒト属が共存していたというシナリオが浮かび上がってきました。
参考文献
Mystery Greek hominin skull dated to be at least 286,000 years old
https://phys.org/news/2025-08-mystery-greek-hominin-skull-dated.html
Hominin skull discovered in 1960 finally gets an accurate age
https://www.popsci.com/science/petralona-skull-greece-age/
元論文
New U-series dates on the Petralona cranium, a key fossil in European human evolution
https://doi.org/10.1016/j.jhevol.2025.103732
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部