セックスの後、パートナーと寄り添っているとき「不思議と心が通じ合っている」と感じたことはないでしょうか?
実はそれには、体内の“愛情ホルモン”が関係しているかもしれません。
アメリカのコネチカット大学(University of Connecticut)などで行われた研究により、性行為後20分および40分のタイミングでパートナー同士のオキシトシン濃度に正の相関が見られるという「ホルモンのシンクロ現象」が確認されました。
オキシトシンは「絆ホルモン」や「愛情ホルモン」とも呼ばれ、人と人との絆づくりや信頼感に深く関与します。
研究ではさらに、男女でオキシトシンの濃度が最も高くなるタイミングが異なることもわかりました。
この研究ではさらに、男女でオキシトシンの分泌パターンに違いがあることも明らかになりました。
女性は性行為の直前と終了から約40分後にピークを示す一方、男性は行為の間に徐々に上昇して終了後40分で最も高くなるという興味深い結果でした。
また、従来から信じられていた「オーガズムを経験するとオキシトシンが大幅に増加する」という考えに対しても、今回の研究は新たな疑問を投げかけています。
実際、オーガズムを経験したかどうかは、セックス後のオキシトシン濃度に統計的に明確な影響を与えなかったのです。
こうしたホルモンの変化は、いったい何を意味しているのでしょうか?
研究内容の詳細は『Archives of Sexual Behavior』にて発表されました。
目次
- 実験室では見えないオキシトシンの本当の姿
- 「セックス後の余韻」には生物学的な理由があった
- 親密さを深める「ホルモン同期」の科学的根拠
実験室では見えないオキシトシンの本当の姿

大切な人と一緒に過ごす穏やかなひととき、手をつないだり抱き合ったりすると、なんとなく気持ちが落ち着き、幸福感や安心感を覚えた経験がある方は多いのではないでしょうか。
こうした私たちの感情や人間関係を支えているのは、単なる心理的な作用だけでなく、実は体内で分泌されるホルモンにも深い関係があることが知られています。
その代表的なホルモンのひとつが、「オキシトシン」と呼ばれる物質です。
オキシトシンは脳の奥深くにある視床下部という場所で作られ、脳のすぐ下の部分にある下垂体という器官から血液中へと放出されます。
血液や唾液、尿などを通じて全身に巡り、さまざまな生理的、心理的な作用を引き起こします。
このオキシトシンは、人と人とのつながりを深める際に特に重要な役割を果たすため、「絆ホルモン」「愛情ホルモン」などという呼び名がつけられています。
例えば、母親が赤ちゃんを抱きしめるとき、あるいは恋人同士が手をつないだりキスをしたりするときに、このホルモンが多く分泌されることが知られています。
また、性的な興奮や満足感にも深く関わっており、性的な刺激を受けるとオキシトシンの濃度が増えることが研究によって明らかにされています。
さらに、出産や授乳といった生命を育む場面でも、オキシトシンは重要な役割を担っています。
しかし、こうしたオキシトシンの働きに関する多くの知見は、実験室や病院といった人工的で特別な環境の中で行われた研究から得られたものでした。
具体的には、研究室内で被験者に性的な刺激を与えたり、オーガズムの前後でホルモン濃度を測定したりするような方法です。
こうした研究から得られた知識は貴重ですが、どうしても限られた被験者数や特定の集団だけを対象にしているため、日常のリアルな状況からはかけ離れた面がありました。
実際のカップルが普段通りの生活環境で愛し合うとき、オキシトシンがどのように変化するのかについては、これまで十分に調べられてこなかったのです。
一方で近年、「生物学的なシンクロ(同期)」という現象が注目されています。
これは、親密な関係にある二人の間で、生理的な状態やリズムが自然に同調するという現象のことです。
例えば恋人や夫婦などが一緒にいるとき、心拍数や呼吸のリズム、さらにはストレスに関わるホルモンの値までもが似たパターンで変化するということが分かっています。
オキシトシンに関しても同様で、特に母親と赤ちゃん、患者とセラピストといった特別な関係では、二人のオキシトシン濃度が連動して変化することが示されています。
しかし、恋人や夫婦といった大人同士のパートナーが、性的な活動を行ったときにホルモンがシンクロするかどうかを具体的に調べた研究は、これまで行われていませんでした。
これまでにも一部の研究で、カップル同士のオキシトシン濃度を測定して、二人のホルモン値がどの程度関係しているか調べようとした試みはありましたが、その結果ははっきりとしたものではありませんでした。
一部の研究では、パートナー同士のオキシトシン濃度に明確な関連性が見つかりましたが、別の研究では関連が見られないという報告もあり、意見が分かれていたのです。
こうした背景から、オキシトシンの分泌パターンや二人のホルモンのシンクロ現象について、日常生活に近い状況で改めて調べ直す必要が出てきました。
そこで今回の研究チームは、実験室や病院といった人工的環境ではなく、実際のカップルが普段通り生活する自宅という環境の中で、オキシトシンの動きを詳しく追跡するという、これまでにない新しい研究に取り組んだのです。
実際の生活の中で愛し合うカップルがいるとき、二人の体内ではオキシトシンはどのように変化しているのでしょうか?
また、カップル同士のホルモン濃度は、本当にシンクロすることがあるのでしょうか?
そして、オーガズムを経験するかどうかが、このホルモンの変化に何か影響を与えているのでしょうか?
「セックス後の余韻」には生物学的な理由があった

オキシトシンがカップルの間でどのように変化しているのか?
答えを得るため研究者たちは実際のカップルを対象に詳しい調査を行いました。
まず研究チームは、18~31歳の男女49組(合計98名)の参加者を募りました。
参加したカップルは、全員が恋愛関係にあり、交際期間は3か月以上で、平均すると約16か月でした。
彼らは排他的な交際をしており、いわゆる一対一の関係(モノガミー)を維持していました。
参加者は全員、ホルモンの分泌に影響を与えるような病気や薬物を使用していない健康な人に限られましたが、避妊のためのピルを服用している女性は含まれました。
参加者の人種や民族は多様でしたが、主に白人が多く、他にヒスパニック系、アジア系、アフリカ系の人たちも含まれていました。
次に研究チームは、参加したカップルそれぞれに対して、自宅で唾液を採取できる専用のキットを配布しました。
このキットを使って、参加者たちはパートナーと普段どおりに自宅で性行為を行い、その際のオキシトシン濃度の変化を詳しく追跡しました。
唾液を使った理由は、採取が簡単で負担が少なく、より自然に近い状況での測定が可能だからです。
具体的な実験方法は、以下のような手順で進められました。
参加者は、まず自宅でパートナーと性行為を行う前(行為開始の直前)に最初の唾液サンプルを採取しました。
その後、性行為を終えてすぐ(行為終了直後)に2回目、さらに行為終了20分後に3回目、そして行為終了40分後に4回目という計4回のサンプルを採取しました。
参加者が行った具体的な採取方法は「パッシブドゥルー法」と呼ばれ、専用のチューブに自然に唾液を流し込むという、非常に簡単で安全な方法です。
採取後のサンプルは、参加者自身が家庭用の冷凍庫で保存しました。
また、性行為の詳細な状況を記録するために、オーガズムの有無や前戯(キスやハグ、オーラルセックスなど)の種類、性行為の満足度などを自己申告でアンケートに記入してもらいました。
こうして採取された唾液サンプルは後日研究者が回収し、専門の研究機関で詳しい分析が行われました。
分析の結果、オキシトシンの濃度は男女でそれぞれ異なる変動パターンを示すことが明らかになりました。
女性の場合、性行為を行う前(つまり直前)にオキシトシン濃度が最も高まり、その後いったん低下したのち、性行為終了後40分のタイミングでもう一度高いピークに達するという興味深いパターンが観察されました。
これは、女性においては性行為への期待や精神的な準備が、ホルモン分泌に影響を与えている可能性を示しています。
一方男性は、女性とは全く異なるパターンを示しました。
男性では性行為前の濃度は比較的低めで、その後性行為が進むにつれてオキシトシン濃度がゆるやかに上昇し続け、終了後40分でピークに達しました。
つまり男性の場合、性的な興奮や触れ合いが積み重なって徐々にオキシトシンが分泌される傾向があるのかもしれません。
さらに、研究チームは男女のパートナー間でのオキシトシン濃度の同期現象についても詳しく調べました。
その結果、興味深いことに、性行為後20分および40分の時点で、パートナー同士のオキシトシン濃度に明確な相関関係が認められました。
言い換えると、この時間帯では、あるカップルでは二人ともオキシトシン濃度が高く、別のカップルでは二人とも低いというように、カップル内で濃度が同調している様子が観察されました。
この現象は、セックスの後に訪れるリラックスした「アフターグロー」と呼ばれる時間帯に、パートナー同士の間で生物学的なつながりが生まれている可能性を示しています。
一方で意外なことに、オーガズムを経験したかどうかは、このオキシトシンの濃度変化にあまり影響を与えませんでした。
分析結果によれば、オーガズムの有無が性行為後のオキシトシン濃度に統計的に有意な差をもたらすことはありませんでした。
これは、従来の研究でしばしば言われてきた「オーガズムがオキシトシンを大幅に増加させる」という見解に疑問を投げかける結果です。
むしろ、オーガズムよりも、性的行為やその後の触れ合いそのものがオキシトシン分泌に深く関係しているのかもしれません。
このように、今回の研究からは男女で異なるオキシトシンの分泌パターン、カップル間での生物学的な同期現象、そしてオーガズムとの意外な関連性についての新たな知見が得られました。
親密さを深める「ホルモン同期」の科学的根拠

自宅で恋人同士がセックスを行い、その前後でオキシトシンを詳しく追跡する――このような実験は世界的にも非常に珍しく、本研究はリアルな日常環境でカップルのホルモン変動を捉えた初めての報告となりました。
その成果は、実験室の外でも「愛情ホルモン」の働きが確かに存在することを示し、私たちが日頃感じる心理的な絆の裏に生物学的メカニズムがある可能性を示しています。
第一の重要な発見は、やはりカップルのホルモン同期です。
性行為を終えた後しばらくの間、男女の体内でオキシトシン濃度がそろって高まるという結果は、人間関係の絆形成における生物学的メカニズムを示唆するものです。
性行為後20分および40分のタイミングで、パートナー同士のオキシトシン値が高いカップルでは両者とも高く、低いカップルでは両者とも低いという傾向が観察されました。
セックスの後に訪れるリラックスしたひととき――多くのカップルが抱き合ったり語り合ったりするアフターグロー(余韻)の時間――に、まさに二人の身体がホルモンレベルで同期しているのです。
この共有されたオキシトシンの高まりが親密さや絆を深める感情を支える可能性が高いと考えられます。
事実、先行研究でもセックス後にスキンシップ(抱き締め合う、お互いに優しい言葉をかける等)を多く取るカップルほど関係満足度が高いことが示されていますが、今回の結果はその裏付けとしてホルモンレベルの同期という生物学的根拠を提供するものと言えるでしょう。
また男女差についても興味深い考察ができます。
女性のオキシトシン濃度は性行為の開始前と終了40分後にピークを示しましたが、終了直後には一時的な低下傾向も見られました。
一方で男性は性行為が進むにつれて徐々に上昇し、終了40分後にピークに達しました。これは、性的な反応や親密感の感じ方に男女差があることを示唆しています。
さらに、オーガズムの有無がオキシトシン濃度に与える影響は、今回の研究では統計的に有意な差は認められませんでした。
親密な触れ合いそのものがホルモン分泌に影響している可能性が高く、絶頂の有無は二次的な要素であると考えられます。
性的な喜びや満足感は単なる頂点の瞬間だけでなく、その過程全体や相手との触れ合いにより培われるものだとすれば、ホルモンもまた同様に作用しているのかもしれません。
社会的なインパクトとして、この研究は人間の性的関係に対する理解を深め、実生活への示唆を与えてくれます。
まず、カップルの関係改善やセラピーへの応用可能性です。例えば、セックス後の余韻の時間を大切にすることがどれほど大事かを改めて示唆しています。
単に行為そのものだけでなく、その後にお互いに寄り添ったりスキンシップを交わすことで、体内ではホルモンのハーモニーが奏でられ、二人の絆が強化されるというわけです。
もっとも、本研究にはいくつかの限界もあります。
第一に、唾液サンプルの採取時刻は参加者自身に委ねられていたため、特に性行為後の細かいタイミングで多少のズレが生じた可能性があります。
「20分後」「40分後」という指定ではありますが、実際には正確にそのタイミングだったかは各カップルに依存します。
また、性行為中および直後に具体的に何が行われたか(たとえば会話や抱擁の有無、余韻の過ごし方など)について詳細な記録を取っていないため、そうした違いがホルモンに与えた影響を評価できていません。
さらに、参加者は全員若い異性愛の男女カップルでした。
そのため、年齢層が上の夫婦や交際数十年の熟年カップル、あるいは同性カップルの場合に同じ現象が見られるかは不明です。
今後の研究では、こうした限界を踏まえてさらなる探究が期待されます。
例えば、より多様な対象への拡大です。
同性のカップルや遠距離恋愛中のカップル、あるいは新婚夫婦や子育て中の両親など、状況の異なるペアで同様の観測を行えば、ホルモン同期の普遍性や条件が見えてくるかもしれません。
また、今回はオキシトシンに注目しましたが、他のホルモンとの関係も重要なテーマです。
ストレスに関与するコルチゾールなどを併せて測定すれば、リラックスと興奮が交錯する性行為中・後における心身のダイナミクスが一層明らかになるでしょう。
あるいは、実験室でのより詳細な測定(例えば脳脊髄液中のオキシトシンとの比較や、より精密な時間分解能での採血)によって、生理学的メカニズムの裏付けを強化することも考えられます。
フィールド(現場)とラボ(実験室)の両面からアプローチすることで、「愛情ホルモン」が奏でる複雑なハーモニーの全体像に迫ることができるでしょう。
元論文
Charting Salivary Oxytocin Across an Episode of Naturally Occurring Partnered Sex
https://doi.org/10.1007/s10508-025-03144-z
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部