恋愛と創造性は不思議な関係にあります。
好きな人の前では、緊張で言葉が出なくなる人もいれば、相手を惹きつけるためにいつも以上にアイデアが湧いてくる人もいるでしょう。
創造性は実は恋愛における重要な魅力の一つであり、人間が進化の過程で発達させてきた「心の装飾品」のようなものだとも考えられています。
今回、ポーランドのSWPS社会科学人文大学(SWPS大学)で行われた研究によって、女性は特に「長期的な関係を望む魅力的な異性」と出会うと、より多くのアイデアを考え出し独創的になるものの、性的興奮が高まると、せっかく高まった創造性が逆に抑えられてしまう可能性が示されました。
一方、男性にはこうした性的興奮による創造性の抑制効果は見られませんでした。
なぜ女性だけがこのような興味深いジレンマを抱えるのでしょうか?
研究内容の詳細は2025年5月19日に『Evolutionary Psychology』にて発表されました。
目次
- 創造性は恋のために進化した
- 恋する男女の創造性変化
- 恋愛における「慎重さ」と「アピール」の絶妙なバランスを進化心理学で解く
創造性は恋のために進化した

「好きな人の前だと、緊張して普段の自分らしさが出せなくなってしまった」
という経験は、誰しも一度はあるのではないでしょうか。
一方で、「好きな人にアピールするために自分の長所をなんとか伝えたい」
と、いつも以上にアイデアが浮かぶという人もいるでしょう。
実は人間の創造性(クリエイティビティ)は生存に役立つだけでなく、恋愛や配偶者選びにおいても重要な役割を果たすと考えられています。
好きな人に好意を伝えるには、ありふれた表現よりもユニークで魅力的な言葉やアイデアを使ったほうが効果的だからです。
実際、多くの研究が「創造性はパートナーとしての魅力を高める」と報告しています。
特に、音楽や詩、絵画などの芸術的な創造性を持つ人は、魅力的であると評価されることが多く、その結果として交際相手が多い傾向があることが分かっています。
例えば、芸術家や音楽家、作家、そしてコメディアンなど、創造性を仕事として活かしている人々は、そうでない人に比べて恋愛経験が豊富であるというデータもあります。
人類が進化してきた長い歴史の中で、この創造性がどのように発達してきたのかについては、さまざまな仮説が提唱されています。
そのひとつが「性的淘汰(せいてきとうた)」と呼ばれるものです。
性的淘汰とは、異性から選ばれるために特定の魅力的な特質が進化する現象を指します。
例えば、美しい羽を広げてメスにアピールするクジャクのように、人間も自分の魅力を示すための工夫を凝らしてきた可能性があるのです。
特に容姿や経済力といった基本条件が満たされた後では創造性の才能は魅力として働きを強める「贅沢な魅力(ラグジュアリートレイト)」として重視されるとも言われます。
容姿や経済力が同じなら、人間は創造性の才能があるほうを選ぶわけです。
そのため創造性は、この性的淘汰によって磨かれてきた可能性も示唆されています。
それならば異性との出会いや恋愛の状況に直面した時に、人間は自然と創造性が高まるはずです。
実際、過去の研究では、恋愛のことを想像するだけで創造性が向上することが確認されています。
特に、女性の場合は「一時的な遊び相手」よりも「安定した長期的なパートナー」を意識したときに、創造性がより強く引き出されることが知られています。
この理由として、女性は安定したパートナーを得ることが進化的に重要であり、創造性を発揮して自分の価値を相手に伝えることが有効な戦略となるためだと考えられています。
ところが興味深いことに、こうした創造性の向上は万能ではない可能性があります。
例えば、あまりにも相手に惹かれすぎてしまったり、強い性的興奮や緊張感を抱いてしまうと、かえって頭が真っ白になり、自由で豊かな発想が難しくなってしまうことも考えられます。
特に女性の場合は、恋愛において冷静さを保ち、自分にとって適切な相手かどうかを判断することが重要です。
創造性は、自分を魅力的に見せる一方で、情熱に流されて誤った判断をしないようにブレーキをかける仕組みが働いている可能性もあります。
一方、男性の場合はどうでしょうか。
男性においても創造性は魅力のひとつとして重要ですが、女性とは違うパターンで作用する可能性があります。
男性の場合、女性の魅力を見極める際に、創造性がどの程度の影響を受けるかどうかはまだはっきり分かっていません。
果たして魅力的な異性との出会いや恋愛状況で創造性が高まったり、逆に抑制されることはあるのでしょうか?
恋する男女の創造性変化

魅力的な異性の存在は人間の創造性をブーストするのか?
この興味深い謎を解明するために、研究者たちはまず実際の恋愛状況に近いシナリオをオンライン上で再現し、男女の創造性の変化を詳細に調べることにしました。
研究の目的は、「恋愛対象となる異性の魅力度や、その異性が望む交際のタイプ(長期的か短期的か)によって、人間の創造性がどのように変化するのか」という問いへの明確な答えを得ることでした。
この問いに答えるため、ポーランドに住む成人男女約1,000人を対象に、2つの大規模な実験を実施しました。
この2つの実験は、どちらも架空の「オンラインデートサイト」を使った実験ですが、それぞれが異なる形で創造性を測定しています。
まず、実験1では、参加した約480名(男女ほぼ半数ずつ)をランダムに2つのグループに分けました。
片方のグループには「容姿が魅力的な異性の写真」を、もう片方のグループには「容姿があまり魅力的でない異性の写真」を見せました。
写真を見ることは、実際にその相手とデートすることを意識させるための工夫です。
写真を見終わった参加者は、オンラインデートのプロフィールに載せるための「自己紹介文」を書きました。
これは自分自身を異性にアピールするための重要な機会であり、自分の良さや特徴をできる限り魅力的かつ創造的に伝える必要がありました。
研究者たちは参加者が作成した文章を集め、「どれほど多くのアイデアを出しているか(流暢性)」、「どれほどユニークで面白いアイデアを出せているか(独創性)」、「どれだけ多様なテーマを取り入れているか(柔軟性)」など、さまざまな観点からその創造性を評価しました。
もし魅力的な相手の容姿に創造性が刺激されたなら、より魅力的な相手の写真を見た被験者はプロフィールがより創造性の溢れるものになるはずです。
しかし結果はやや意外なものになりました。
どれだけ魅力的な異性の写真を見たかどうかは、創造性の「全体的」なスコアには大きく影響しないことがわかりました。
しかし、創造性の種類ごとにみると、興味深い男女差がみえてきました。
男性参加者は、創造性の要素の中で、自己紹介文の中で特にユニークさや斬新な視点(独創性)を発揮する傾向がありました。
これに対して女性参加者は、創造性の要素の中で、より多くのアイデアを取り入れたり(流暢性)、自分の長所や魅力を積極的にアピールする傾向が強かったのです。
つまり男性は「個性的なアピール」を、女性は「多彩な魅力」をそれぞれ強調していたのです。
次に行われた実験2では、さらに踏み込んで異性のプロフィールが「長期的な交際を望んでいる場合」と「短期的な交際を望んでいる場合」で、創造性がどのように変化するかを調べました。
今回の実験では約500名の参加者が参加しました。
参加者は全員「容姿が魅力的な異性」のプロフィールを見ましたが、重要な違いとして、プロフィールに書かれている交際タイプが異なりました。
半数のプロフィールには「真剣に長期的な交際を望んでいる」と書かれており、もう半数には「気軽な短期的な関係を望んでいる」と書かれていました。
参加者はプロフィールを読んだ後に、自分が最もデートしてみたいと思う相手を1人選びました。
次に創造性のテストが実施されます。
実験2の創造性の測定方法には、心理学でよく使われる「オルタナティブ用途テスト」という課題を用いました。
これは、日常的に使う物(例えば靴、ハンマー、タオル、口紅)に対して、「本来とは異なる面白い使い道」をできるだけたくさん考え出すというものです。
参加者はプロフィールを見る前と後の2回、このテストに挑戦しました。
これにより、「プロフィールを見て相手を選ぶという状況」が、参加者の創造性をどれほど変化させるかを明確に比べることができました。
実験の結果、女性だけに興味深い現象が見られました。
女性参加者は、長期的な関係を望む異性のプロフィールを見て、その相手を選んだ場合、短期的な関係を望む相手を選んだ場合よりも、より多く(流暢性)かつ独創的(ユニーク)なアイデアを考え出す傾向がありました。
これは、女性が進化的に「安定したパートナー」を選ぶ際に、自分自身の魅力を相手に強く印象づけようと創造性を発揮する可能性を示唆しています。
ところが、ここでさらに興味深い事実が明らかになりました。
女性が選んだ相手に対して強い魅力を感じ、性的興奮が高まるほど、「たくさんのアイデアを考える能力」や「アイデアの独自性」が逆に低下してしまったのです。
つまり、相手に強く惹かれすぎて興奮してしまうと、かえって創造性が抑制されるという予想外の結果でした。
その理由として研究者たちは、「性的興奮が高まりすぎると、自由にアイデアを発想するための集中力が失われたり、創造性に必要な注意力が低下する可能性がある」と考えました。
一方、男性の場合には、このようなはっきりとした創造性の変化や性的興奮による抑制効果は確認されませんでした。
男性は、長期的または短期的な交際タイプの違いや、相手への魅力度によって創造性が変化することはありませんでした。
では、なぜ男性には女性のような創造性の抑制が見られなかったのでしょうか?
また、性的興奮が女性の創造性を抑制してしまう詳しいメカニズムは何なのでしょうか?
恋愛における「慎重さ」と「アピール」の絶妙なバランスを進化心理学で解く

以上の結果は、女性の創造性と恋愛動機の間に進化的なトレードオフ(ジレンマ)が存在する可能性を示唆しています。
魅力的な長期候補のパートナーを前にした女性は、「自分をより良く見せたい」という欲求から創造的なアピール戦略(アイデアの流暢性と独創性)をとる一方で、性的興奮が強まるほど、これらの創造性が抑制されるという相反する傾向が同時に起きるのです。
研究チームは、女性は魅力的な相手に選ばれるため目立とうとする一方で、性的興奮によって注意が狭まり、自由で多様な発想(発散的思考)が抑制される可能性を指摘しています。
言い換えれば、女性には、進化の中で性的興奮によるリスクを回避し、より確実に長期的に投資してくれる相手にエネルギーを注ぐような心理的なブレーキが進化した可能性があります。
強い性的興奮は将来的な高リスク(妊娠など)を誘発する可能性があり、それが発想の流暢性(アイデアの数)や独創性(オリジナリティ)という創造的自己アピールを抑制する方向に働いた可能性があるのです。
今回の実験はまさに、女性の心の中で理性と情熱がせめぎ合う進化的な綱引きが起きていることを示したと言えるでしょう。
一方、男性の創造性は女性とは異なるメカニズムに従っているようです。
男性では、長期志向・短期志向いずれの相手でも創造性(流暢性・柔軟性・独創性)の変化は見られず、性的興奮による抑制効果も認められませんでした。
ただし、男性は恋人がいない場合(独身時)には創造力テストで発想の流暢性がやや高い傾向が見られるなど、動機付けによる差は確認されました。
この違いは、男女それぞれが直面してきた進化上の課題の違い(妊娠リスクや子育て投資の差など)による性特異的な進化圧を反映していると考えられます。
もちろん、今回の研究結果は「女性は魅力的な相手にドキドキすると創造性が下がる」と単純化して断言できるものではありません。
研究手法にも限界があります。
例えば実験1では予想に反して写真の魅力度による差が出ませんでしたが、これについて研究者らは「魅力的な異性に評価されるストレス」や「写真だけでは現実感が乏しい」ことなど複数の要因を挙げています。
実際、写真だけの閲覧と違い直接会って会話すれば、相手のしぐさや声、匂いなど様々な刺激が加わって創造性にも一層影響を与える可能性があります。
今後は実験環境をさらに現実の出会いに近づけたり、参加者をより多様な地域・背景から募ったりすることで、恋愛文脈での創造性の役割を長期的に追跡する研究が望まれます。
それでも本研究は、創造性という人類の高次な認知能力が恋愛という文脈で微妙に揺れ動く様子を捉えた点で興味深い意義を持ちます。
現代のオンラインデートにおいても、ユニークな自己紹介やウィットに富んだメッセージは相手の心をつかむ重要な手段です。
恋と創造力の絡み合いという、一見無関係に思える要素同士が影響し合う様を解明した本研究は、私たちの進化の歴史が現代の恋愛行動やクリエイティブな表現にまで影響を及ぼしていることを示唆しています。
今後さらなる研究が進めば、恋における創造性の活用法や、男女の感じ方の違いへの理解が深まり、より豊かな人間関係を築くヒントが得られるかもしれません。
元論文
The Influence of Mating Context on Creativity: Insights from Simulated Dating Scenarios
https://doi.org/10.1177/14747049251337983
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部