2025年7月20日、日本で参議院議員選挙が実施されます。SNS上では「外国人との共生」「物価高対策」「経済再生」など、政党や候補者をめぐる投稿が日々活発になっており、今回の選挙は例年以上にネット空間での盛り上がりを見せています。
しかし、その一方で懸念の声も上がっています。「なんとなく印象がいいから」「SNSで“いいね”が多かったから」という理由で候補者や政党を選ぶ有権者が少なくない、という指摘です。
さらに、目立つ言動や極端な主張が拡散されやすいネット空間では、感情的な判断や“バズった”意見に引きずられて投票先を決めてしまう危険もあります。
そもそも、正しい投票行動とはどのようなものでしょうか? すべての政策や候補者の実績を詳細に調べるのは、多くの市民にとって現実的ではありません。それでも、流されずに「考えて投票する」ことは可能です。
この記事では、実際の研究論文に基づいて、私たちの投票行動にひそむ“落とし穴”を見つめ直し、情報があふれる時代でも一般の市民ができる「賢い一票」のヒントを探っていきます。
目次
- 多くの人が陥るさまざまな投票判断に関する研究
- 完璧じゃなくていい。「考えた一票」にするための3つのヒント
多くの人が陥るさまざまな投票判断に関する研究
参議院選挙が近づく中、SNSでは候補者の発言や政党のスローガンが日々拡散され、ネット上の空気感が次第に「この人が勝ちそう」「この政党が良さそう」という“印象”に染まりつつあります。
しかし、こうした空気に流されて投票してしまう行動には、注意が必要です。実は私たちの投票判断には、心理的な「思考のショートカット(heuristic)」が大きく影響していることが、数々の研究で明らかになっています。
知名度や雰囲気で判断してしまう「ヒューリスティック投票」
2001年に発表された政治心理学者 Lau &Redlawsk の研究では、有権者の多くが候補者や政党に関するすべての情報を持っていない状況下で、「党派」「知名度」「人柄」といった簡略化された手がかり(ヒューリスティック)を使って投票判断を下していると報告されています。
このような判断方法は必ずしも間違いとは言えませんが、情報が不十分なまま感覚的に投票をしてしまうことで、結果として自分の利益や価値観に反する政党や候補者を選んでしまうリスクをはらんでいます。
「バンドワゴン効果」と“当選しそうな人”への投票
さらに、2013年の Kam &Zechmeister による研究では、候補者の知名度や「当選しそう」という世論調査結果、ネット上の盛り上がりといった“雰囲気”が、実際の投票先に強く影響することが実証されました。これは「バンドワゴン効果」と呼ばれるもので、「みんなが選びそうだから自分もそうする」という心理が背景にあります。
たとえその候補者が自分の生活や関心とは関係のない政策を掲げていたとしても、「多数派に属したい」「人気の波に乗りたい」という感情が判断を支配してしまうのです。
SNSが生む“偏った判断”の構造
現在のようにSNSが主な情報源になると、さらにやっかいな現象が起こります。それが自分の興味関心に合った投稿ばかりが表示される「エコーチェンバー現象」と、自分の考えと一致する情報だけを信じ、反対意見を無視する「確証バイアス」です。
2022年に発表されたWischnewskiの論文では、こうしたSNS上の環境が、合理的な判断力を損なわせ、思想的に極端な発言やデマ情報に流されやすくすると警告しています。
私たちは「自分で考えて投票している」と思っていても、実際にはアルゴリズムと感情に操作された投票をしてしまっている可能性があるのです。
情報はあふれているのに、「調べる余裕」がない
こうした研究を踏まえると、「もっと冷静に情報を調べてから投票しましょう」と言いたくなりますが、実際にはそれが難しいことも事実です。候補者の政策を読み込んだり、過去の発言を比較したりするには、膨大な時間と労力がかかります。
だからこそ、多くの有権者は「とりあえず有名な人に」「なんとなく印象がいいから」といった簡便な判断に流れてしまうのです。そして、その“なんとなく”が積み重なることで、社会全体の方向性が大きく変わってしまうこともあります。
では、そうした現実を踏まえた上で、私たちはどうすれば「納得のいく一票」を投じることができるのでしょうか?
完璧じゃなくていい。「考えた一票」にするための3つのヒント

すべての候補者の政策を読み比べたり、演説をじっくり聞いたりするのは、現実的にはとても難しいことです。
仕事や学校、家庭のことで毎日が忙しい中で、投票のために何時間もかけて調べるのは、多くの人にとってハードルが高いものです。
でも、だからといって「なんとなく」で決めるしかないというわけではありません。
ここでは、特別な知識がなくても、短い時間で実行できる「納得のいく投票」のヒントを3つ紹介します。
ベストを選ぶのではなく「ワーストを選ばない」
まず1つ目の方法は、「これだけはイヤだ」と思う候補や政党を避けるという考え方です。
これは「ネガティブ投票(negative voting)」と呼ばれるもので、完璧な選択肢がないときに、「もっとも避けたい選択肢を除外する」というやり方です。
たとえば、「子育て支援に反対している政党には入れたくない」とか、「女性の権利について軽んじた発言をした人は信頼できない」といったように、自分が譲れないポイントを1つ決めて、それをもとに投票先を選びます。
全部の政策を比べなくても、こうした1つの“NO”の感覚が、投票行動のきっかけになります。
選挙で最も影響を持つのは、投票結果よりも、投票率の分布です。
ある政党が「20代の投票率が10%しかない」と知れば、その世代のニーズは無視されやすくなります。逆に「若年層の投票率が上がってきている」となれば、政策に配慮せざるを得なくなります。
政治家は当選しなければ無職になってしまいます。政党は当選者が減ればその力が大きく減退します。投票率の高い層を無視して選挙に臨むなんて賭けはできません。
つまり、「誰かに勝たせる」ことよりも、「とりあえず嫌いな政治家を避けて一票」「勝たせたくないところを避けて一票」という消極的な動機であっても、その投票は確実に政治に対する“圧力”になります。
SNSを見るときは「いいねの数」より“理由”に注目する
2つ目のヒントは、SNSを見るときに「いいねの数」や「リツイートの多さ」に流されないことです。
人気の投稿や派手な言葉に注目が集まりやすいのがSNSの特徴ですが、そこで気をつけたいのは、「その主張にどんな理由や根拠があるか?」という視点です。
たとえば、「この政党は信用できる!」と書かれた投稿が10万件のいいねを集めていたとしても、それだけでは信用に値する情報とは言えません。
もしその投稿に具体的な数字や事例、政策の内容が含まれていれば、判断材料になりますが、ただ感情的な意見だけなら注意が必要です。
このように、SNSでは「数」より「内容」に目を向けることが大切です。
こうした視点の持ち方は、認知心理学では「確証バイアス(confirmation bias)」という言葉でも説明されています。
これは、自分の考えに合う情報ばかりを信じて、反対の意見や不都合な事実を無視してしまう心のクセのことです。
SNSの世界では、この確証バイアスが強く働きやすく、自分の見たい意見だけを見てしまいがちになります。
だからこそ、確かにいいこと言ってるかも、という投稿を見つけたとしても、それに対して反対する人は何を言っているのか? なぜそう思うのか? そうした視点で見る習慣を持つことが、正しい判断への第一歩になるのです。
「選挙後に1回だけ振り返る」を習慣にする
3つ目のヒントは、とてもシンプルです。
選挙が終わったあとに、一度だけでいいので、自分が投票した候補者や政党が何をしているかを見直してみるということです。
たとえば、選挙の半年後でも1年後でも、検索したりその人のSNSを見てみてください。
選挙中に言っていたことをちゃんと実行しようとしているか、あるいはまったく別の方向に進んでいないかをチェックするだけで、次の選挙のときの判断がぐっとしやすくなります。
これは難しい作業ではありません。
一度、自分の選択を振り返るだけで、「前にこうだったから今回はこうしよう」と考える力がつきます。
これを少しずつ積み重ねることが、「考える市民」としての姿勢につながっていきます。
私たちは政治の専門家ではありませんし、すべてを知っている必要もありません。
でも、「なんとなく」や「人気だから」ではなく、自分なりの理由で一票を入れることは、誰にでもできます。
そしてその一票は、たしかにこの社会の方向をつくる力になります。
難しいことはできなくても、「ちゃんと考えた一票を投じた」と思えること。
それが、選挙を自分ごとにするいちばんの近道なのです。
元論文
A Theory of Protest Voting
https://academic.oup.com/ej/article-abstract/127/603/1527/5068889?redirectedFrom=fulltext&login=false
Name Recognition and Candidate Support
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/ajps.12034
ライター
亀岡 誠司: フリーランスの経済ライター。中立な視点から経済の複雑な動きをわかりやすく伝えることを使命とし、読者が直感的に理解できる記事作りを心がけています。
編集者
ナゾロジー 編集部