災害現場の瓦礫の中を、自力でスルスルと進み、壁も垂直に登っていく。
そんな未来のレスキューヒーローが「昆虫」だとしたら驚くでしょうか?
豪クイーンズランド大学(UQ)は最近、ゴミムシダマシの一種をサイボーグ化した昆虫型ロボット「ZoBorg(ゾボーグ)」の開発に成功したと報告。
昆虫に背負わせたバックパックを通して、遠隔で動きをコントロールできることを実証しました。
チームは今後5年以内に、災害現場での実用化を目指しています。
研究の詳細は2025年6月5日付で科学雑誌『Advanced Science』に掲載されました。
※ 以下の記事内では、昆虫の画像を掲載しています。苦手な方は閲覧にご注意ください。
目次
- 生きた昆虫を「制御する」時代へ
- 壁を登る「生体マシン」の可能性
生きた昆虫を「制御する」時代へ
ZoBorgのベースになったのは、ゾフォバス・モリオ(Zophobas morio)という大型のゴミムシダマシの一種です。
この昆虫は、幼虫の姿が「スーパーワーム」とも呼ばれ、プラスチック(ポリスチレン)さえも分解する能力が知られるなど、多くの面で注目されていました。
研究チームはこの昆虫に、重さわずか160ミリグラムの無線バックパックを装着。
このパックには赤外線受信機やマイコンが内蔵されており、前翅(エリトロン)や背中に埋め込まれた電極に微弱な電気刺激を送ることで、方向や速度をコントロールできるようになっています。

特に興味深いのは、片側の前翅だけを刺激すると、昆虫が反対側に横歩きするという現象です。
これにより、昆虫を意図した方向へ誘導することが可能になります。
また、両方の前翅を同時に刺激すると、前進や加速が促されることも判明しました。
これらの運動は、昆虫本来の神経系と筋肉を利用しており、低電力で高効率な制御が可能です。
さらに触角や足のセンサーが自然のまま残されているため、昆虫は自律的に障害物を感知し、地形の変化に柔軟に対応できます。
壁を登る「生体マシン」の可能性
今回の研究でもっとも革新的だったのは、「水平面から垂直面への移動」、つまり壁を登る行動の制御に成功したことです。
従来の小型ロボットでは、壁登りのために吸着装置や磁石などの複雑な機構が必要でした。
しかしZoBorgは、自然に備わった吸着性の足裏パッドや鋭いカギ爪、柔軟な脚構造を活かして、まるで自発的に壁を登っているかのような挙動を見せます。
チームは、「オンデマンド登攀(とうはん)プロトコル」と呼ばれる3段階の制御法を構築しました。
1.接近・接触:ZoBorgを壁に向かって誘導し、前翅刺激で壁に接触させます。
2.整列:壁に接触したZoBorgの体を、電気刺激によって壁に対して平行に整えます。
3.登攀開始:再び刺激を加え、壁の方へ横移動させることで、自然な動作として登り始めます。
この方法により、ZoBorgは垂直の壁を71.2%の成功率で登ることに成功。
段差のある障害物(5mm・8mm)に関しては、なんと92〜94%の高い成功率で乗り越えられることも示されました。
また、実験ではZoBorgが自分の体重に等しいバッテリーを搭載した状態でも屋外の砂岩壁を登ることに成功しており、実地運用に耐えうる性能であることが証明されました。

今回の研究が示したのは、自然界が何億年もかけて磨いてきた昆虫の機能に、人工の制御を加えることで、従来のロボットでは実現できなかった能力を引き出せるという事実です。
将来的には、ZoBorgに小型カメラやセンサーを搭載することで、がれきの下に閉じ込められた人の位置を特定したり、傷の状態を確認したりといった、災害現場での実用的な活躍も期待されています。
映画のような「人型ロボット」による救助ではなく、小さな昆虫が命を救う――そんなSFのような未来が、もうすぐ現実になろうとしているのです。
参考文献
‘Cyborg’ beetles could revolutionise urban search and rescue
https://www.uq.edu.au/news/article/2025/07/cyborg%E2%80%99-beetles-could-revolutionise-urban-search-and-rescue
Cyborg Beetles Could Be Unlikely Heroes in Future Disaster Rescues
https://www.sciencealert.com/cyborg-beetles-could-be-unlikely-heroes-in-future-disaster-rescues
元論文
Zoborg: On-Demand Climbing Control for Cyborg Beetles
https://doi.org/10.1002/advs.202502095
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部