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脳に電気ショックを与えると数学の成績が最大29%も向上すると判明


数が苦手な人に朗報です。

「数学が苦手なのは自分の努力不足ではなく“脳の配線”の問題かもしれない」——そんな驚きと希望を与えてくれる研究結果がイギリスのオックスフォード大学(University of Oxford)とサリー大学(University of Surrey)から発表されました。

前頭前野–頭頂葉ネットワーク結合が弱く数学が苦手な人の脳にごく微弱な「ランダムノイズ電気刺激」を与えることで数学の計算問題の成績が最大29%も向上したというのです。

「脳に電気」と聞くとギョッとしますが、ご安心ください。

実験で用いられたのは経頭蓋ランダムノイズ刺激(tRNS)という方法で、ごく弱い電流を頭皮から流すだけ。

痛みはなく、本人には刺激に気づけないほど微弱で安全なものです。

つまりイメージするようなビリビリするショックではなく、“かすかなノイズを脳に加える”ようなイメージです。

数学に苦手意識のある人にとって、「やればできる」が「脳に電気を流せばできる」に変わる日が来るかもしれません。

しかしいったいなぜ脳に電気を流すだけで、数学の成績が大幅にアップしたのでしょうか?

研究内容の詳細は2025年7月1日に『PLOS Biology』にて発表されました。

目次

  • 数学が苦手な理由は脳内の『ネットワーク』にあった
  • 脳への『微弱電気刺激』で数学の成績が29%アップした
  • 『数学が苦手な人』ほど電気刺激が効く理由

数学が苦手な理由は脳内の『ネットワーク』にあった

数学が苦手な理由は脳内の『ネットワーク』にあった
数学が苦手な理由は脳内の『ネットワーク』にあった / Credit:Canva

子供の頃からどうしても数学が苦手だった、という経験はありませんか?

どれだけ先生の説明を聞いても、周囲の友達と同じように問題が解けず、落ち込んだ記憶がある人も多いでしょう。

大人になってからも、計算が必要な場面で慌てたり、自分には数学のセンスがないと諦めてしまったりする人は決して少なくありません。

実際、OECD(経済協力開発機構)が2016年に行った調査によると、アメリカやイギリス、ドイツ、フランスといった先進国では、大人の約4人に1人(24~29%)が小学校低学年(5~7歳)程度の計算力しか持っていないことが明らかになっています。

つまり、多くの人々にとって、数学は子供の頃からずっと苦手意識のある科目のまま、大人になっても克服できずにいるわけです。

こうした数学の苦手意識や苦手な状態は、単に計算ができないだけにとどまらず、仕事でのチャンスや収入、さらには健康状態にも悪影響を及ぼす可能性があります。

さらに広い視点で見ると、数学力不足が原因で失業率が上昇したり、経済全体の成長が鈍化することさえあると指摘されています。

一度生まれた学力の差は、時間とともにますます広がっていくことが知られています。

例えば小学校低学年の頃に少し計算が得意だった子は、その後もどんどん数学が得意になり、逆にその時期に苦手だった子はずっと数学が苦手なままになってしまう、という状況です。

教育の分野では、これを「マシュー効果」と呼びます。

マシュー効果とは、最初の小さな差が、雪だるま式にどんどん大きくなっていく現象を指した言葉です。

実はこの現象、数学だけではなく語学や記憶力など、様々な学習分野で見られる一般的な傾向です。

これまで教育の現場では、このような学力差を解消するために「教える側」、つまり先生や教材、学習環境の改善に多くの努力を払ってきました。

先生の教え方を工夫したり、わかりやすい教材を作ったりといった方法がその代表です。

しかし近年、教育の効果を高めるためには、「学ぶ側」、つまり生徒の脳の仕組みそのものに注目する必要があるという考えが徐々に広がってきています。

人間の脳は人それぞれ異なり、生まれつき脳の中で特定の領域同士のつながりが強い人もいれば弱い人もいます。

こうした生まれつきの脳の性質が、学習能力や得意・不得意に大きな影響を与えていることがわかってきたからです。

特に数学の学習においては、前頭前野(おでこの奥にある脳の領域)と頭頂葉(頭のてっぺん付近の領域)という2つの領域が連携して働くことが非常に重要であることが、これまでの研究で明らかになっています。

前頭前野は、問題をじっくり考えて解く際の集中力や、情報を整理する能力を担っています。

一方の頭頂葉は、覚えた知識や方法を素早く引き出し、応用する力を支えています。

数学の問題を解く時、この2つの領域が互いにうまく連携できれば、計算をスムーズに進めることができます。

しかし、生まれつきこの2つの領域の連携が弱い人も多くいます。

その場合、どれだけ努力をしてもなかなか数学が得意にならないということが起こり得るのです。

そこで、イギリスのサリー大学やオックスフォード大学を中心とした研究チームは、あるユニークなアイデアを思いつきました。

「もし脳内の領域同士の連携が弱い人でも、外から刺激を与えてその連携を強化できれば、数学の苦手を克服できるのではないか?」というものです。

このアイデアは、学習の苦手な理由を本人の努力不足ではなく、脳内の神経回路のつながりという生物学的要因に求めるものでした。

実際のところ、脳に外部からの刺激を与えることで、人の数学の苦手意識や成績を改善することは本当に可能なのでしょうか?

脳への『微弱電気刺激』で数学の成績が29%アップした

脳への『微弱電気刺激』で数学の成績が29%アップした
脳への『微弱電気刺激』で数学の成績が29%アップした / 図は、「脳のネットワークの結びつき(前頭前野と頭頂葉間のつながりの強さ)」と、「数学の計算学習の成績」がどのように関係しているかを示しています。 この図でわかった重要なことは、もともと脳内で前頭前野と頭頂葉が強くつながっている人(脳の結合強度が高い人)は、特別な刺激がなくても計算問題の学習成績が良い傾向にあるということです。反対に、結びつきが弱い人(脳の結合強度が低い人)は、普通に勉強しただけでは成績が伸びにくく苦労してしまいます。 しかし興味深いことに、この「結びつきが弱い人たち」に脳への微弱な電気刺激(tRNS)を行ったところ、成績が大きく改善されました。特に前頭前野(dlPFC)に電気刺激を与えたグループでは、もともと脳の結びつきが弱くて苦手だった人が刺激によって、強い結びつきを持つ人と同じくらいの成績に追いつきました。一方、頭頂葉(PPC)に刺激を与えたグループや刺激なし(sham)のグループでは、こうした改善効果は見られませんでした。 つまり、この図は、数学の計算学習において脳の前頭前野と頭頂葉のつながりの強さが非常に重要であり、結びつきが弱い人でも、前頭前野に適切な刺激を与えることで、学習の苦手さを克服できる可能性を示した結果を直感的に伝えているのです。/Credit:Functional connectivity and GABAergic signaling modulate the enhancement effect of neurostimulation on mathematical learning

脳への刺激で数学的能力を高めることができるの?

この答えを得るため研究者たちは、まず18歳から30歳までの若者72名を対象に、数学の学習能力と脳の状態の関係を調べることからスタートしました。

研究チームが特に注目したのは、脳の中の前頭前野(おでこの奥にある領域)と頭頂葉(頭のてっぺん付近の領域)という2つの領域の連携(ネットワーク)です。

まず実験前に参加者全員の脳をMRIでスキャンし、この「前頭前野–頭頂葉ネットワーク」の結びつきの強さを測定しました。

次に、参加者たちは5日間にわたり、1日約30分の数学トレーニングを受けました。

トレーニング中、一部の参加者には「経頭蓋ランダムノイズ刺激(tRNS)」と呼ばれる、ごく弱い電流を脳に流す刺激が行われました。

この刺激を受ける場所によって参加者は3つのグループに分けられました。

あるグループは前頭前野に、別のグループは頭頂葉に刺激を与え、残りのグループは実際には電流を流さない(プラシーボ)刺激を受けました。

参加者が解いた数学の問題は2種類あります。

1つは特定の計算手順を実行して答えを導くタイプの問題、もう1つは単に答えを丸暗記するタイプの問題です。

たとえるなら前者が頭を使って筆算や方程式を解くような問題であるのに対して、後者は計算というより歴史年表の暗記に近いものと言えます。

5日間のトレーニングが終わった後、再び参加者たちの脳をスキャンし、数学の問題を解く能力がどう変化したかを分析しました。

すると驚くべき結果が現れました。

まず刺激を全く受けなかった対照グループや頭頂葉への刺激を受けたグループでは、「前頭前野–頭頂葉ネットワーク」の結びつきが弱かった人ほど、やはり前者の計算問題の学習に苦戦していました。

ネットワークが弱い人(数学が苦手な人)は、努力しても問題を解く力がなかなか向上しなかったのです。

ところが、前頭前野に刺激を受けたグループでは全く違う結果が出ました。

ネットワークの結びつきが弱かった参加者たちがこの刺激を受けると飛躍的に計算能力を高め、その効果は最大で29%もの成績向上を達成したのです。

(※成績の上昇は2種類の課題のうちの前者の計算手順を実行して答えを導くタイプの問題で効果がみられました。一方で暗記問題では効果がみられませんでした)

実際その上昇幅は驚異的で、刺激を受けたおかげで、もともと成績が低かった人たちが一気に「得意な人たち」と肩を並べることができました。

これは前頭前野の刺激は特に「数学が苦手な人」に大きな助けとなったことを示しています。

では前頭前野に対する刺激が計算問題の成績を大きく改善したのでしょうか?

研究を率いたカドッシュ教授は、この刺激の効果を「確率共鳴」という現象で説明しています。

「確率共鳴」とは一見難しい言葉ですが、実際には私たちの日常にもよく見られる現象の一つです。

例えば、ラジオの受信が弱く、ノイズが混ざった状態を想像してください。

普通ならノイズがあると聞き取りづらくなり、かえって邪魔になるはずです。

ところが、信号があまりにも弱すぎて、もともと何も聞こえなかった場合には、微かなノイズが混ざることでかえって音声が聞き取れるようになることがあります。

つまり、本来弱くて認識できないような信号に、適度なノイズを加えることによって、その信号がより明確に感じ取れるようになるのです。

この原理を脳の活動に当てはめるとどうでしょう?

私たちの脳は、多数の神経細胞(ニューロン)が互いに信号を送り合うことで働いています。

しかし、数学が苦手な人の場合、特に前頭前野と頭頂葉という数学を解くときに重要な領域間の神経回路の結びつきが弱いため、信号がうまく伝わらずに処理能力が低下していると考えられます。

弱い信号は、それだけでは目的地である他の神経細胞までうまく伝わらないため、思考や計算といった複雑な作業が困難になるわけです。

そこに微弱なランダムノイズ刺激を与えることで、本来眠っていた神経回路が活性化し、情報がスムーズに伝達され、計算能力が引き出された可能性があります。

つまり、この刺激は「脳内で眠っていた数学の能力にそっとスイッチを入れるような効果」をもたらしたと言えそうです。

『数学が苦手な人』ほど電気刺激が効く理由

『数学が苦手な人』ほど電気刺激が効く理由
『数学が苦手な人』ほど電気刺激が効く理由 / Credit:Canva

今回の研究は、「数学が苦手なのは、生まれつきの脳内ネットワークの弱さに原因があり、それを外部からの刺激で改善できる可能性」を示しました。

これは、「数学が苦手なのは努力が足りないからだ」といった、従来からの考え方を大きく揺るがす重要な成果です。

特に、前頭前野と頭頂葉の結びつきが弱く、生物学的に計算が苦手な人ほど、脳への刺激による改善効果が高かったことは非常に興味深い発見です。

この結果は、単に数学の成績向上を示しただけではありません。

これまでどれだけ努力しても結果が出なかった人にとって、脳内のネットワークという隠れたハンデを取り除けば、今まで報われなかった努力も報われるようになる可能性を示したとも言えます。

研究を率いたカドッシュ教授は、「これまでの教育改善の取り組みは、教える側、つまり教師の指導法や学習環境の整備ばかりに集中してきました。しかし、本当に教育格差を解決するためには、学ぶ側の脳の特性や神経生物学的な要素にも目を向ける必要があります。今回の研究が、そのための重要な一歩になればと期待しています」と述べています。

この言葉が示すように、生まれつき脳内ネットワークが弱いという「目に見えない壁」を外部からの刺激で取り除くことで、誰もが公平に学習の成果を得られるようになる未来が見えてきたのかもしれません。

また、この成果は私たちに教育そのもののあり方についても考えさせます。

これまで教育は、生徒が数学や語学などで苦労している場合、その原因を本人の努力不足や集中力の欠如、あるいは教師の指導力不足といった環境要因に求めてきました。

しかし近年の脳科学や心理学の研究は、人が何かを学ぶ能力は、本人の努力や環境の影響だけでなく、生まれ持った脳の特性にも大きく左右されることを明らかにしています。

つまり、教育を改善し、社会全体で学力の格差を減らすためには、生徒個々人が持つ脳の特徴や状態を科学的に理解し、それに応じた適切なサポートを提供する必要があることを示しているのです。

一方で、だからといって誰にでも同じ刺激を与えれば必ず成績が上がるという単純な話ではないことにも注意が必要です。

今回の研究を単純解釈し過ぎて、頭に筋トレ用の電気刺激パッドをつけるのは絶対にやめてください。

実は過去に行われた別の研究では、すでに高度な数学能力を持っている数学専門家(大学の教授)に同じ刺激を与えたところ、逆に計算能力が低下してしまった例も確認されています。

この現象は、既に完璧に調整されたエンジンに余計な手を加えると、かえって動きが悪くなるのと似ています。

つまり、元々うまく機能している脳内のネットワークに対しては、刺激が逆効果になる可能性があるわけです。

こうした事実は、脳への刺激が全ての人に一律に効果をもたらす万能薬ではないことを示しています。

重要なのは、誰の脳が刺激を必要としていて、どのような脳の状態の人に、どのような種類や強さの刺激を与えると効果的かを個別に見極めることです。

実際、研究チームも今後さらに細かな研究を進め、刺激の効果を個人ごとに最適化していく必要があると指摘しています。

現在、市販されている脳刺激デバイスも少数ですが存在します。

しかし、そうした一般向け製品の多くは、科学的な根拠が十分でないものも多く、実際に使っても本当に期待するような効果が得られるかはわかりません。

今回のような研究がさらに進展すれば、近い将来、個人の脳の特性に合わせて調整した「オーダーメイドの学習向上デバイス」が実用化される可能性もあります。

学校や塾、家庭などの現場で、一人ひとりの生徒の脳の状態を把握し、最も効果的な刺激を提供することで、それぞれの学習能力を最大限に引き出せるようになるかもしれません。

特に、学習障害や発達障害などで従来の教育方法が効果をあげにくかった子どもたちにとって、この技術が新たな希望となる可能性もあります。

この技術がさらに進化すれば誰もが自分の脳の特性に適した刺激を受けることで、秘められた能力を最大限に引き出せるようになる時代が来るかもしれません。

全ての画像を見る

参考文献

Brain stimulation can boost math learning in people with weaker neural connections
https://www.eurekalert.org/news-releases/1088509

元論文

Functional connectivity and GABAergic signaling modulate the enhancement effect of neurostimulation on mathematical learning
https://doi.org/10.1371/journal.pbio.3003200

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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