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薬物に手を出す子ども実は最初から「脳」が違っていたと判明


アメリカのインディアナ大学医学部(IUSM)で行われた研究によって、薬物に手を伸ばす子どもの脳は、薬物を使い始める前からある種の特殊性を備えていることが示されました。

研究では脳の詳細な比較が行われており、衝動を抑える役割を持つ前頭前野の一部が薄くなっている一方、好奇心や刺激を求める傾向に関わる脳領域の体積が大きいという「ブレーキが弱く、アクセルが強い」という特徴が明らかになりました。

本研究は「薬物摂取➔脳が変わる」という従来の常識とは逆の「脳が変っている➔薬物摂取をしやすい」という逆因果を示す初めての大規模研究になります。

研究内容の詳細は『JAMA Network Open』にて発表されました。

目次

  • なぜ薬物に手を出すのか? 従来の常識を覆す新視点とは
  • 薬物に手を伸ばす子ども、脳に共通する「意外な特徴」
  • 薬物リスクは才能の裏返しになり得る

なぜ薬物に手を出すのか? 従来の常識を覆す新視点とは

なぜ薬物に手を出すのか? 従来の常識を覆す新視点とは
なぜ薬物に手を出すのか? 従来の常識を覆す新視点とは / Credit:Canva

子どもや思春期の若者が薬物に手を出すと聞くと、私たちはつい「何がその子を薬物に走らせたのか?」と考えてしまいます。

多くの人がまず思い浮かべるのは、家庭環境や交友関係、本人の意志の弱さなどでしょう。

また、「薬物を使ったせいで脳がダメージを受ける」というイメージもよく持たれています。

実際、これまでの科学的な研究でも、特に若い頃から薬物を使用すると依存症になりやすいということが統計的にもはっきり示されています。

10代の早い段階からアルコールや大麻を使い始めた人ほど、より深刻な薬物に進みやすく、「ゲートウェイ効果」と呼ばれる問題が生じやすいこともよく知られています。

しかし近年になって科学者たちは、こうした常識を覆すような新しい視点を提示し始めました。

それは、「薬物が脳を壊すから依存症になる」という従来の理解とは逆に、「薬物を使い始める前から、すでに脳構造に違いがある可能性がある」という考え方です。

つまり、薬物に手を出しやすいかどうかを決めるのは、環境や個人の意志だけではなく、生まれ持った脳の個性、あるいは成長過程で生じた脳構造の微妙な差異が関わっているかもしれない、ということです。

例えば、家族にアルコール依存症の人がいる子どもは、本人がまだ一度も薬物を使ったことがなくても、脳の前頭前野という部分が平均より薄い傾向があるという研究結果が出ています。

前頭前野は感情や行動をコントロールする「脳の司令塔」であり、ここが薄いことは、自分の衝動を抑える力が弱まることと関連していると考えられています。

さらに興味深いのは、こうした脳構造の特徴が双子や兄弟の研究でも確認されている点です。

双子の片方が大量にお酒を飲む場合、その兄弟も脳の特定の部分が小さくなる傾向があり、これらが生まれつきか、早い時期から存在する可能性が示唆されているのです。

こうした状況を踏まえて研究者たちは疑問を持ちました。

「薬物を使った結果、脳が変化して依存症になる」というこれまでのストーリーは本当に正しいのだろうか?

もしかすると、薬物に手を伸ばすずっと前から、脳の方に「薬物使用を引き寄せやすい構造的な違い」が存在しているのではないか?

もしそれが事実なら、薬物依存を防ぐための対策は、単に薬物を遠ざけるだけでなく、その前段階で子どもの脳の個性を理解してサポートする必要があるかもしれません。

今回取り上げるアメリカでの研究は、まさにこうした疑問に真正面から答えるために実施されました。

薬物を使用する前の子どもたちの脳を調べることで、薬物を使い始めるリスクがある子どもには、そもそも脳構造にどんな特徴があるのかを大規模に分析したのです。

本当に薬物を使用する子供たちの脳は使用する前から特別だったのでしょうか?

薬物に手を伸ばす子ども、脳に共通する「意外な特徴」

薬物に手を伸ばす子ども、脳に共通する「意外な特徴」
薬物に手を伸ばす子ども、脳に共通する「意外な特徴」 / Credit:Canva

薬物を使う子供の脳は最初から特別だったのか?

この問いの答えを得るため研究者たちはまず子どもたちの脳を詳しく観察することにしました。

そこで活用されたのが、アメリカで進行している史上最大規模の脳研究プロジェクトである「青年期脳認知発達(ABCD)スタディ」です。

このプロジェクトでは全米の22拠点で、9〜11歳の子ども約1万人の脳を詳しくMRIでスキャンし、その後何年にもわたって追跡調査を行っています。

研究チームはまず、スタディ開始時に集められた9,804人の子どもの脳のMRI画像を分析し、脳のさまざまな部位の体積や皮質の厚さ、表面積などの特徴を記録しました。

この段階ではほとんどの子どもがまだ薬物を使用した経験がありませんでした。

次に研究者たちは、これらの子どもたちがその後の3年間でどのくらい薬物を使い始めたかを継続的に追跡しました。

具体的には、アルコールやタバコ、大麻を使った経験があるかどうかを毎年の面接や半年ごとの電話調査を通じて聞き取り、最終的に約35%の子どもたちが15歳までに薬物を使用したことがわかりました。

研究者はここで重要な比較を行います。

「薬物を使い始めた子ども」と「一度も使っていない子ども」とをグループに分け、薬物を使う前の脳構造にどのような違いがあったのかを慎重に比較したのです。

すると驚くべき結果が明らかになりました。

薬物を使い始めた子どもたちは、全体的に前頭前野と呼ばれる脳の前側の皮質が比較的薄い傾向がありました。

前頭前野は物事を冷静に判断したり、自分の行動や感情をコントロールしたりする、いわば「脳のブレーキ」のような役割を果たす部位です。

ここが薄いということは、自分の衝動をコントロールするのがやや苦手で、リスクのある行動を抑えにくいことを意味する可能性があります。

一方で、感覚や好奇心、報酬を感じやすい部位は平均より厚く、脳全体の体積や表面積もやや大きめである傾向がありました。

こうした脳構造は、知的な能力や好奇心を高める一方で、刺激を求める気持ちやリスクに対する反応が過剰になりやすい可能性もあることを示唆しています。

さらに深く観察すると、脳の内部にある「淡蒼球」という部分の体積も大きめであることがわかりました。

この淡蒼球は感情や行動の制御に重要な役割を果たし、この部分が大きいと衝動的な行動を抑えることが難しくなる可能性があります。

また、記憶に関連する「海馬」と呼ばれる部位の体積もやや大きい傾向が見られました。

物質ごとの違いも確認され、大麻を使用した子どもでは「尾状核」という脳の報酬系に関わる部位が比較的小さいことがわかりました。

ニコチンを使用した子どもは「上前頭回」という領域の体積が小さく、また「眼窩前頭皮質」という部分に深い溝があるという特徴が確認されました。

アルコール使用でも特定の脳領域に特徴的な差異がありましたが、全体としては、これらの物質を使用した子どもたちは前頭前野が薄く、それ以外の皮質が厚いという共通の特徴を持っていたのです。

具体的にどこが何%違うのか?

以下では薬物リスクがある子とそうでない子の脳の「どこがどれくらい違うのか」を標準偏差(SD)単位で示します。

まず、脳の大きさは、薬物使用開始群が非使用群と比べて全脳体積がSDの0.05倍大きく全皮質体積も同じく約5%大きいという差が観察されました。加えて、頭蓋内容積は0.04倍、皮質下灰白質体積も0.05倍大きく、皮質表面積は0.04倍拡大していました。これらのグローバルな増大傾向は、薬物使用前の完全未使用サブサンプルを対象にしてもほぼ同じパターンで維持されており、薬物暴露の“後付け”では説明がつかない、先天的・発達的な差異である可能性を示唆しています。

なお脳体積とIQの間には中程度の正の相関があり脳体積が5%ほど違う場合、IQは平均で約2.2ポイント高くなることが過去の研究などで報告されています。また他の研究では高IQが後年の薬物使用リスクを高めるとする興味深い報告もなされています(ただし思春期の大麻などの常用によりIQは2~8ポイント低下するとの報告もあります)。

次に、脳の局所領域を細かく見ると、意思決定や衝動抑制に関わる前頭前野の一部である右ロストラル中前頭回の皮質厚が、非使用群に比べ0.03倍薄い一方で、後頭葉の言語処理に関わる左舌状回は0.03倍厚くさらに右外側後頭回の体積は約0.04倍大きいという特徴的なパターンも見られました。これは本文でも述べたように前頭前野という“ブレーキ”領域がわずかに縮小している一方、好奇心や視覚処理と関連する領域はやや膨らんでいることを示します。

さらに、物質種別に見ると、最も多いアルコール使用開始群では左外側後頭回体積が約4%大きく、左・右両側の傍海馬回の皮質厚はいずれも0.04倍増加、そして左右の上前頭回では皮質厚がそれぞれ0.03倍減少する差が補正後も残存しました。ニコチン使用開始群では右上前頭回体積が約3%小さく、左眼窩前頭皮質の溝が約0.05倍深いといった特徴が確認され、カンナビス使用群では左前錐体回の皮質厚が0.03倍薄く、右尾状核体積が0.03倍縮小する傾向が見られました。これらの効果量は一見小さく思えますが、いずれも有意な差となり薬物リスクのマーカーになり得ることが示されています。

もっとも重要なのは、こうした脳の違いが薬物を使い始める前からすでに存在していた可能性が高いということでした。

実際、研究チームは薬物を使った経験のある子どもを除外し、「一切薬物を使ったことのない状態からスタートしてその後薬物を使った子どもたち」だけを対象に再び分析しましたが、その場合でも前頭前野の薄さや脳全体の体積の大きさといった特徴は薬物使用前から存在していました。

つまり、「薬物使用によって脳が変化する」のではなく、「薬物を使い始めるよりも前に、脳にすでに違いがある」可能性が強く示唆されたのです。

ただし、研究者たちは慎重に指摘します。

「脳構造の違いだけで、どの子どもが薬物を使うようになるかを完璧に予測することはできません」と。

脳の特徴はあくまでリスクの一部であり、遺伝的な要因や成長する環境、友達関係や性格など、さまざまな要素が絡み合って初めて薬物を使う行動につながります。

したがって、「脳のMRIだけで将来的な薬物使用を判断する」ような使い方はまだ現実的ではありません。

しかし、薬物使用リスクを事前に理解するためには、今回発見された脳の違いが重要なヒントになることは間違いありません。

では、脳構造の違いが薬物使用のリスクを高めるという事実は、具体的にどのように役立てることができるのでしょうか?

薬物リスクは才能の裏返しになり得る

薬物リスクは才能の裏返しになり得る
薬物リスクは才能の裏返しになり得る / Credit:Canva

今回の研究によって、「薬物を使い始めるよりも前に脳構造に違いが存在し、それが薬物使用のリスクを高めている可能性」が示されました。

これまで一般的には、「薬物を使うと脳がダメージを受け、その結果として依存症になる」という考え方が主流でしたが、この新しい研究結果は、まったく逆の方向からこの問題に光を当てています。

では、この「薬物使用を引き寄せやすい脳構造」とは、一体どんな特徴を持った脳なのでしょうか。

わかりやすく言うと、それは車で例えると「ブレーキが弱くてアクセルが強い」という特徴を持つ脳である可能性があります。

脳の中でも特に「前頭前野」という部分は、私たちの行動や感情を制御し、慎重に考えて行動するための「ブレーキ」の役割を果たしています。

ところが薬物を使い始めるリスクのある子どもたちは、この前頭前野が比較的薄く、十分に成熟していない可能性が指摘されています。

一方で、報酬や喜びを感じたり、新しいものへの好奇心を生み出したりする「アクセル」の役割を果たす脳の部位は平均よりも厚く、発達が旺盛でした。

こうした脳の特徴は、単純に「悪い」わけではありません。

なぜなら、これらの特徴は、冒険心や好奇心、創造性を豊かにすることにもつながるからです。

実際、脳全体がやや大きく複雑であることは、一般に知性や創造性と関連していると言われています。

ところがここにパラドックスが生まれます。

特に思春期という発達途中の段階では、これらの旺盛な好奇心や探究心がリスクを取り過ぎる行動や衝動的な行動につながる可能性があるのです。

また、脳の深部にある「淡蒼球」という領域も、衝動性の高さやリスク行動のコントロールの難しさと関連する可能性があり、薬物使用を始める子どもたちではこの部分も比較的大きいことがわかっています。

こうした「刺激を追い求めやすく、衝動的な行動を抑えにくい」脳の特徴は、実は本人の努力だけでどうにかできるものではありません。

私たちはこれまで、薬物を使う若者に対して「意志が弱い」「我慢が足りない」といった批判をしがちでしたが、今回の研究から見えてきたのは、そうした行動の背景には本人の意思とは関係なく、生まれつきや発達過程で形成されてきた脳の個性や特性が大きく関わっている可能性です。

もちろんこれは、薬物を使う若者が「仕方がない」と諦めるための理由ではありません。

むしろ逆です。

今回明らかになった脳の特徴は、私たちがどのように薬物依存のリスクを持つ子どもたちをサポートすべきかという方向性を示しています。

(※薬物の乱用が脳にダメージを与えるという積み重ねられてきた医学データが覆ったわけでもありません。)

例えばカナダでは、刺激追求傾向や衝動性が強い子どもたちを対象に、その特性を否定したり叱ったりするのではなく、むしろ長所として伸ばし、短所をうまくコントロールする方法を学ぶ特別なプログラムを提供しました。

その結果、数年後には薬物依存症の発症率が大幅に低下したのです。

これは、「リスク特性を叱責する」のではなく「特性を活かしつつ管理する」アプローチが薬物依存予防に有効であることを強く示すものです 。

薬物使用リスクを示す脳の個性は、見方を変えれば冒険心や創造性を育む貴重な才能とも言えます。

この新しい理解は、薬物乱用に対する私たちの取り組み方を根本的に変える可能性を秘めています。

これまでの「薬物が脳を壊す」という見方を超えて、「脳構造の違いが薬物使用リスクを生む」という新しい見方へと私たちの視点をシフトすることで、多くの若者が薬物に頼ることなく、自分らしい才能や個性を健やかに伸ばせる社会へとつながるのではないでしょうか。

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元論文

Neuroanatomical Variability and Substance Use Initiation in Late Childhood and Early Adolescence
https://jama.jamanetwork.com/article.aspx?doi=10.1001/jamanetworkopen.2024.52027&utm_campaign=articlePDF%26utm_medium=articlePDFlink%26utm_source=articlePDF%26utm_content=jamanetworkopen.2024.52027

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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