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怒りで寄付をする「報復的慈善活動」とは


私たちの多くは、「少しでも助けになりたい」と考えて寄付を行います。

貧困や病気に苦しむ人々、自然災害で被害を受けた地域、あるいは環境保護や人権活動など、さまざまな目的で「善意」に基づく寄付が世界中で行われています。

しかし、最近の研究が、この「善意」という前提に一石を投じました。

カナダのウェスタン大学(Western University)の研究チームは、寄付行動に「怒り」や「報復」という、従来の「利他的な社会的行動」とは対極の感情が深く関わる新たな形態を報告しました。

彼らは、この寄付行動を「Retributive Philanthropy(本記事では報復的慈善活動と呼ぶ)」と名付けています。

この研究成果は、2025年2月6日付で『Journal of Marketing Research』誌に掲載されました。

目次

  • 善意の寄付だけではない?「怒り」から生まれる新しい動機とは?
  • 人はなぜ、「罰したいから寄付する」のか?
  • 報復的慈善活動を活用できるのか

善意の寄付だけではない?「怒り」から生まれる新しい動機とは?

寄付とは一般に、他者の利益や社会の福祉を考えた「善意の行動」とされてきました。

また「自分の利益」を考えて寄付を行う場合もあるでしょう。

これまでの研究でも、寄付の動機は「共感」や「感謝」、「自分のイメージ向上」や「税制優遇」など、利他的・自己利益的な理由に分類されていました。

しかし、2016年のアメリカ大統領選の結果を受けて起こったある出来事が、研究者たちの目を引きます。

副大統領に当選したマイク・ペンス氏は、妊娠中絶に反対する強硬な姿勢で知られていました。

ところがその直後、なんと8万件を超える寄付が、彼の名義で中絶支援団体「Planned Parenthood」へと行われたのです。

結果として、ペンス氏の自宅には、「マイク・ペンスさん、ありがとうございます」と書かれた寄付通知が大量に届くことになりました。

つまり、寄付を行った人々は、政治的・道徳的抗議として寄付を使ったのでした。

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人々は副大統領の姿勢に抗議するために、怒りの気持ちから寄付をした / Credit:Canva

これが、ミルン氏らが着目した「報復的慈善活動」の出発点となりました。

研究チームはこの行動の動機や仕組みを明らかにするため、まずインタビューを実施しました。

報復的寄付を行った人物や、その対象となった人々への聞き取りを通じて、共通する3つの動機を見出しました。

  1. 寄付対象(つまり攻撃対象)への強い道徳的非難(悪意ある不正行為の認識)
  2. 怒り・嫌悪・軽蔑といった強烈な感情の発生
  3. 相手にダメージを与えるという罰の意図

次にチームは、より広範な実社会のデータを使ってこの仮説を検証しました。

2022年、カナダで発生した「フリーダム・コンボイ」(ワクチン義務化に反対するトラック運転手による抗議運動)において、支援団体への寄付が急増。

ところが政府の介入により、クラウドファンディングサイト「GoFundMe」でのキャンペーンが強制停止されました。

その直後、寄付者たちは新たなプラットフォーム「GiveSendGo」に移行し、短期間で数百万ドル規模の寄付が集まりました。

この寄付データ10万件超を分析したところ、「GoFundMe」や政府に対する怒りのコメントを書いた寄付者は、他の人より平均23ドルも多く寄付していたことが分かりました。

怒りの表現(「裏切り」「検閲」「腐敗」など)を含む投稿の多くが「モラルに反する抑圧」として認識されており、ここにも「報復」の意図が明確に表れていました。

この2つの初期研究によって、「怒り」や「道徳的違反の認識」が寄付動機となる現象が、定性的・定量的に裏付けられたのです。

人はなぜ、「罰したいから寄付する」のか?

続く第3の実験では、この報復的寄付のメカニズムをさらに細かく検証するため、548名の学生の参加者が集められました。

参加者のうち1つのグループには、架空のニュース記事を読んでもらいます。

ある大学教授が授業中に意図的に人種差別的な発言をした」というものです。

そして別のグループには、同教授が意図せず似たような言葉を使ったという非意図的事例を提示。

さらに、それぞれのグループには、「この教授に反対する団体(寄付のたびに教授の解任を求める手紙を送る)に寄付できます」という報復オプションを提示する場合と、通常の寄付先だけを示す(=報復オプションなし)場合の2パターンが用意されました。

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人々は報復オプションありの寄付を選ぶ / Credit:Canva

その結果は明快でした。

「意図的に差別発言をした」と判断されたケースで、報復オプションありの寄付が最も選ばれたのです。

そして研究全体の成果から、以下の主要な発見が浮かび上がってきました。

  • 寄付は「助けたい」だけでなく「罰したい」という動機でも行われうる。
  • 「意図的な悪事」「それへの道徳的怒り」「具体的な加害者の存在」が揃うと、報復的寄付が起こる。
  • 一部の性格特性(特に権威主義傾向が強い人)は、この種の寄付を好む。
  • 寄付の「効力」(=加害者にダメージが届く実感)が高いほど、寄付意欲は増す。

これらは、従来の寄付の動機とは大きく異なるものですが、現在でも確かに存在するのです。

では、この寄付や動機を「利用」することはできるでしょうか。

報復的慈善活動を活用できるのか

研究者たちは、この報復的慈善活動が寄付総額を増やす可能性に注目しています。

なぜなら、「従来なら寄付をしない層」でも、怒りや正義感を引き金に行動を起こすからです。

つまり、人々の怒りの傾向を利用すれば、多くの寄付を集められるかもしれません。

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人々の「正義感」や「怒り」を利用して寄付を多く集めることは可能だが…… / Credit:Canva

しかし、重大なリスクも存在します。

例えば、「敵」を作るようなキャンペーンは社会を分断する可能性があり、通常の支持者が疎外感を抱く危険性があります。

また、誤ったターゲティングが名誉毀損や対立の激化を招くこともあるでしょう。

そのため研究チームは、「報復的慈善活動」の活用には以下のような慎重な条件が求められると述べています。

  1. 非難される行為が明確で、かつ団体の理念と一致していること
  2. 加害者が具体的に認識されていること
  3. 支持者に、秩序や正義を重んじる価値観があること

この研究では、「怒りを動機にした寄付」に焦点を当てました。

正義感と怒りが交差するところに、これまでにない新しい社会運動の形が生まれています。

もしかしたら、あなたが「寄付したい」と感じた時にも、その内側には「怒り」が秘められている可能性があるのです。

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参考文献

Giving back or getting back? The rise of retributive philanthropy
https://phys.org/news/2025-07-retributive-philanthropy.html

元論文

Retributive Philanthropy
https://doi.org/10.1177/00222437251320021

ライター

矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。

編集者

ナゾロジー 編集部

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