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78歳の脳にも「新しい神経細胞」が出現できると判明


スウェーデンのカロリンスカ研究所(KI)で行われた研究によって、78歳という高齢者の脳にも新しい神経細胞が生まれていることが明らかになりました。

研究ではこれまで成人の脳内では発見が難しいとされていた新しい神経細胞を生み出す元になる細胞「神経前駆細胞」を特定し、記憶や学習に不可欠な「海馬」という領域に存在することを示しています。

この発見は、人間の脳が加齢によっても再生力を完全には失わず、アルツハイマー病やうつ病などの疾患治療にも新たな希望をもたらす可能性を秘めています。

しかし、なぜ高齢者の脳で神経細胞が生まれ続けているのに、記憶力や認知機能は衰えてしまうのでしょうか?

研究内容の詳細は2025年7月3日に『Science』にて発表されました。

目次

  • 大人の脳は本当に再生しないのか?——長年の議論と挑戦
  • 78歳の脳にも新しい神経細胞
  • 78歳の脳にも再生力——認知症やうつ病治療への新たな希望

大人の脳は本当に再生しないのか?——長年の議論と挑戦

大人の脳は本当に再生しないのか?——長年の議論と挑戦
大人の脳は本当に再生しないのか?——長年の議論と挑戦 / Credit:Canva

年齢を重ねるにつれて、記憶力や集中力の衰えを感じる人は多いのではないでしょうか。

新しい物事がなかなか覚えられなかったり、昔は簡単だったことが難しくなったりすると、「もう脳が新しい細胞を作らなくなってしまったから仕方ない」と諦めてしまいがちです。

実際、科学の世界でも長い間、「脳は大人になれば新しい神経細胞(ニューロン)を生み出さなくなる」という考えが常識でした。

脳細胞は生まれた後、ある時期を境に数が固定され、それ以降は増えずに減り続けるだけだと考えられてきたのです。

ところが、1990年代以降の動物実験で、この考えを揺るがす結果が次々と報告されました。

マウスなどの哺乳類では、成長した後も脳の中の「海馬」という記憶や学習に関わる領域で新しい神経細胞が生まれ続けていることが明らかになったのです。

この発見は科学者たちに衝撃を与え、人間の脳でも同じように新しい細胞が作られているのではないかという期待を生みました。

2013年にはスウェーデン・カロリンスカ研究所のヨナス・フリセン教授らが、興味深い研究成果を発表しました。

彼らは人間の脳内の細胞がいつ生まれたかを「炭素年代測定」という、まるで考古学のようなユニークな方法で調べたのです。

その結果、大人の脳でも毎日700個ほどの新しいニューロンが生まれている可能性を指摘し、大きな話題を呼びました。

しかし、その後も科学者たちの意見は割れました。

特に2018年に発表された研究では、「人間の大人の脳では、新しい神経細胞は一切見つからなかった」という、真逆の結果が示されました。

一方、2019年の別の研究では、「健康な高齢者の脳には新しい神経細胞が豊富に存在するが、アルツハイマー病の患者ではほとんど見つからない」という報告もなされました。

こうして、「大人の脳に新しい細胞は本当に生まれるのか?」という謎は、未解決のまま大きな議論となっていました。

この議論が長引いた最大の理由は、人間の脳の仕組みを調べる難しさにありました。

人間の脳内で新しい神経細胞が生まれるとしても、その細胞は非常に数が少なく、見つけること自体が難しかったのです。

また、研究に使われる脳の組織サンプルの保存方法などによっても、実験の結果が変わってしまうという難題がありました。

こうした問題を克服し、今回の研究チームがついに発見に成功したのが「神経前駆細胞」という、新しい神経細胞の「種」となる細胞です。

この細胞を見つけることで、今まで不可能だった大人の脳でのニューロン誕生のメカニズムが明らかになる可能性があるのです。

では、研究チームはどのような方法を使って、今まで見つけられなかったこの「神経前駆細胞」を見つけ出したのでしょうか?

78歳の脳にも新しい神経細胞

78歳の脳にも新しい神経細胞
78歳の脳にも新しい神経細胞 / Credit:Canva

では、研究チームはどのような方法を使って、今まで見つけられなかった「神経前駆細胞」を見つけ出したのでしょうか。

謎を解明するため、研究者たちはまず、幅広い年齢の人々(0歳の赤ちゃんから78歳の高齢者まで)の脳組織を世界各国の研究機関から入手しました。

脳の中でも特に「海馬」という記憶や学習に深く関わる領域を中心に調査を行うことにしました。

しかし、人間の脳は何十億もの細胞で構成されており、神経前駆細胞をその中から見つけるのは、例えるなら砂漠の中の一粒の砂を探すような作業です。

そこでチームが活用したのが、最新の「単一細胞RNA解析」という手法でした。

これは、膨大な数の細胞を1つずつ詳しく調べ、その細胞がどのような遺伝子を使って活動しているかを明らかにすることができる方法です。

また、より確実に細胞を見つけ出すために、チームは人工知能(AI)の力を借りることにしました。

まず、幼い子どもの脳で神経前駆細胞を調べ、「神経前駆細胞はどのような遺伝子パターンを持っているのか?」をAIに学習させました。

このAIは、いわば神経前駆細胞を「見分ける目」を持ったことになります。

そして、このAIを使って大人の脳組織を解析し、神経前駆細胞が大人の脳にも存在するかどうかを確かめました。

解析の結果、研究者たちの予想通り、成人や高齢者の脳にも「神経前駆細胞」が存在していることがわかりました。

これまで「新しい神経細胞は見つからない」とされていた成人の脳でも、実際には非常に数は少ないものの、明確に存在が確認されたのです。

さらにチームは、「見つかった神経前駆細胞はどこで活動しているのか?」を調べました。

そのために利用したのが、「RNAscope」や「Xenium」といった遺伝子の位置を組織内で可視化する最新の顕微鏡技術です。

この解析により、新しく見つかった神経前駆細胞は海馬の中の「歯状回(しじょうかい、英語名デンテートジャイラス)」という特定のエリアに集中していることがわかりました。

歯状回は、まさに記憶や学習に深く関わる領域で、新しい神経細胞が生まれる「ゆりかご」のような場所だと知られています。

また、調査を進めるうちにさらに興味深い事実も判明しました。

神経前駆細胞の数や新しい神経細胞がどれくらい生まれているかは、人によってかなり大きな差があったのです。

同じ年代でも新しい神経細胞が豊富に見つかる人もいれば、まったく見つからない人もいました。

なぜこうした差が生まれるのかはまだわかっておらず、今後の研究の重要なテーマになりそうです。

78歳の脳にも再生力——認知症やうつ病治療への新たな希望

78歳の脳にも再生力——認知症やうつ病治療への新たな希望
78歳の脳にも再生力——認知症やうつ病治療への新たな希望 / Credit:Canva

今回の研究によって、「人間の脳は高齢になっても新しい神経細胞を生み出す力を持っている」という可能性が示されました。

これは脳科学の世界において長年続いてきた議論に、一つの明確な答えを提示したことになります。

またこの結果は、「人間の脳が持つ回復力や柔軟性は、これまで考えられていたよりもずっと高いかもしれない」という希望を与えるものでもあります。

この研究をリードしたフリセン教授は、今回の発見を「人間の脳の変化を理解するための重要なパズルのピース」と表現しています。

確かに、人間の脳が加齢によって単純に「衰えるだけ」ではなく、「新しく生まれ変わる可能性」さえ持っているということは驚くべき事実です。

しかも、この再生が起きている「海馬」という場所は、記憶や学習、感情の調節を司る重要な脳の領域です。

つまり、私たちの「新しい記憶」や「気分の安定」といった、人間らしさを支える大切な機能が、脳の中でひそかに生まれている少数の細胞によって支えられている可能性があるのです。

また研究チームは成人の脳の海馬以外の部位でもニューロン新生が起きているのではないかと推測しています。

さらに興味深いことに、研究では人によって新しく生まれる神経細胞の数が大きく違うことも示されました。

これは、「脳の新しい細胞を作り出す力」は生活習慣や環境、遺伝的な要因など、多くの要素によって影響を受けている可能性を示唆しています。

言い換えれば、脳が新しい細胞を生み出す力を高める方法が見つかれば、記憶力の衰えを防いだり、精神的な健康を保ったりすることができるかもしれません。

実際、アルツハイマー病やうつ病などでは、海馬での新しい神経細胞の誕生が著しく減少することが知られています。

もし脳の再生力を刺激して、新しい神経細胞の誕生を促すことができれば、これらの病気に対する全く新しい治療法の可能性が開けるかもしれません。

言ってみれば、「脳自身が持つ再生能力を最大限に活かす治療」が現実になる可能性があるのです。

とはいえ、今回見つかった新しい細胞の数は非常に少なく、まだまだ謎が残されています。

これら少数の細胞が脳全体の機能にどれほどの影響を及ぼしているのか、あるいは細胞の再生力を増やすには具体的に何をすればよいのか、といった疑問は解決されていません。

今後のさらなる研究が、この小さな発見を人間の脳の驚くべき可能性へと広げていくことでしょう。

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元論文

Identification of proliferating neural progenitors in the adult human hippocampus
https://doi.org/10.1126/science.adu9575

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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