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誰もいないのに「誰かいる」と感じる現象を科学的に解明


夜、ひとりで静かな部屋にいると、ふと背筋がゾクッとして「誰かに見られているのでは…?」と感じた経験はありませんか?

振り返っても、当然そこには誰もいません。

それなのに、背後や部屋の隅に「何か」がいるような、妙にリアルな気配だけが残ります。

昔から人々はそんな感覚を幽霊や霊的な存在と結びつけてきました。

チェコのマサリク大学(MU)で行われた最新の研究によって、暗闇や孤独の中で「誰もいないのに、誰かがいるように感じる」という不気味な現象の正体は、脳が不確かな状況に置かれたときに行う『予測処理』という働きである可能性が明らかになりました。

真っ暗で静かな環境に一人でいると、脳は外部からの情報が不足するため、過去の経験や感覚に基づいて「そこにいない誰か」を作り出してしまうのです。

その予測が強くなりすぎたとき、脳は小さな物音や体の感覚までも「誰かがそこにいる証拠だ」と誤解し、実際には存在しない「気配」を生み出してしまうのです。

つまり、あなたがこれまでに感じた「誰かがいる」感覚は、幽霊ではなく、あなた自身の脳が生み出したリアルな錯覚だったというわけです。

一方で研究では空想好きな人は逆にこうした感覚を感じにくいという興味深い結果も得られました。

空想好きの人はなぜ「誰かいる」という感覚を持ちにくいのでしょうか?

研究内容の詳細は『Religion, Brain &Behavior』にて発表されました。

目次

  • 「霊感」ではなく「予測」――脳科学が暴く幽霊体験の仕組み
  • 実験で実証!暗闇と孤独が脳を「幽霊モード」にする
  • 幽霊の気配は「進化が生んだ錯覚」だった

「霊感」ではなく「予測」――脳科学が暴く幽霊体験の仕組み

「霊感」ではなく「予測」――脳科学が暴く幽霊体験の仕組み
「霊感」ではなく「予測」――脳科学が暴く幽霊体験の仕組み / Credit:clip studio . 川勝康弘

夜遅く、ベッドで眠ろうとしているとき、誰もいない廊下から足音が聞こえたような気がしたり、背後に誰かの気配を感じたりして、怖くなって布団にもぐり込んだことはありませんか?

こうした「見えない誰か」を感じる不気味な体験は、昔から世界中で語られてきました。

例えば、暗い森の中や廃墟などでは幽霊や精霊が出るという話がよくあり、人々はその目に見えない存在を強く感じてきました。

科学的には、この「誰かいるような気配」は「存在感覚(Feeling of Presence)」と呼ばれ、決して珍しいものではありません。

これまで、こうした不思議な感覚は霊や幽霊、あるいは何らかの超常現象が原因だと信じられてきましたが、現代の科学者たちは違った考えを持つようになりました。

彼らによると、この現象は決して幻覚や妄想ではなく、人間の脳が持つ自然な働きが生み出すものかもしれないというのです。

そのカギとなるのが、人の脳が無意識に行っている「予測処理」という仕組みです。

人間の脳は、周囲の情報が曖昧で不確かな時、過去の経験や記憶をもとに先回りして状況を予測します。

暗くて視覚や聴覚が制限されている状況では、特にこの予測機能が活発になり、存在しないはずの何かを感じ取ってしまうことがあるのです。

チェコのマサリク大学の実験宗教学研究ラボラトリー〈LEVYNA〉のヤナ・ネナダロヴァ氏は、もともと宗教的体験やスピリチュアルな現象に関心を持っていました。

世界で唯一の実験宗教学研究所〈LEVYNA〉とは?

チェコ・マサリク大学(Masaryk University)に設置された 実験宗教学研究所〈LEVYNA〉は、世界でも数少ない “宗教を実験科学で解き明かす” 専門機関です。2012 年の設立当初から「世界初の 実験宗教学 専門ラボ」を掲げており、現在も国際的にユニークな研究ハブとされています。

主な研究例としては

・悪魔や霊、魔術に対する信念が、社会規範の維持や集団内協調に与える影響を検証

・神への奉仕や儀式行動が個人の情動調整や生理反応に及ぼす影響の調査

・痛みや苦痛を伴う集団儀式の心理・生理効果、その社会的・認知的背景を調査

・感覚遮断や儀式参加など、極限状況で生じる「存在感覚」や幽霊・スピリチュアル体験の実験によって、脳の予測  処理モデルとの関連を探る研究

などワクワクするテーマに取り組んでいます。

今回ご紹介した「暗闇で誰かがいると感じる感覚」のように、脳や心と宗教・スピリチュアルな体験との接点を、実験と観察を通じて解き明かす先駆的研究機関と言えます。

彼女は以前、アイマスクや耳栓を使って視覚や聴覚を遮断する「感覚遮断実験」を行い、人が霊的な体験をするかどうか調べていました。

ところが驚いたことに、宗教的な背景に関係なく、多くの参加者が実験中に「部屋の中に誰かがいる気配がした」「誰かに見られているようで不安だった」と報告したのです。

それをきっかけにネナダロヴァ氏は、「なぜ孤独で暗い環境にいると、人は『見えない誰か』の気配を感じるのか?」という疑問を抱きました。

そこで今回の研究では「人間の内面にある不安や疑心」や「誰かが来るかもしれないという思い込み」、「個人が持つ性格や素質」という3つの要素に注目して調べることにしました。

果たして、暗闇や孤独は本当に脳を「誰かがいる」と信じ込ませてしまうのでしょうか?

実験で実証!暗闇と孤独が脳を「幽霊モード」にする

実験で実証!暗闇と孤独が脳を「幽霊モード」にする
実験で実証!暗闇と孤独が脳を「幽霊モード」にする / Credit:clip studio . 川勝康弘

では本当に、暗闇や孤独は脳に「誰かがいる」と信じ込ませてしまうのでしょうか?

この謎を解明するために、研究者たちはまず実験室を真っ暗にして、視覚や聴覚から得られる情報をできるだけ取り除くという環境を作り出しました。

実験の参加者は126名のチェコの大学生で、彼らは一人ずつ30分間、この真っ暗な実験室の中で過ごしました。

その際、全員がアイマスクと耳栓をつけ、視覚と聴覚をほぼ完全に遮られた状態になりました。

さらに研究者たちは、参加者の半数にだけ「もしかすると、実験中に誰かが誤って部屋に入ってくる可能性があります」と伝え、もう半数には何も伝えませんでした。

このように、参加者に「誰かがいるかも」という思い込みを与えることで、社会的な予測がどのように影響するかを調べたのです。

実験が終わった後、研究者たちは参加者にアンケートやインタビューを行い、実験中に「不安や不確かさを感じた瞬間」や「奇妙な感覚」、および「誰かが近くにいるように感じた」かどうかなどを報告しました。

また実験中、皮膚の発汗変化を測定する装置により皮膚電気反応(発汗に伴う電気伝導度の変化)を記録し、生理的な覚醒度=緊張やストレスの高まりをモニタリングしました。

結果、最もはっきりとした傾向として浮かび上がったのは「内的な不確かさ」と「存在感覚」の関係でした。

自己申告による不安感が強かった人や、生理指標(皮膚電気反応)から見て覚醒度が高かった人ほど、「誰かが近くにいるように感じた」と報告する傾向が顕著だったのです。

特に、視覚・聴覚が遮断されている状況では、わずかな身体感覚の変化や曖昧な感情の動きを「何者かが傍にいる証拠だ」と脳が解釈してしまいやすく、視覚や聴覚に頼れないぶん触覚や漠然とした「気配」によって他者の存在を感じ取ったというケースが多く報告されました。

つまり、暗闇と静寂によって周囲の情報が得られないと、人は自分の体の内側から生じる違和感やかすかな感覚さえも「外部に誰かがいるサインだ」と受け取ってしまうようなのです。

一方、実験前に与えた「誰か入ってくるかも」という刷り込み(社会的予期)については、意外にも全体的な効果は限定的でした。

この暗示を与えられたグループのほうが「あからさまに幽霊の気配を感じやすくなった」ということはなく、報告された「存在感覚」の頻度や強度に有意な差は見られなかったのです。

ただし細かく分析すると、刷り込みによって「誰か来るかもしれない」と頭に植え付けられていた参加者は、特に身体が緊張状態(生理的覚醒度が高い状態)にあった場合に限り、「何者かに触れられたように感じる」という報告がやや増える傾向がありました。

これは文化的・社会的な思い込みが「気配の内容」(例えば身体に触れてくる幽霊なのか、ただ見ているだけなのか)に影響を与える可能性を示唆しますが、肝心の「気配そのものを感じる」という現象は、不確かさ(不安)の度合いが最も重要な要素でしたが、社会的予期(思い込み)も触覚的な気配を強める効果を一部の参加者に与えていました。

さらに研究チームは、参加者のパーソナリティ(性格特性)がこの現象に影響するかも調べました。

その結果、2つの特性が注目されました。

最も興味深かったのは、空想傾向が高い人は逆に「幽霊の気配」を感じにくいという相反する結果も得られました。

特に「視覚的な気配」(何か姿のようなものを感じる)は顕著に少なく、触覚的な気配すら弱まる傾向があったのです。

ネナダロヴァ氏は「予想に反して、空想好きな人は一人で何もない状況に置かれると空想の世界に没頭してしまい、不安を感じるヒマがなくなるために幽霊の存在感覚を抱きにくいのかもしれない」と分析しています。

空想は幽霊を殺すのかもしれません。

一方で「想像や暗示にどれだけ影響を受けやすいか」という素質が高い人ほど、実験中に「誰かいる気配」を感じたと報告する率が高く、特に先述の「不確かさ」が大きい状況ではその傾向が顕著でした。

幽霊の気配は「進化が生んだ錯覚」だった

幽霊の気配は「進化が生んだ錯覚」だった
幽霊の気配は「進化が生んだ錯覚」だった / Credit:clip studio . 川勝康弘

今回の研究によって、「暗闇や孤独の中で誰かがいる気配を感じる現象」は、幽霊や超常現象のせいではなく、私たちの脳が持つ「予測処理」という正常な機能が原因である可能性が示されました。

人の脳は常に周囲の環境を無意識に予測していますが、暗く静かな状況になると、目や耳からの情報が極端に少なくなります。

すると脳は、少ない情報を補おうとして、自分の過去の経験や感情を元に、現実にはない「存在」を作り上げてしまうことがあります。

例えば、暗闇で心拍数が高まったり、少し汗をかいたりするだけでも、脳は「何か危険なものが近くにいる」と誤解してしまうのです。

つまり、特別な刺激がない環境で自分自身が不安になると、その内側の不安を外側の存在として解釈してしまう傾向があるのです。

こうして生じた「誰かがいる」という感覚はさらに恐怖心を煽り、身体の強張りや鼓動の速まりといった生理反応をいっそう増幅させます。

すると脳は「やはり近くに何かいる」と一層信じ込む……という悪循環(フィードバックループ)が形成され、幽霊の存在感覚が確固たるものになり得るのです。

今回の研究はまた、「幽霊の気配」を感じる現象が人類の進化の副産物である可能性も示唆しています。

進化的に見ると、見えない危険を感じ取ることで、安全性が高まるためです。

物陰に捕食者や敵が潜んでいるリスクが少しでもあるなら、「気のせい」だとして無警戒でいるよりも、「何かいるかも」と身構えて用心したほうが生き延びるチャンスは高まります。

こうした「見えない脅威にも敏感に反応する」バイアス(認知的な偏り)は、人類の遠い祖先がサバンナで捕食者と渡り合っていた頃から私たちの脳に刷り込まれてきたのかもしれません。

そのため、現代の私たちも不安や心細さを感じる場面で、実際には誰もいなくてもつい「何か」がいると感じてしまうのだと考えられます。

こうした脳の“用心深さ”のおかげで、世界各地・あらゆる時代の人々が幽霊の存在を信じたり、見えない何者かの気配を語ったりする現象につながっているのかもしれません。

「暗い静かな場所で一人きりのとき、見えない何者かの存在を感じて恐怖を覚えることは、決して奇妙でも病的でもありません」とネナダロヴァ氏は強調します。

背後で誰かがうろついているような気配や、茂みの陰から誰かに見られている感じ、地下室の暗がりに誰かが隠れているように思えてしまうのは、私たちの脳が曖昧で不確かな状況に対処するために示す自然な反応なのです。

言い換えれば、「幽霊の気配」は人間の誰もが持つ心のクセであり、感じてしまうこと自体におかしな点は何もないのです。

ただし、この研究には注意点もあります。

実験で与えた「誰かが入ってくるかもしれない」という暗示が控えめだったため、もしこれをもっと強い恐怖感を引き起こすようなものに変えたら、結果は違ってくるかもしれません。

また、生理的な測定だけでは、参加者の感じた恐怖や不安の質的な違いまでは区別できませんでした。

人が不安を感じたり気配を報告したりする方法は個人差が大きいため、より詳しく調べる必要があります。

こうした課題を踏まえて、今後さらに強い恐怖感や具体的なイメージを参加者に与える実験を行えば、「見えない存在」の感覚がどのように作られるのかがより鮮明になるでしょう。

人の脳が見えない誰かを作り出す仕組みを深く知ることは、私たちが抱く不安や恐怖と上手に向き合うためのヒントにもなるかもしれません。

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元論文

Sensing ghosts and other dangerous beings: uncertainty, sensory deprivation, and the feeling of presence
https://doi.org/10.1080/2153599X.2024.2305460

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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