運動前のカフェイン摂取がパフォーマンスを向上させることは、運動が好きな人やアスリートの間では広く知られた事実です。
ところが、筑波大学の研究チームは、「暑い夏」に限ってはこの常識を見直す必要があるかもしれないことを報告しています。
研究では、暑熱下での運動中にカフェインを摂取すると、従来の運動前摂取よりも効果的にパフォーマンスを高めることができました。
この成果は、2025年6月23日付の『Medicine &Science in Sports &Exercise』誌に掲載されました。
目次
- カフェインの効果が薄れる「夏」の落とし穴
- 暑熱下での「運動中のカフェイン摂取」はパフォーマンスを向上させる
カフェインの効果が薄れる「夏」の落とし穴

カフェインは、パフォーマンスを高める物質として多くのスポーツ選手に利用されています。
通常、運動の1時間ほど前にカフェインを摂取することで、集中力や持久力の向上が期待できます。
しかし、近年の研究で、気温の高い環境、いわゆる暑熱環境下では、こうした効果が得られないどころか、逆効果となる恐れがあることが指摘されてきました。
理由の一つは、深部体温の上昇が引き金となって起こる「高体温誘発性換気亢進反応」です。
これは深部体温(身体中心部の温度)の上昇により換気(呼吸)が過剰になり、結果的に体内の二酸化炭素が過度に排出され、脳への血流が低下する現象です。
この脳血流低下は、脳内の熱除去を妨げ、脳温上昇や中枢疲労を引き起こし、運動パフォーマンスを著しく低下させる可能性があります。
そして筑波大学の先行研究では、暑熱下の運動前にカフェインを摂取すると、この生理的ストレスが増大することが明らかになっています。
その要因は、運動開始時点で急激に血中カフェイン濃度が上昇することにあると考えられています。

このような背景を踏まえ、研究チームは、「暑熱下では、運動中にカフェインを摂取することで、有害な生理的ストレスを回避しつつ、パフォーマンス向上の恩恵を受けられるのではないか」という仮説を立てました。
この仮説を検証するため、健常な若年男女12名(男性7名、女性5名)を対象に、気温35℃・湿度50%の暑熱下で中強度および高強度の自転車運動を組み合わせた実験を行いました。
被験者はまず、最大酸素摂取量(VO2peak)の55%で30分間の中強度自転車運動を行い、次いで90%で疲労困憊に至るまでの高強度運動を行います。
その途中、運動開始5分後に、体重1kgあたり5mgのカフェインまたはプラセボ(ブドウ糖)を摂取しました。
では、暑熱下における運動中のカフェイン摂取はどのような効果をもたらしたのでしょうか。
暑熱下での「運動中のカフェイン摂取」はパフォーマンスを向上させる

実験の結果、カフェイン摂取群では、血中カフェイン濃度が緩やかに上昇し、最終的に高強度運動の継続時間がプラセボ群より平均で53秒延長しました。
また、中強度運動終了時に記録された「主観的なきつさ」も、カフェイン群の方が明らかに低く、身体的な負荷をより軽く感じていたことが示されました。
さらに、深部体温、換気量、脳血流量といった生理学的指標には、カフェイン摂取による有意な増加は見られませんでした。
これはつまり、暑熱下でカフェインを「運動中に」摂取した場合、生理的ストレスを増大させることなく、運動能力を向上させたことを意味します。
なぜこのような好結果が得られたのでしょうか。
研究チームは、従来よりも摂取タイミングを遅らせることで血中カフェイン濃度が徐々に徐々に上昇し、生理応答が過度に刺激されなかったことが要因と考えています。

とはいえ、今回の研究にも限界があります。
被験者は若年で健康な成人に限られており、中高年や心疾患を持つ人に対しても同様の効果が得られるかは検証が必要です。
またカフェインによってパフォーマンスが向上した場合、結果的に仕事量も増加するため、運動終了時の負荷が増大するリスクに留意する必要があります。
それでも、この研究は暑い季節における運動時のカフェイン摂取に関する新たな指針を提供するものとして、重要な意義を持ちます。
今後は摂取タイミングの個別最適化や、習慣的カフェイン摂取者との比較など、より現実的な条件での応用研究が期待されます。
この夏、パフォーマンスを最大にしたいなら、カフェイン摂取の“タイミング”にもこだわってみてはいかがでしょうか?
参考文献
暑熱下では運動中のカフェイン摂取によりパフォーマンスが向上する
https://www.tsukuba.ac.jp/journal/medicine-health/20250625141500.html
元論文
In-Exercise Caffeine Improves Exercise Performance in the Heat Without Exacerbating Hyperventilation and Brain Hypoperfusion
https://doi.org/10.1249/MSS.0000000000003792
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部