夜寝る前のコーヒーが、眠っている間の脳まで“覚醒モード”にしてしまう──そんな研究結果が報告されました。
カナダのモントリオール大学(UdeM)で行われた研究によって、就寝前にコーヒー1杯分(カフェイン約200 mg)を摂取すると、眠っている間でも脳活動のパターンがより複雑で活発になり、「秩序とカオスのはざまのクリティカル状態」と呼ばれる半分起きているような状態にシフトしてしまうことが分かったのです。
この効果は特に20代前半の若年層で顕著で、過去に行われた研究では、深いノンレム睡眠(深睡眠)中でさえ本来より脳が覚醒寄りになっると、理論的には、睡眠による脳の回復力や記憶整理の効率が低下してしまう可能性も示唆されています。
あなたは今夜その一杯をどうしますか?
研究内容の詳細は2025年04月30日に『Communications Biology』にて発表されました。
目次
- カフェインの二面性──日中の味方は夜の敵か
- カフェインは睡眠中の脳でも覚醒状態にしてしまうと判明
- 「眠る脳に休暇を」──夜カフェインに待った
カフェインの二面性──日中の味方は夜の敵か

朝のコーヒー、午後の紅茶、夜のチョコレート──これらに共通するのは〈カフェイン〉という小さな刺激物質です。
カフェインは世界でいちばん手軽に使われている“頭のブースター”で、適量なら眠気を吹き飛ばし、集中力や仕事のスピードをアップさせてくれます。
しかし、光が強いほど影が濃くなるように、カフェインには“夜の顔”もあります。
就寝前に摂ると寝つきが悪くなり、たとえ布団に入っている時間が同じでも、実際に眠れている割合──〈睡眠効率〉──が下がることが数多くの研究で確認されています。
ところが「眠っているあいだの脳」では何が起きているのかとなると、話は急にぼんやりします。
脳波計(EEG)のデータは山ほどあるのに、カフェインが睡眠中の脳回路をどう揺さぶるのか、年齢によって影響が変わるのか、といった核心部分はまだ霧の中でした。
特に鍵を握るのが脳信号の入り組み度(専門用語でエントロピー)と、クリティカル状態と呼ばれる絶妙なバランスです。
クリティカル状態をイメージするには、オーケストラのリハーサルを思い浮かべてください。
音が小さすぎると静まり返ってメロディーが立ちません。
かといって全員が好き放題に鳴らせば、耳を覆いたくなる不協和音になる。
クリティカル状態とは、その“ほどよいハーモニー”が生まれる瞬間──いわば「絶妙な覚醒バランス」です。
最新研究が暴くカフェインの効き目の正体
朝の一杯で頭が冴える──その瞬間、脳内ではアデノシン受容体がカフェインにブロックされ、眠気のシグナルが封じられます。しまし近年の脳波研究は「覚醒=オン」だけでなく、脳のダイナミクスを“クリティカル状態”へ押し上げる作用に注目しています。クリティカルとは秩序とカオスの境目。情報処理効率が最大化し、創造的な発想や素早い判断がしやすくなる領域です。昼に飲むコーヒーが会議での即興発言やゲームの反射神経を底上げする経験は、ここに由来する可能性が高いと考えられています。一方、クリティカル状態は常に良いわけではありません。脳はエネルギーを多く消費し、内部ノイズも増えるため集中と散漫が紙一重になります。午後に“カフェイン切れ”でどっと疲れるのは、臨界点からの揺り戻しとも解釈でききます。
このゾーンに入った脳は、情報を最速でさばき、変化にすばやく対応し、学習や判断を効率よくこなせると言われています。
モントリオール大学の研究チームは、「カフェインは日中に私たちをクリティカル状態へ押し上げる。それなら眠っているあいだも、脳を半覚醒モードに留めてしまうのではないか?」という疑問を抱きました。
もしそうなら、深いノンレム睡眠で行われる“脳のメンテナンス作業”――記憶の整理や神経細胞の回復――が阻害されるかもしれません。
さらに、カフェインが作用する〈アデノシン受容体〉は年齢とともに減少するため、20代と40代では影響の強さが違う可能性もあります。
そこで研究者たちは、若年層と中年層を対象に、カフェインを飲んだ夜と飲まなかった夜の脳波を徹底的に比較し、「眠っている脳が本当にクリティカル状態へシフトするのか」を調べる大規模実験に踏み切りました。
本研究は、その“夜の脳内ドキュメンタリー”の最新リポートです。
カフェインは睡眠中の脳でも覚醒状態にしてしまうと判明

研究チームは健常な成人40名を対象に、一晩はカフェインを摂取した場合、別の晩はプラセボ(偽薬)を摂取した場合の脳波(EEG)を比較しました。
被験者は若年層22名(20〜27歳)と中年層18名(41〜58歳)の計40名に分けられ、それぞれ就寝の3時間前と1時間前にカフェインカプセル(合計約200 mg)または偽薬カプセルを服用しました。
一晩中の脳の電気活動を20チャンネルのEEGで記録し、大規模なデータ解析とAI(人工知能)技術を駆使して微細な変化を検出したといいます。
その結果、予想以上に顕著な違いが明らかになりました。
筆頭著者のフィリップ・トールケ氏は「高度な統計解析とAIを用いて脳活動の微妙な変化を抽出しました。
その結果、カフェインによって脳信号の複雑さが増大し、神経活動がよりダイナミックかつ予測困難なパターンに変化することがわかったのです。
特に、記憶の固定化や脳の回復に重要な深いノンレム睡眠でその傾向が顕著でした」と述べています。
実際、カフェインを摂った夜の脳波を詳しく見ると、深睡眠で顕著になるゆっくりしたデルタ波やシータ波を抑制し、代わりにベータ波(覚醒時や思考時に現れる高速な脳波)が増加していました。
研究者らは「これらの変化から、カフェイン影響下の脳は睡眠中であっても通常より覚醒的で回復不足の状態にあることが示唆されます。このような脳波リズムの変化が、カフェインによって夜間の脳の回復効率が低下し、記憶処理の効率まで低下しうる理由を説明しているのかもしれません」とコメントしています。
実際過去に行われたいくつかの研究では、深い眠りで脳が十分休めないままでは、身体の疲労回復や記憶の整理整頓といった睡眠本来の役割が損なわれてしまう可能性も指摘されています。
さらに興味深いことに、こうしたカフェインの影響は若者ほど強く現れることもわかりました。
20〜27歳のグループでは、41〜58歳のグループに比べて脳波指標の変化量が大きく、特にレム睡眠(夢を見る段階)の活動に顕著な差が見られたのです。
研究陣はその理由について、脳内のアデノシン受容体(カフェインが作用する眠気物質の受容体)の量が年齢とともに減少するためではないかと考察しています。
実際、キャリアー教授は「加齢に伴いアデノシン受容体の密度は自然に低下します。
そのため年配者ではカフェインがそれらをブロックして脳の複雑さを高める効果も弱まり、中年層でカフェインの影響が小さかった一因と言えるでしょう」と説明しています。
若いほど脳はカフェインの刺激作用を受けやすい可能性があり、慢性的なカフェイン摂取による影響も世代によって異なるかもしれません。
「眠る脳に休暇を」──夜カフェインに待った
今回の研究により、カフェインは「眠気を覚ます」だけでなく「眠っている間の脳の働き方」そのものを変化させてしまうことが示されました。
たとえ眠れていたとしても、脳は半分起きているようなクリティカル状態に近づき、休息モードにブレーキがかかったままでは質の高い睡眠とは言えません。
ノンレム深睡眠は脳が情報を整理し記憶を定着させる大切な時間ですが、カフェインによる覚醒状態のせいでそのプロセスに支障が出る恐れがあります。
実際、睡眠中の脳活動の複雑化(エントロピー増加)は高血圧やアルツハイマー初期とも関連する可能性が指摘されており、カフェインによるこうした変化が長期的に健康や認知機能にどんな影響を及ぼすか、注意深い検証が必要です。
一方でカフェインの効果自体は使い方次第とも言えます。
キャリアー教授は「カフェインによって脳が半覚醒のクリティカル状態になることは日中の集中力維持には役立ちますが、夜間の休息には不利に働きます」と述べています。
つまり就寝前のカフェインは、“眠りながら脳に仕事をさせ続けるスイッチ”を入れてしまうようなものなのです。
研究者らは、年齢や健康状態に応じた個別最適なカフェイン摂取ガイドラインを策定するためにも、今回明らかになったような複雑な作用メカニズムをさらに解明していく必要性を強調しています。
ぐっすりと質の良い眠りを確保したい夜には、やはり夕方以降のコーヒーは控えて代わりにデカフェのお茶でリラックスするのが賢明かもしれません。
元論文
Caffeine induces age-dependent increases in brain complexity and criticality during sleep
https://doi.org/10.1038/s42003-025-08090-z
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部