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【光あれ】無から“光が生まれる”瞬間を世界初3Dシミュレーションで再現


オックスフォード大学の研究で、3本の超高出力レーザーを交差させて真空から新たな光を生み出すことが理論的に示されました。この研究は、量子電磁力学が予言してきた「無から光が現れる」現象を三次元でシミュレーションし、今後実験で確認する手がかりとなる設計図を提供します。このシミュレーションは、真空が非線形光学結晶のように振る舞うことで光が相互作用する様子を示しています。新たに開発された計算手法は、未来の実験や未知の粒子の探索に役立つと期待されています。

神は言われた。「光あれ。」すると光があった。

イギリスのオックスフォード大学(Oxford)で行われた研究によって、電子も原子も存在しない「無」と言える“真空”に三本の超高出力レーザーを交差させると、そこから新たな光が出現する様子を理論的示すことに成功しました。

この研究により量子電磁力学が予言してきた「光が無から現れる」現象が世界で初めて三次元かつリアルタイムでシミュレーションされ、近く稼働する20〜100ペタワット級レーザー施設での実証に具体的な設計図になると期待されます。

私たちは本当に“無に火を灯す”瞬間を目撃できるのでしょうか?

研究内容の詳細は2025年6月5日に『Communications Physics』にて発表されました。

目次

  • 真空は結晶として働ことができる
  • 3本レーザーが“無”を照らすと真空が発光した
  • 量子真空を操る時代の扉は開くか

真空は結晶として働ことができる

真空は結晶として働ことができる
真空は結晶として働ことができる / 図は真空で起こる四波混合実験を “真上から見た見取り図” として描いた模式図です。画面に描かれた4本の矢印はそれぞれ光の進む向きと波長を示すベクトルで、緑色の k₁ と k₂ が波長 0.5 µm の2本の入力レーザー、赤色の k₃ が波長 1 µm の3本目の入力レーザーを表します。3本がX–Y平面内で互いに 60 度ずつずれた角度で交差するよう向けられており、その交点(図の中央)が量子真空の“舞台”になります。ここで3本の電磁波が重なった瞬間、仮想粒子が分極して真空が非線形媒質と化し、エネルギーと運動量のつじつまを合わせるかたちで4本目の矢印 k₄ が誕生します。紫で示された k₄ は波長 0.3 µm の紫外線パルスで、他の3本とは明確に別方向へ飛び出すため、この光だけを検出器で拾えば「無から光が生まれた」証拠を一目で区別できることになります/Credit:Computational modelling of the semi-classical quantum vacuum in 3D

「真空」と聞くと何もない空間を思い浮かべがちですが、実は量子論の世界では真空は決して“無”ではありません。

真空は絶えず微小なエネルギーが揺らいでおり、その中から電子と陽電子の仮想粒子ペアが瞬間的に生まれては消えるという動的な状態(量子真空)だと考えられているのです。

量子電磁力学(QED)によれば、この仮想粒子たちのおかげで真空自体にわずかながら非線形性……つまり「入ってきた光の強さに比例して真空の応答が増える」だけでなく、「強い光ほど応答が跳ね上がる」性質を帯びます。

この非線形性のおかげで、強力なレーザーを当てると、光そのものが真空を“媒介”として別の光に影響を与えられる可能性が予言されてきました。

通常ならば光と光を正面衝突させてもほとんど何も起きず互いにすり抜けてしまうのですが、真空自体が変質(分極)し光同士が相互作用になるのです。

要するに、レーザー光が十分に強ければ仮想粒子の雲が偏り、真空が光学結晶のような非線形媒質として振る舞うため、ふだんはすり抜ける光子同士がわずかに散乱したり新しい光が生まれたりするようになるのです。

例えば、超高強度のレーザー光を複数本クロスさせることで真空中の仮想電子・陽電子ペアが分極し、その結果として新たに別の光(光子)が生み出される現象が起こり得ます。

これは「真空四波混合(vacuum four-wave mixing)」と呼ばれる現象で、3本の光の複合電磁場によって4本目の光が生成されるという、文字通り“何もない所から光が現れる”量子の魔法のようなものです。

この現象はある意味で、空っぽのはずの真空が“見えないレンズ”のように働き、その中で光の粒どうしがぶつかり合って、そこからまったく新しい光が生まれるイメーと言えるでしょう。

(※真空があたかも結晶のように振る舞い、光の粒である光子同士が真空の非線形性を介して相互作用し、新たな光を生成するイメージです。)

真空がレンズのような結晶になるとは?

普段の真空はスケートリンクのようなつるつるの床だと考えてみてください。氷の上ですれ違うスケーター同士が互いに影響を与えないように、普通の光は真空中で出会っても何事も起こさず通り抜けていきます。

これが「光同士は基本的に干渉し合わない」という“線形”な世界です。

一方で、水晶などの結晶の中では床に細かな起伏があり、スケーター同士が近づくと床がたわんで転び方が変わり、2人の動きが影響し合います。するとレーザーを結晶に入れて“新しい色の光”が作られる現象、つまり非線形光学現象が起こります。

今回はこれと同じことが真空でみられたのです。

実は、量子論の目で見ると真空の床は完全な平面ではなく、電子と陽電子が一瞬だけ生まれては消える“泡”が絶えず揺らいでいるため、ごくわずかにたわむ可能性があります。そこでペタワット級という桁外れに強力なレーザーパルスを三本同時に撃ち込むと、この床(真空)がぐにゃりと歪み、まるで見えないレンズように働き始めます。その歪みを介して光子同士がエネルギーと運動量をやり取りすると、帳尻を合わせる形で四本目の光子束が別の色と方向で現れます。

あり得ないほどの強力なエネルギーによって空間がレンズになってしまって、本来ならば相互作用しないはずの光たちが、お互いにエネルギーをやり取りするようになってしまい、そのエネルギーのやり取りの「おつり」として新たな光子が真空から出現する…という感じです。

あるいは、透きとおった水面に三つの波を同時に立てたところ、重なり合った部分から思いがけない角度へ高い飛沫が跳ね上がるような光景を想像していただければ、この「真空の非線形性を経由して新しい光が生まれる」仕組みを感覚的につかめるはずです。

しかしこのような光子同士の直接的な相互作用(光子-光子散乱)は、日常の強度の光では全く無視できるほど微弱であり、長らく机上の理論に留まってきました。

実際にこの現象を確認するには、ペタワット級(1ペタワット=1千兆ワット)の超高出力レーザーを複数同時に真空中で交差させる必要があり、技術的ハードルが非常に高かったのです。

しかし近年になってようやく、英国(Vulcan 20-20)や欧州(ELI)」、中国(SEL)、アメリカ(OPAL)において次世代の超大型レーザー計画が動き始めており、世界各地でこの光子-光子散乱を初めて実験的に確認しようという試みが計画されています。

特にアメリカのOPALでは、この現象の検出が最優先の旗艦実験テーマの一つに選ばれているほどです。

こうした背景の中、オックスフォード大学の研究チームは、実験に先立ちシミュレーションによって「真空から光が生まれる」現象の詳細を可視化し、理論と実験の架け橋となる知見を提供することを目指しました。

果たして量子電磁力学が予言してきた「光が無から現れる」現象は確認できたのでしょうか?

3本レーザーが“無”を照らすと真空が発光した

3本レーザーが“無”を照らすと真空が発光した
3本レーザーが“無”を照らすと真空が発光した / この図は「真空四波混合」と呼ばれる量子現象をイメージ化したもので、背景の漆黒は電子も原子もない“理想的な真空”を表しています。画面の左右と右上から伸びる赤・緑・緑の三本の光線がペタワット級の超高出力レーザーパルスで、色の違いはそれぞれの波長(赤外と可視の中間、可視域の緑付近)を示しています。これら三本のレーザーが中央の一点で正確に交差すると、量子ゆらぎの海である真空がわずかに分極し、非線形光学結晶のような性質を帯びます。その結果、エネルギーと運動量のつじつまを合わせる形で“第四の光”が誕生し、図では右下へ伸びる紫がかった新しいビームとして描かれています。この紫の光は三本の入力光が真空を介して相互作用した「おつり」で生じたもので、光子同士が真空内で散乱した証拠となります。Credit:Zixin (Lily) Zhang

量子電磁力学が予言してきた「光が無から現れる」現象は確認できるのか?

答えを得るため研究チームは最新の計算物理モデルを駆使し、コンピュータ上でこの現象のバーチャル実験を行いました。

用いたのはプラズマ物理シミュレーションで定評のある「OSIRIS」というソフトウェアを改良したものになります。

現代物理のシミュレーションはバカにできない

「シミュレーション」と聞くと、ゲームのような〝仮想映像〟を思い浮かべて半信半疑になるかもしれません。けれど今回の研究で使われた OSIRIS というコードは、20 年以上にわたり世界中の実験現場で鍛え上げられてきた本格派です。例えるなら、最先端の気象モデルが明日の雨をかなりの精度で当てるのと同じで、OSIRIS は光と粒子の動きを支配する教科書どおりの方程式を、髪の毛の太さの何万分の一という細かさで計算し続けるスーパーコンピューター版の「物理予報士」と言えます。このコードは過去二十年以上、実際のレーザー実験で電子を加速したり核融合の燃料を圧縮したりする場面で先に結果を当て、そのあと本当に同じ数値が測定された例など驚異的な“的中率”の実績を積み重ねてきました。たとえばレーザー・ウェイクフィールド加速では、Nature に掲載された 100 MeV〜1 GeV 電子ビームの生成実験を事前に“そっくり再現”し、後に測定値と誤差範囲で合致したことが報告されています。こうした検証を重ねた OSIRIS は、LLNL のスーパーコンピューター「Sequoia」で 150 万コア規模にスケールし、実際の物理現象を分単位で追いかける性能と信頼性を示しました。つまり今回の真空シミュレーションは、現実を後追いする映像ではなく、これまで実験で確かめられた理論と同じ方程式を“未来の条件”に適用しているに過ぎません。風洞試験の代わりに数値流体力学を使って航空機を設計するのと同じように、OSIRIS の計算は「まだ誰もやっていない実験」を安全に先取りし、装置の配置やレーザーのエネルギーをミリ単位・フェムト秒単位で事前に最適化する信頼できる羅針盤になっているのです。

シミュレーションでは、真空空間に波長0.5 µm(緑色〜シアン域)の高強度レーザー光2本と、波長1 µm(近赤外域)のレーザー光1本を互いに交差するよう照射し、その焦点領域で何が起こるかを追跡しました。

その結果、仮想粒子だらけの量子真空が強烈な光の場によって分極され、ごくわずかながら光子同士が散乱を起こして、新たに4本目の紫外線パルス(約0.33 µm)が特定の方向に飛び出す様子が確認されたのです。

つまり3本のめちゃくちゃに強いレーザー光をクロスさせたら、真空から想定外の光の束(パルス)が出てきたわけです。

シミュレーションによる予測は既存の理論モデルとも整合しており、現象の起こり方を時間的・空間的に“スローモーション観察”できたことで、研究チームは自信を持って実験に臨めるとしています。

さらに研究チームは計算結果を解析し、仮想的に発生した4本目の光の強度や空間分布、発生までのタイムスケールなどを定量的に調べました。

すると興味深いことに、レーザービームの配置に微妙なずれ(非対称性)があると生成される光の形状にゆがみ(いわゆる乱視的な歪み)が生じることも突き止めました。

筆頭著者でオックスフォード大学大学院生のジシン・ザンさんは、この成果について「私たちのプログラムによって、それまで手が届かなかった量子真空内の相互作用を、時間分解能付きの3次元ウィンドウとして覗き見ることができます」と説明しています。

言い換えれば、本シミュレーションにより真空で起こる不可思議な現象の一部始終を可視化でき、理論上“見えない”はずの過程を丸ごと解析できるようになったのです。

このようにして得られた知見は、実験家が適切なレーザー光の形状や強度・タイミングを設定し、微かな信号を検出するための手掛かりとなるでしょう。

量子真空を操る時代の扉は開くか

「これは単なる学術的な好奇心に留まるものではありません——今まで理論的にしか語れなかった量子効果の実験的確認に向けた大きな一歩なのです」と、本研究の共著者であるピーター・ノリーズ教授(オックスフォード大学物理学科)は強調します。

今回示されたシミュレーション結果は、長年仮説の域を出なかった量子真空効果を現実の実験で証明するための明確な指針となりました。

タイミングも絶妙と言えます。

というのも、世界各国で始動しつつある新世代の超高出力レーザー施設が、まさにこの光子-光子散乱の直接検出を目指しているためです。

シミュレーションによる「地図」を手にしたことで、研究者たちはこれらの強力なレーザーを用いた実験で初めて「光同士が真空を介して相互作用する」瞬間を捉えられると期待しています。

真空から光を生み出すという、一見荒唐無稽にも思える現象が、いよいよ実験室で現実のものとなろうとしています。

さらに本研究で構築された計算手法や知見は、新たな物理学の探究にも貢献する可能性があります。

研究チームによれば、このシミュレーションツールは将来の超高強度レーザー実験の設計に役立つだけでなく、アクシオンやミリ荷電粒子といった暗黒物質候補の未知の粒子の兆候を探すことにも応用できるといいます。

QED(量子電磁力学)は現代物理学で最も精密に検証されている理論ですが、科学者たちは常にその先にある未知を求めています。

もし超強力レーザーによる光子-光子散乱の実験で予測と僅かでも異なる結果が得られれば、それは標準理論(現代物理学の枠組み)を超える新たな現象の発見につながるかもしれません。

今回のシミュレーションは、そうした将来の精密な検証実験を準備・解釈する上で不可欠なツールとなるでしょう。

かつては完全な“虚空”と思われていた真空ですが、その中にはまだ人類の知らない驚きが潜んでいるようです。

強大なレーザーと最先端の計算技術を駆使することで、ついに「暗闇から光を生み出す」瞬間をこの目で確かめる日が近づいています。

まさに文字通りの「光あれ(Let there be light)」が、実験室という現実の場で証明される時代が目前に来ているのかもしれません。

人類が“無”から新たな光を作り出すその日を、期待せずにはいられません。

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元論文

Computational modelling of the semi-classical quantum vacuum in 3D
https://doi.org/10.1038/s42005-025-02128-8

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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