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睡眠時無呼吸治療薬AD109が大規模臨床試験で驚きの効果:寝る前1錠で無呼吸発作が55%減


アメリカの多施設共同研究により、睡眠時無呼吸症候群の新たな治療法として経口薬AD109が有望視されています。AD109は睡眠中の上気道の筋肉を活性化し、無呼吸発作をベースライン比で平均55%抑えることが確認されました。この成功により、患者は従来のCPAPマスクに代わって手軽な治療薬を選択できる可能性が出てきました。第3相臨床試験で効果と安全性が確認され、2026年には新薬承認も視野に入っています。これは、睡眠時無呼吸症候群の治療における新時代の幕開けとなり得る成果です。

アメリカのピッツバーグ大学メディカルセンター(UPMC)を中心とする多施設共同研究によって、寝る前にたった1錠飲むだけで舌や喉の筋肉の張力を高め、睡眠時無呼吸症候群の発作を投与前ベースライン比で平均約55%も抑え込めるという驚きの結果が示されました。

この経口薬は睡眠中に上気道の筋肉を活性化して気道を保つしくみで、これまで就寝時にマスクとホースを装着して空気を送り込むCPAP療法(専用マスク)に頼るしかなかった患者にとって、より手軽な選択肢になり得ます。

マスクのわずらわしさから治療を途中で断念する人は少なくありませんが、果たしてこの“飲み薬”は救世主となるのでしょうか?

第2相(4週)の結果は『American Journal of Respiratory and Critical Care Medicine』掲載され、今回の第3相(6か月)トップラインは 2025年5月19日のプレスリリースで速報されました。

目次

  • 1:睡眠時無呼吸症候群と既存の対策
  • 2:睡眠時無呼吸症候群に薬で立ち向かう時代が来た
  • 3:睡眠医療に新時代

1:睡眠時無呼吸症候群と既存の対策

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Credit:Canva

1-1:睡眠時無呼吸症候群とは?

睡眠時無呼吸症候群は、睡眠中に喉や上気道が繰り返し塞がることで呼吸が停止または低下する疾患です。

原因は複合的で、睡眠時に喉の筋肉を十分に緊張させ続けられない神経筋の機能低下と、扁桃肥大や肥満など気道が狭くなりやすい解剖学的要因が重なって起こります。

この結果、一晩に何百回も呼吸が途切れ、そのたびに血中酸素が低下し睡眠が分断されます。

睡眠時無呼吸症候群は非常に身近な病気で、米国では約8,000万人、世界全体で10億人もの人が罹患していると推定されます。

しかしその約80%が未診断・未治療ともいわれる「潜在的な国民病」です。

この酸素不足と睡眠断片化は全身に大きな負担をかけ、高血圧や心臓病、脳卒中、2型糖尿病などのリスクを高めます。

さらに慢性的な睡眠不足による日中の強い眠気は、仕事の能率低下や交通事故の原因にもなります。

近年では、睡眠時無呼吸症候群が認知症(アルツハイマー病)や軽度認知障害の発症リスクを2倍以上に高める可能性も指摘されています。

このように睡眠時無呼吸症候群は生命を脅かし得る深刻な慢性疾患でありながら、自覚症状がいびき程度に思われ放置されがちで、公共保健上の優先課題と見る専門家もいます。

1-2:現行の標準治療とその課題(CPAPマスク療法)

睡眠時無呼吸症候群の治療といえば、現在はまずCPAPマスク療法(シーパップ療法)が標準的です。

これは就寝時に鼻や口にマスクを装着し、持続的に空気を送り込むことで、喉の内側から気道を押し広げて閉塞を防ぐ機械装置です。

適切に使用すればCPAPマスク療法は非常に効果的で、一晩の無呼吸発作をほぼ完全になくすことも可能です。

しかし最大の欠点は「使いづらさ」にあります。

マスクやホースによる不快感、機械の騒音、肌への圧迫感や口鼻の乾燥といった問題から、多くの患者が十分な時間装着できず、治療を途中でやめてしまうのです。

事実、睡眠時無呼吸症候群と診断された人の過半数がCPAPマスクを拒否・中断、あるいは十分に使いこなせていないと報告されています。

睡眠中ずっと機械につながれることへの心理的な抵抗も強く、「一生マスクに頼るなんて」と治療を敬遠する人も少なくありません。

こうした背景もあり、現在睡眠時無呼吸症候群に対する根本的な薬物療法は承認されていません。

(※2024年末に、肥満を伴う睡眠時無呼吸症候群向けに肥満症治療薬が初めて適応承認されましたが、睡眠時無呼吸症候群自体を直接治す薬は未だ存在しません)。

そこで近年注目されているのが、睡眠時無呼吸症候群発症の根本原因に働きかける新たなアプローチです。

その一つが「喉の空気の通り道を支える筋肉を薬で補助し、眠っている間も空気の通りを確保する」治療戦略でした。

2:睡眠時無呼吸症候群に薬で立ち向かう時代が来た

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Credit:Canva

2-1:筋肉を刺激する新しい経口薬の登場

今回臨床試験で効果が確認された新薬「AD109」は、まさに上記の戦略を具現化した世界初の経口治療薬です。

AD109はアトモキセチン(atomoxetine)とアロキシブチニン(aroxybutynin)の2種類の薬を1錠に合わせた複合薬です。

アトモキセチンはもともと注意欠陥・多動性障害の治療薬として使われる成分で、脳内のノルアドレナリンという物質を増やす作用があります。

一方、アロキシブチニンは新規開発の抗ムスカリン薬で、体内のアセチルコリンの作用を一部抑える働きを持ちます。

この2つの成分がタッグを組むことで相乗効果を発揮します。

ノルアドレナリンは覚醒時に活発になる神経伝達物質で、喉の筋肉(特に舌を前方に押し出し気道を支える主力筋であるオトガイ舌筋)を収縮させる信号を伝えます。

通常、睡眠に入ると脳幹の舌下神経の活動が低下し、舌筋が緩んでしまいます。

そこでAD109を寝る前に服用すると、脳の舌下神経運動ニューロンを刺激して上気道の筋肉に送る信号を増強し、睡眠中も舌や喉の筋肉の張力を保つのです。

加えてアロキシブチニンが副交感神経系のムスカリン受容体をブロックし、睡眠中に起こる筋肉の過剰な弛緩を防ぎます。

このように「アクセル(ノルアドレナリン)とブレーキ解除(抗アセチルコリン)」の二方向からアプローチすることで、寝入りばなに喉の内径が保たれ、空気の通り道が塞がるのを防いでくれるわけです。

言わば「眠っている間、舌の筋トレを手助けする薬」とも表現できるでしょう。

患者にとっては就寝前に1錠飲むだけでよく、複雑な機器も不要なため、治療のハードルが大きく下がると期待されています。

2-2:大規模臨床試験(SynAIRgy)の成果

この新薬AD109の有効性と安全性を検証するため、米国のベンチャー企業Apnimed社は「SynAIRgy(シナジー)試験」と名付けた第3相臨床試験を実施しました。

SynAIRgy試験は、睡眠時無呼吸症候群治療薬として世界最大規模となる646人の参加者を対象に行われました。

参加者はアメリカとカナダの73か所の医療機関から集められ、男女比はほぼ半々(女性49.1%)で、人種や体格も多様な現実の患者層を反映していました。

重症度も軽症の睡眠時無呼吸症候群(全体の34.4%)、中等症(42.4%)、重症(23.2%)まで幅広く含まれており、既存のCPAPマスク治療に耐えられないか使用を拒否した成人患者が対象とされています。

試験では被験者を無作為に2グループに分け、一方はAD109錠(アトモキセチン75 mg+アロキシブチニン2.5 mg)を毎晩就寝前に服用し、もう一方は見た目が同じプラセボ(偽薬)を服用するデザインでした。

治療期間は6か月間と長期に及び、二重盲検下(患者も医師も誰が薬を飲んでいるか分からない状態)で効果が評価されました。

その結果、AD109群で主要評価項目を見事に達成しました。

治療群では無呼吸低呼吸指数(AHI)が平均55.6%低下し、プラセボ群と比べ統計的に有意な差が認められたのです。

(※ここの55.6%という数値は6カ月試験の速報値(トップライン解析値)であり、今後の試験結果の積み重ねで±数ポイント変動する可能性もあります。ただし「発作を半減させた」という臨床的結論が大幅に変わることはないと見込まれます。)

研究チームによれば、この改善効果は服用初夜から現れ、その後も6か月間持続しました。

また血中酸素の低下指標も大きく改善しました。

例えば、夜間の低酸素状態の程度を表す「低酸素負荷」は薬剤群で有意に減少し(p<0.0001)、酸素飽和度低下指数も有意に改善しています(p=0.001)。

さらに臨床的に意義の大きい指標として、約半数(51.2%)の患者で睡眠時無呼吸症候群の重症度分類が軽減し(例:重症から中等症へ改善)、5人に1人以上(22.3%)の患者ではAHIが5未満となり「完全に病状をコントロールできた」と報告されました。

驚くべきことに、患者の22.3%が薬のおかげで睡眠時無呼吸症候群が事実上解消したことになります。

これは睡眠時無呼吸症候群治療薬として極めて有望な成果です。

試験の主要評価項目であるAHI改善効果は、約1か月間の第2相試験(MARIPOSA試験)で示されたデータと同程度であり、今回の長期試験でそれが再現・確認された形です。

安全性の面でも良好な結果が得られました。

AD109投与群において薬剤に関連する重篤な副作用は一件も報告されず、全体として忍容性は高く、副作用は以前の短期試験で見られたものと同様の範囲に収まったといいます。

具体的な副作用の詳細はプレス発表では明らかにされていませんが、同種の薬剤に共通する軽度の血圧・心拍数上昇や口の渇き、一時的な不眠感などが一部で見られた可能性があります。

しかしこれらは想定内で深刻な問題とはならず、6か月の長期試験でも多くの患者が継続できたことから、安全性はおおむね確保されていると考えられます。

3:睡眠医療に新時代

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3-1:専門家も賞賛

今回の成果に対し、睡眠医療の専門家や患者支援団体からは期待の声が上がっています。

SynAIRgy試験の主席研究者を務めた米ピッツバーグ大学医学部のパトリック・ストローロ医師は声明で「今回の第3相試験の結果は非常に心強いもので、睡眠時無呼吸症候群治療に久しく欠けていたイノベーションがもたらされる可能性を示している」と評価しました。

ストローロ医師は「長年、睡眠時無呼吸症候群の進歩は停滞し、多くの患者が持続可能な治療法を得られずにいました。SynAIRgyの結果は、もし承認されればAD109が睡眠時無呼吸症候群の気道閉塞という神経筋の根本原因に作用する画期的な経口薬として幅広い患者層に新たな治療選択肢を提供しうることを示唆しています」と述べ、治療パラダイムを変革し得る潜在力に太鼓判を押しました。

また、米国の患者支援団体「睡眠時無呼吸パートナーズ」代表のモニカ・ランパリリ氏も「睡眠時無呼吸症候群は男女あらゆる年代・人種・体格の人々に影響を及ぼす深刻かつ一般的な慢性疾患で、本来公衆衛生上の最優先事項として扱われるべきです。にもかかわらず治療の選択肢は長らく限られており、新たな治療法は待ち望まれていました。今回示されたSynAIRgyの結果は、経口療法が視野に入ったことで患者が自分の睡眠時無呼吸症候群をより手軽に管理し、人生を取り戻せるかもしれないという希望を与えるものです」とコメントしています。

実際、鼻マスクの装着に悩まされてきた患者にとって「寝る前の一錠」で同等の効果が得られる可能性は朗報であり、医師の間でも「睡眠医療のゲームチェンジャーになり得る」との声が聞かれます。

一方で、この薬が万人に効く万能薬ではないことも念頭に置く必要があります。

たとえば今回の結果では、平均すると無呼吸発作が半減しましたが、それでも完全には睡眠時無呼吸症候群が残ってしまう患者もいます(重症の人ではAHIが40から18に減ったとしても、まだ中等度の無呼吸が残存する計算です)。

CPAPマスクであれば適切に使用すれば無呼吸をほぼ100%抑制できますが、AD109の効果はそれに比べれば現時点では約50%の改善に留まります。

しかしながら「50%でも改善すれば睡眠の質は大きく向上し、長期的な健康リスクも下がる」という見方もあります。

特にCPAPマスクを使えず無治療でいるよりは、薬で半減させるだけでも心血管リスクの低減や日中の眠気改善につながる可能性が高いでしょう。

専門家は「どの患者が特にこの薬の恩恵を受けやすいのか(例えば軽症〜中等症で肥満のないタイプにより有効なのか等)を今後見極める必要がある」と指摘しています。

また、有効率22.3%という「完全にコントロールできた患者」の特徴を解析し、治療前に予測できれば理想的です。

AD109は睡眠中の交感神経活動を高めるため、若干の心拍数・血圧上昇を伴う可能性があります。

したがって「睡眠の質向上によるメリットと、若干の心血管への負荷増加とを天秤にかけて、総合的に健康にプラスかどうか評価する必要がある」という慎重な意見もあります。

幸い今回の試験では重大な副作用は見られませんでしたが、長期的な安全性や効果が持続するかについて、引き続き検証が求められます。

3-2:2026年には睡眠時無呼吸症候群の薬が認可される見通し

今回のAD109の成功は、睡眠医学における「精密医療(Precision Medicine)」の流れを加速させるものとして注目されています。

睡眠時無呼吸症候群は患者ごとに原因の組み合わせが異なり、肥満による気道狭窄が主因の人もいれば、筋肉の神経調節機能低下が主体の人、あるいはその両方が関与する人もいます。

そのため一種類の治療では全員を満足させることが難しく、複数のアプローチを組み合わせて対応する「オーダーメイド治療」が理想とされます。

今回のAD109は神経筋の機能低下に着目した治療ですが、他にも解剖学的原因に対処する治療として減量薬や外科手術、歯科装具、あるいは最近登場した舌下神経刺激デバイス(埋め込み式ペースメーカーで舌の神経を直接刺激する治療)などがあります。

実際、2024年末には肥満のある睡眠時無呼吸症候群患者向けに体重管理薬(糖尿病治療薬でもあるチルゼパチド)が米国食品医薬品局に承認され、これが睡眠時無呼吸症候群初の経口治療薬となりました。

しかしこの薬は肥満が原因のケース限定であり、痩せた人や神経筋要因の強い睡眠時無呼吸症候群には効果が期待できません。

一方AD109は肥満の有無に関係なく、軽症から重症まで幅広い睡眠時無呼吸症候群の患者に効果を示しており、既存治療では救えなかった層に光を当てるものです。

「糖尿病にインスリンだけでなく飲み薬が多数あるように、睡眠時無呼吸症候群も様々な作用機序の複数の薬剤を揃えることで、患者ごとの多様な病態に対応できるようになるだろう」と研究者らは展望しています。

SynAIRgy試験の詳細データは2025年中に専門の学会や学術誌で発表される予定であり、現在並行して実施中の2つ目の第3相試験「LunAIRo(ルネイロ)試験」からも2025年第3四半期に結果が得られる見通しです。

LunAIRo試験ではAD109を1年間投与した場合の持続効果や安全性を評価しており、SynAIRgy試験と合わせて十分なデータが揃えば、製造元のApnimed社は2026年初頭にも米国食品医薬品局へ新薬承認申請を提出する計画です。

審査が順調に進めば、2026年中にも米国でAD109が市販薬として登場する可能性があります。

もし実現すれば、睡眠時無呼吸症候群の治療は大きな転換点を迎えるでしょう。

患者は機械に縛られずに済み、医師は「この患者さんには減量薬、こちらの患者さんには筋肉刺激薬」といった具合に、原因に応じた治療を選択できるようになります。

睡眠医学の専門家は「今回の成果は睡眠医療の新たな夜明けであり、シンプルな経口薬で人々に酸素と活力ある睡眠を取り戻させるという長年の夢が現実に近づいた」と述べています。

今後の追試験や規制当局の判断に注目が集まりますが、いびきに苦しむ世界中の人々に朗報を届ける日はそう遠くないかもしれません。

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参考文献

Apnimed Announces Positive Topline Results in the First Landmark Phase 3 Clinical Trial of AD109, an Investigational Once-Daily Oral Pill for Obstructive Sleep Apnea
https://apnimed.com/article/ad109phase3toplineresults/

元論文

The Combination of Aroxybutynin and Atomoxetine in the Treatment of Obstructive Sleep Apnea (MARIPOSA): A Randomized Controlled Trial
https://doi.org/10.1164/rccm.202306-1036OC

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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