音を聴くのは動物だけではないかもしれません。
イタリア・トリノ大学(University of Turin)らの研究で、ある花は蜂の羽音を聞き分けて、蜜の甘さを調節していることが示されたのです。
まるで「羽音が聞こえたら接待モード」に入るかのように、花は送粉者が近づく気配を察知し、受粉の媒介を有利に進めようとしていることが示唆されました。
果たして、羽音を聴いて蜜を甘くできる植物の正体とは…?
研究の詳細は2025年5月21日に開催された第188回米国音響学会年次大会(#ASA188)で発表されています。
目次
- 花も「音」が聞こえる?
- 音を聴いて、遺伝子の発現まで変えていた⁈
花も「音」が聞こえる?
植物と生物の進化的なつながりはこれまで、視覚や嗅覚の合図に重きを置いて語られてきました。
花は色や香りで送粉者を引き寄せ、蜂や蝶はそれに導かれて蜜を求めて飛来します。
けれど、植物には「聴覚」がないと長らく考えられてきました。「耳も鼓膜もない植物が音を感じるはずがない」―それが常識だったのです。
しかし今回、イタリア・トリノ大学の動物学教授、フランチェスカ・バルベロ(Francesca Barbero)氏率いる国際研究チームは、ある花が「蜂の羽音」に反応して蜜の量と甘さを増やすという衝撃の研究結果を発表しました。
実験対象となったのは、ヨーロッパでよく見られる花「キンギョソウ(英名:Snap dragon)」です。

研究チームは、キンギョソウの送粉者としてよく知られる小型の蜂(Rhodanthidium sticticum)の羽音を録音し、それを花の近く再生しました。
すると、なんとキンギョソウは蜜の糖度を上げ、分泌量も増やしていたのです。
驚くべきは、単に音の大きさに反応しているのではなく、特定の周波数やリズムに反応しているという点です。
つまり、花は「ただの雑音」ではなく、「有望な送粉者の羽音」を明確に聞き分けている可能性があるのです。

研究者たちはこの反応が、植物が送粉者をより多く、より長く惹きつけて、受粉の確率を高めるための進化的な適応であると考えています。
まさに「音でサービスを強化する」巧妙な戦略が、花の中でひっそりと機能していたというわけです。
音を聴いて、遺伝子の発現まで変えていた⁈
この不思議な反応を裏付けるため、研究チームは花の内部で何が起きているのか、遺伝子レベルでの調査も行いました。
その結果、蜂の羽音を聞いたキンギョソウは、糖の輸送や蜜の生成に関わる遺伝子の発現を実際に変化させていたのです。
つまり、花はただ「音に反応している」のではなく、「音をきっかけに代謝プロセスそのものを調整している」という高度な仕組みを備えていたのです。
しかも、これは「リアルタイム」の現象です。
羽音を再生してから数分以内に、蜜の糖度や量に変化が見られたといいます。
このスピード感もまた、植物が音を「情報」として捉えていることの証といえるでしょう。
研究の背景には、花が持つとされる「バイブロアコースティック感知能力(振動音響認識能力)」という新しい視点があります。
人間でいうところの骨伝導のような仕組みで、音波や振動が花の組織を通じて伝わり、内部で化学的なシグナルが引き起こされるのです。
もしこの能力が他の植物にも存在するのだとすれば、私たちが知る「植物の感覚」は、根底から塗り替えられるかもしれません。
花の周囲でざわめく羽音や風の振動、あるいは人間の話し声すら、植物にとっては「意味のある世界のサイン」なのかもしれないのです。
私たちはこれまで、植物を「受動的」な存在として扱ってきました。
しかし今回の研究が示したのは、植物が環境に耳を澄まし、必要に応じて自らを変化させるという「能動性」です。
もし将来的に、植物が発する音や反応を利用して、送粉者の行動を操る技術が開発されれば、農作物の生産効率を音でコントロールするという夢のような応用も現実味を帯びてくるかもしれません。
参考文献
Plants can hear tiny wing flaps of pollinators
https://www.popsci.com/environment/plants-hear-pollinators/
Can plants hear their pollinators?
https://www.eurekalert.org/news-releases/1083951
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部