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「時間を曲げて」量子コンピューターの演算に利用する理論が発表


オーストリア・インスブルック大学での研究により、アインシュタインの相対性理論が量子コンピュータの演算に応用される可能性が示されました。研究者たちは高速で動く量子ビットが時間の遅れを利用し、量子場を介して遠く離れたビット同士を連結する手法を理論的に実証しました。この考え方は、量子計算の新たな地平を開く可能性があります。特に、宇宙空間を利用した大規模な量子ネットワークの構想において、相対論的効果が計算資源として活用されることが期待されます。今後、重力場などでの応用も可能性として論じられています。

量子力学と相対性理論――現代物理学を支えるこの“二大柱”が出会ったら、いったい何が起こるのでしょう?

オーストリアのインスブルック大学(UIBK)で行われた研究によって、アインシュタインの“時間の伸び縮み”を、量子コンピューターの演算にそのまま使ってしまおう、というまるでSFのような構想が示されました。

高速で動く量子ビットが固有時間の遅れを利用して自在に回転し、さらに量子場を介して遠く離れたビット同士を結び付けるこの手法は、理論検証の結果、あらゆるアルゴリズムを走らせ得る“汎用型”量子計算機たり得ます。

研究者は「従来機が“止まった世界”で計算していたとすれば、私たちは“動く世界”で新しい計算を描くのです」と語ります。

高速で動く量子ビットは本当に私たちの計算観を一変させるのでしょうか?

研究内容の詳細は2024年10月31日に『Physical Review Letters』にて発表されました。

目次

  • 走る量子ビットで計算すると何が起こるか?
  • 【SFではない】時間を歪ませて計算する量子回路
  • 重力すら計算資源になる相対論的量子コンピューター

走る量子ビットで計算すると何が起こるか?

まず本文に入る前に、今回の研究は「時間の遅れを使って計算する」「量子場を使って通信する」「重力を計算資源にする」などSFまがいの難解な概念が出てくるため、全体を超ザックリ解説します。

<ザックリ解説>

アインシュタインの相対性理論によると、光に近い速さで移動すると時間の進み方が遅くなります。

この研究ではその仕組みを利用し、量子コンピューターを動かすという驚きのアイデアが提案されています。

従来はレーザーや回路で量子ビット(量子版の情報の最小単位)を操作していましたが、なんと「量子ビットを高速で動かす」だけで同じことができるというのです。

光速に近い速度で動く量子ビットにとっては時間がゆっくり進むため、その量子ビットの状態を自由に変えることができます。

また、量子ビット同士を直接触れさせなくても、見えない量子の場(真空のゆらぎ)を介して、離れた量子ビット同士を不思議な絆(量子もつれ)で結びつけることもできます。

実際、この研究では、真空中に満ちている見えない量子場(フィールド)を“伝書鳩”として利用しました。

真空とはいえ完全に何もない空っぽではなく、見えないエネルギーの場が広がっています。そこで各量子ビットをこの場と相互作用させると、お互いに直接接触しなくても場を介して情報が行き交います。

まるで2人の人が同じ部屋の壁越しに叩いた振動でコミュニケーションを取るようなものです。一人が壁(=場)をトントン叩けば、離れたもう一人にもその振動(=量子のゆらぎ)が伝わります。

こうして量子ビットたちは真空の場を通じて「会話」し始め、離れた者同士が不思議とリンクした状態(量子もつれ)を作り出すことに成功しました。

言い換えれば、真空という見えないトランポリンの上で跳ね合って、お互いの動きを感じ合うように情報を共有したのです。

これにより、2つの量子ビットにまたがる2量子ビットゲート(量子ビット同士の基本的な演算)を実現できました。

従来なら、こうした「ビットのつながり」は互いに近くに配置するか、通信線を介して結合させる必要がありました。

しかし本研究によると、「超スピードでビットを走らせる+量子場を経由する」という方法だけで、離れたビット同士をもつれさせることができるのです。

しかもそれだけではなく、実際に計算の精度も従来型にひけを取らないレベルに達するというから驚きです。

光速近くで走っているのに、騒音や雑音だらけになってしまうのでは……と思いきや、うまくパラメータを調整すればノイズはかなり抑えられると示唆されています。

これがどれほどすごいかというと、量子コンピューターの発想がまるで「SF映画のワンシーン」みたいに広がることです。

地球と人工衛星の間を光速近くで飛び回る量子ビットが、お互いもつれ合い、地球上では考えられない時間感覚で情報を処理する――そんな未来があり得るわけです。

さらに、いずれはブラックホールや重力の強い場所での「一般相対性理論」を組み合わせることで、「重力を使った量子計算」というSFすらも視野に入ってきます。

つまりこの研究は、量子力学×相対性理論という、ふだんは交わりにくい分野を大胆に結びつけ、「実は相対論的な効果を使っても普遍的な量子計算ができるよ」と示した一大チャレンジです。

そう聞くと、どこか絵空事のように思えますが、シミュレーション結果はかなりリアルで、実際に動作しうる可能性を指し示しています。

量子ビットを高速で動かすと時間の遅れが発生します。
量子ビットを高速で動かすと時間の遅れが発生します。 / Credit:Canva

量子コンピューターは、量子ビット同士の相互作用を利用して従来のコンピューターにはない並列的・高速な演算を可能にする「次世代の計算機」として大きな注目を集めてきました。

一方、アインシュタインの特殊相対性理論では、高速で運動する観測者(あるいは物体)にとって「時間」や「空間」が変化するというユニークな現象が示されています。

通常、量子計算と相対性理論はまったく別の文脈で研究されてきましたが、ここ数年の技術発展により両者を融合する必要性が高まってきたのです。

その背景の一つが、人工衛星などを使った大規模な量子ネットワークの構想です。

宇宙空間を飛ぶ衛星間で量子ビットを送受信するとなれば、否応なしに相対論的な速度(光速に近い移動)を考慮しなければなりません。

「高速で動く量子ビットが、計算にどんな影響を与えるのか」を探求するのは自然な流れと言えるでしょう。

実は、相対論的な環境で量子ビットを扱う「相対論的量子情報」という分野自体は、これまでも小規模な理論研究が行われていました。

例えば、加速運動する量子ビット(Unruh-DeWitt検出器モデル)が真空の量子ゆらぎから粒子を“引き出す”ことで、他のビットと間接的に相互作用を起こす可能性がある、という報告もあります。

しかし大きな問題は、こうした量子場(真空ゆらぎ)由来の相互作用は、同時に大きなノイズを生じやすいことでした。

特に複数の量子ビットを絡めて大規模なアルゴリズムを実行しようとすると、ノイズ管理が非常に難しく、なかなか実用性のある手法へとつながっていなかったのです。

そこで今回の研究チームは「変分量子回路(VQC)」というアプローチに着目しました。

これは、量子回路に含まれるゲート演算のパラメータを連続的に調整し、機械学習的な手法で最適化するというものです。

近年、量子機械学習(QML)の分野で急速に実用例が増えており、ハードウェア・ソフトウェア両面で実績が蓄積されています。

この変分量子回路の枠組みに、“高速で動く量子ビット”を組み込んだ新たな体系を作れないか――そこに研究者たちは可能性を見いだしたのです。

具体的には、量子回路を構成するパラメータを「量子ビットの運動パターン」(どのような軌道で、どのくらいの速度で動かすか)そのものに割り当てるという斬新なアイデアが採用されています。

こうして構築した相対論的量子コンピューターで、代表的なアルゴリズムである量子フーリエ変換(QFT)などを実装し、その可行性をシミュレーションと理論計算の両面から検証したのが今回の研究です。

研究チームは「相対論と量子情報を結ぶ入口として、この新しい計算手法が大きな一歩になる」と期待を込めています。

【SFではない】時間を歪ませて計算する量子回路

【SFではない】時間を歪ませて計算する量子回路
【SFではない】時間を歪ませて計算する量子回路 / Credit:Canva

今回の論文では、「相対論的量子回路モデル(VQC)」と呼ばれる新しい計算フレームワークが具体的に提案されています。

これは、“高速で動く量子ビット(UDW量子ビット)”が、ある種の量子場と相互作用することで計算を行うというユニークな仕組みです。

時空間を動き回る複数の量子ビットが、それぞれ異なる軌道をたどることで、単一ビットを回転させる操作と、量子場を介して複数ビット間にもつれ(エンタングルメント)を生成する操作を実行します。

まず、単一ビット回転については、量子ビットが経験する“固有時間”が鍵になります。

高速で移動するビットは、静止したビットよりも時間の進み方が遅れる(特殊相対性理論の「時間延伸」)ため、その差が量子ビットの内部状態の位相(回転角度)として現れるのです。

たとえば一定速度でビットをしばらく動かすと、相対論効果によってビットの状態が別の方向に回転している――つまり、新しい「単一ビットゲート」が実現されるわけです。

次に、もつれ生成操作については、直接ビット同士を物理的につないで相互作用させるのではなく、すべてのビットが共有する量子場を介して行われます。

量子場は「真空の揺らぎ」を内部に含んでおり、それが高速で動くビット同士の情報を“橋渡し”する形で、離れたビット間に量子的な関連(エンタングルメント)をもたらすのです。

これら「単一ビット回転+量子場を通じたもつれ生成」の2ステップを何度も繰り返すことで、複雑な量子回路を組み立てられるようになっています。

こうした仕組みにより、理論上は任意の量子アルゴリズムを実行可能な「ユニバーサル(普遍的)な量子計算プラットフォーム」を作り出せると著者らは主張しています。

では本当に計算ができるのか?

研究チームはその証明として、量子フーリエ変換(QFT)の実装を試みました。

QFTは整数の素因数分解で有名なShorのアルゴリズムをはじめ、多くの量子アルゴリズムで重要な基盤となる演算です。

今回、6量子ビット(2×3の格子状に配置)で動作する回路を設計し、50層からなる回路をコンピューター上でシミュレーションしたところ、約99.6%という高い忠実度(理想的な出力と一致する確率)を達成したと報告されています。

これはわずかな誤差しか含まれておらず、「相対論的に動く量子ビットでも、従来の量子コンピューターに匹敵する精度が得られる」ことを明確に示す結果となりました。

著者の一人は、「とにかくビットが高速で動き回るので、ノイズ(量子場の揺らぎ)によって計算が乱されるのではと心配していましたが、適切な条件を設定すれば無視できる程度に抑えられるとわかりました」と述べ、技術的ハードルは思ったほど高くないと強調しています。

さらに、ゲート動作の誤差やノイズ効果を厳密に評価した解析結果も示されており、パラメータの選び方次第で、実用レベルの計算精度を十分確保できるとのこと。

実際には、各ゲート層の誤差を0.002%程度に抑えるパラメータ領域が存在し、100層を重ねても約99.8%の忠実度を維持できることが示されています。

こうした理論的裏づけとシミュレーション結果から、「相対論的量子コンピューター」は単なる思いつきではなく、実際に動作しうる有望な仕組みだといえるでしょう。

重力すら計算資源になる相対論的量子コンピューター

重力すら計算資源になる相対論的量子コンピューター
重力すら計算資源になる相対論的量子コンピューター / Credit:Canva

本研究が提案する「相対論的量子コンピューター」は、量子計算のあり方に新たな一石を投じる可能性があります。

もっとも大きな意義は、「通常なら計算の邪魔者と思われがちな相対論的効果(時間の遅れや空間のゆがみ)を、むしろ積極的に計算資源として活用できる」と示した点です。

従来、量子計算の研究は“止まった実験室”を前提としてきましたが、これからは衛星など高速移動体を利用した大規模ネットワークの時代が来るかもしれません。

そのとき相対論的効果をどう扱うかは、早晩避けて通れないテーマとなります。

今回の成果は、「高速で移動するビットを制御できれば、むしろ新しい計算手段が広がる」というポジティブな展望を与えてくれます。

では、この方式は従来の量子コンピューターとどこが違うのでしょうか。

ポイントは主に3つあります。

量子ゲートの制御パラメータが“ビットの運動”であること

従来はレーザーや電磁場を当ててビットの状態を回転させていましたが、本研究ではビットの軌道(速度や加速など)を変えることで、その固有時間を操作し、ゲート動作を実現します。

エンタングルメント(もつれ)生成が量子場を介すること

隣り合うビット同士を直接結合する代わりに、見えない量子場が情報の橋渡しを担います。

これにより、離れたビット同士でも相互作用が可能になり、空間的に柔軟な計算設計が期待できます。

ノイズの扱い方が独特であること

量子場との相互作用による揺らぎは大きなノイズ源と考えられていましたが、今回の研究では、特定のパラメータ領域でその影響をほぼ無視できると示されています。

高速運動による複雑な揺らぎを“うまく抑え込む”戦略が理論的に確立されたと言えます。

さらに将来的には、重力場が存在する一般相対論の領域にまで発想を拡張し、宇宙空間や極限環境での量子計算を視野に入れることも考えられます。

時空の曲がり具合によって固有時間が場所ごとに変わるような状況では、重力そのものを計算資源として活用できるかもしれません。

また、量子場自体がもつ内部のエンタングルメント(「エンタングルメント・ハーベスティング」現象)を取り出して、さらなる計算リソースに使う試みも提案されています。

もし実現すれば、ゲート操作の枠組みを超えたまったく新しい「量子計算の形」へと進む可能性があります。

もう一つ興味深い点は、本研究が変分量子回路(VQC)を用いたことで、機械学習的な方法と相対論的な量子系が自然に結びついたことです。

ビットの軌道をパラメータとして最適化するのは、いわば「動きながら学習する量子コンピューター」とも言えるアプローチです。

研究チームは「自然界の極限環境(高速で運動する粒子系など)をよく観察すれば、それ自体が相対論的量子計算を“学習”しているように見えるかもしれない」とも述べています。

これは非常にスケールの大きな発想ですが、まさに相対論と量子情報の融合だからこそ生まれた視点でしょう。

最後に、相対論的量子コンピューターは量子計算の設計図としてだけでなく、物理学の探究そのものを深める上でも意義があります。

特殊相対性理論と量子情報理論という、一見すると別世界の理論の組み合わせが、新たな物理法則の“片鱗”を見せてくれる可能性があるからです。

研究チームは「これは始まりに過ぎません。相対論的効果を活かした量子計算の分野をさらに掘り下げることで、物理学の根底にある未知の原理を発見できるかもしれません」と期待を語っています。

今後、相対論と量子情報が交錯する新しいステージの研究がどう発展していくのか、私たちは大いに注目していきたいところです。

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元論文

Universal quantum computer from relativistic motion
https://journals.aps.org/prl/accepted/29077YddL4d1a08ca54192a14309a8fd1040e668b

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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