愛犬と一緒に過ごすと、心が落ち着いたり、特別な癒しを感じたりすることはありませんか?
その感覚は、単なる主観的なものではなく、犬と飼い主の間に生理的なつながりがある可能性を示しています。
フィンランドのユヴァスキュラ大学 (University of Jyväskylä)で行われた研究では、犬と飼い主の心拍変動 (HRV) が特定の条件下で相関し、感情的な絆を支える仕組みが存在する可能性が明らかになりました。
この現象は、人間の親子関係に見られる「生理的シンクロ」と似たメカニズムで説明できるかもしれません。
研究の詳細は2024年10月24日付の学術誌『Scientific Reports』に掲載されています。
目次
- 犬と飼い主の間に生じる「共調整」とは何か
- 生理的シンクロが生む愛情:親子から特殊な関係まで
犬と飼い主の間に生じる「共調整」とは何か
フィンランドのJyväskylä (ユヴァスキュラ) 大学の研究によると、犬と飼い主が一緒に過ごすと、心拍変動 (HRV) が相関することが確認されました。
HRVとは、鼓動の間隔がどれだけ一定でないかを示す指標です。
リラックスしていると鼓動のリズムが柔軟になり、ストレス下ではリズムが硬直的になる特徴があります。
HRVが高いほどリラックスした状態を示しています。
この研究では、犬と飼い主のHRVが、感情的なつながりによって調整されている可能性が示されています。
例えば、遊びやトレーニングといった特定のタスクでは、犬と飼い主の活動量が一致することが観察されました。
しかし、HRVの相関は、活動量の一致だけでは説明できませんでした。
活動が一致していない状況でもHRVが相関する場面がありました。
研究者たちは、この現象を「共調整」と呼んでいます。
共調整とは、飼い主と犬がお互いの感情や生理的状態に影響を与え合い、自然に調和することを指します。
例えば、飼い主がリラックスすると犬もリラックスしやすくなる、または飼い主が緊張していると犬も影響を受ける、といった現象です。
この現象は、親子や恋人同士の間でも確認されており、強い絆がある関係で特に顕著に表れると言われています。
さらに、飼い主と犬の関係性が共調整に重要な役割を果たしていることも明らかになりました。
犬を家族の一員として愛し、日常的に多くの時間を共に過ごす飼い主ほど、HRVの相関が強い傾向がありました。
これは、犬が飼い主を安心できる存在として認識している可能性を示しています。
また、飼い主の性格や感情が犬の生理的状態に与える影響も確認されました。
不安やストレスを感じやすい性格の飼い主の犬は、高いHRVを示す傾向がありました。
これは、不安傾向のある飼い主が犬に対して、頻繁に安心感を与える行動を取る傾向があるためかもしれません。
例えば、頻繁な愛情表現や細やかなケアが犬をリラックスさせる要因となっている可能性が考えられます。
犬と飼い主の感情的なつながりや絆には、HRVや共調整に加えて、ホルモン分泌も関与しているかもしれません。
他の研究では飼い主と犬が見つめ合うことで、双方の体内でオキシトシンが分泌されることが知られています。(Nagasawa et al., 2015)
オキシトシンは「絆ホルモン」とも呼ばれ、親子間の愛着形成や信頼感を育む重要な役割を果たします。
このホルモンの分泌は、犬と飼い主の絆を深め、感情的なつながりを強化する要因となっている可能性があります。
こうした生理的な反応が、犬と飼い主の関係を特別なものにしていると考えられます。
これらの結果は、親子間の愛着形成にも見られる「生理的シンクロ」に近いものです。
同じように、親子の関係でも生理的なつながりが感情的な絆を深める仕組みがあります。
では、私たちが犬を家族の一員と感じる理由は、親子間に見られる絆とどう関係しているのでしょうか。
次に、親子間の愛着形成における生理的シンクロの例を見てみましょう。
生理的シンクロが生む愛情:親子から特殊な関係まで
親子間の愛着形成は、感情的な絆だけでなく、生理的な反応が深く関与していることが知られています。
例えば、母親と赤ちゃんが見つめ合ったり、抱きしめたりする瞬間には、双方の心拍が調和し、体内でオキシトシンが分泌されます。(Gordon et al., 2010)
このような生理的シンクロは、親子間の絆を強める重要な要素として考えられています。
興味深いことに、こうした生理的シンクロは親子間に限りません。
夫婦や友人といった二者関係においても、自律神経系 (心拍変動や皮膚電位など) の調和が観察されることがあるそうです。(Palumbo et al., 2017)
特に、感情的な絆が強い関係ほど、こうした生理的な同期が顕著に表れることがわかっています。
さらに、映画『レオン』のようなフィクションを思い出してみてください。
冷徹な殺し屋と、拾われた少女が次第に心を通わせ、親子のような深い絆を築いていく物語です。
これは単なる映画的な演出ではなく、科学的にも説明可能な現象かもしれません。
研究によれば、危機や困難を共有することが生理的シンクロを引き起こし、感情的な絆を育む要因となることが示されています。
ストレスフルな状況で他者と行動を共にすることで、心拍やホルモンレベルが自然と調和し、互いに安心感を与え合う仕組みが働くのです。
『レオン』のようなシナリオで描かれる「情が移る」という現象は、長い時間を共有し、生理的なリズムを共鳴することで育まれる絆と関連しているかもしれませんね。
親子間や犬と飼い主、さらには映画『レオン』のような特殊な関係にも、生理的シンクロが感情的なつながりを深める役割を果たしていることが示唆されています。
そして、心拍のリズムやホルモン分泌といった生理的な反応が、犬を「ただのペット」ではなく、「家族の一員」と感じさせる絆の基盤となっているのです。
このように、私たちが愛犬と感じる特別なつながりが、科学的に裏付けられた現象であることがわかりましたね。
次に愛犬と目が合ったとき、その背後にある深い絆の仕組みを少しだけ意識してみてはいかがでしょうか。
参考文献
Dog-owner interaction is reflected in heart rate variability
https://www.sciencedaily.com/releases/2024/11/241108113716.htm
元論文
Behavioral and emotional co-modulation during dog–owner interaction measured by heart rate variability and activity
http://dx.doi.org/10.1038/s41598-024-76831-x
Interpersonal Autonomic Physiology: A Systematic Review of the Literature
https://doi.org/10.1177/1088868316628405
ライター
岩崎 浩輝: 大学院では生命科学を専攻。製薬業界で働いていました。 好きなジャンルはライフサイエンス系です。特に、再生医療は夢がありますよね。 趣味は愛犬のトリックのしつけと散歩です。
編集者
ナゾロジー 編集部