オカルトではありません。
イスラエルのライヒマン大学(RU)で行われた研究により、人間には水の音を聞くだけでそれが冷たいか熱いかをかなり正確に判別できることが示されました。
これまで「温度を聞く」という現象は非常識であると考えられており多くの研究者たちによって否定されてきましたが、新たな研究ではこの能力が生涯をかけた学習によって後天的に獲得されている可能性が示されました。
また研究では音のどんな要素を温度の判別に使っているかの分析が行われており、意外な結果も得られました。
研究内容の詳細は2024年8月2日に『Frontiers in Psychology』にて公開されました。
目次
- そもそも温度は聞けるのか?
- 人間は温度を聞ける動物だった
- 熱い水と冷たい水ではクロマベクトルが違っていた
そもそも温度は聞けるのか?
夏になると風鈴の涼し気な音が暑さを癒してくれます。
水のせせらぎも涼しさを増す音として一般には認知されています。
一方、暖炉やキャンプファイヤーで燃える木のパチパチという音や、石炭をほおばった旧式のストーブから聞こえるボォボォという炎の音からは、暖かさを感じることでしょう。
このように私たちの熱さや涼しさの印象は、音と無縁ではありません。
また「赤は暖かい色、青は冷たい色」のように異なる色覚が特定の温度帯と結び付く現象も知られています。
さらに視点を動物界全体に移すと、ヘビのように「温度を視る」ことができる種も存在します。
(※ヘビはピット器官を使って赤外線を探知することが可能であり、背景と温度が違う獲物を暗闇の中で捕らえることができます)
しかし旧来の脳科学では、視覚は視覚野、聴覚は聴覚皮質、触覚は感覚皮質で知覚され、対応する脳回路が最初から最後まで大きく異なると考えられています。
この解釈はある意味妥当であり、経路が分けられていることで、目でみた情報を耳で聞いた情報と勘違いするのを避けることができます。
そのため「人間は温度を聞くことができるか?」という質問に対して、かつての研究者はNOと回答しました。
実際、熱い水を注ぐ音と冷たい水を注ぐ音を音響学的に分析しても、決定的な差がないことが示されています。
しかし現実の世界において人間は「風鈴の音から涼しさ」「青色の視覚から涼しさ」を感じているのも事実です。
音や色を温度と結び付いているのは単なる学習の結果であり、物理的な音響属性とは無関係であるとの見方もできるのも確かです。
実際、風鈴ガラスや青色のキャンバスが「冷たい」わけではありません。
そのため研究者たちの間でも、人間が「温度を聞けるかどうか」といった問題に真面目に取り組む人々は少数派でした。
しかしどんなに可能性が低く思える仮説でも、実験を行わなければ結論は出ません。
天動説から地動説、古典物理から量子力学が誕生する過程のように、あり得ないと思っていたことにこそ真実が隠されている可能性があるからです。
そこで今回ライヒマン大学の研究者たちは改めて人間が冷たい水と熱い水の音を聞きわけられるかを調べることにしました。
人間は温度を聞ける動物だった
人間は温度を聞けるのか?
謎を解明するため研究者たちは84人の被験者を用意し、あらかじめ録音しておいた冷たい水の音(5℃・10℃)と熱い水の音(85℃・90℃)を聞かせ、予測される水の温度レベルを0%から100%の間で答えてもらうことにしました。
ここで言う水の温度レベルは0%なら非常に冷たく100%なら非常に熱いことを意味します。
すると上のグラフのように5℃と10℃の水の音に対して被験者たちは水の温度レベルを平均して30%%前後だと回答し、85℃と90℃の水の音に対しては70%前後であると回答しまし、音と温度の間に明白な相関関係があることが示されました。
この結果は人間は音を聞くだけで水の温度を偶然を遥かに超えた正確性で言い当てられることを示します。
しかしそうなると気になるのが、この温度を聞く能力が先天性のものなのか、学習によって身に付いたものなのかです。
そこで研究者たちは、水の温度と水の音を関連付ける学習がAIに可能かどうかを確かめてみました。
もしAIが温度と音を関連付けることが可能ならば、水の音には温度にかんする情報が含まれていることになります。
すると学習が済んだAIは人間よりも正確に、水の温度を音だけで検知できることが示されました。
また2022年に行われた研究ではこの点について調べられており、熱い水と冷たい水の音は3~6歳児では区別できなかったものの、7~11歳児になると可能になり、11歳以降になると大人と同じ聞き分け能力に達することが示されました。
この結果はから研究者たちは「温度を聞く能力は学習によって後天的に付与される」と結論しました。
では具体的に、人間の聴覚は水の音の何に反応して温度を聞き分けていたのでしょうか?
熱い水と冷たい水ではクロマベクトルが違っていた
人間もAIも音だけで水の温度を聞き分けられるとしたら、いったいどんな音を判断材料にしているのか?
先に述べたように、既存の研究では熱い水と冷たい水には明白な音響的違いはないとされています。
研究者たちがAIの判断を参考に、水の音の特徴に対して計算的抽出を試みたところスペクトル重心、ゼロ交差率、メル周波数ケプストラム係数(MFCC)は、冷水音と温水音の間で有意差が見られませんでした。
スペクトル重心、ゼロ交差率、メル周波数ケプストラム係数(MFCC)は、音の特徴を数値的に捉えるための重要な指標です。
これらの指標に違いがない場合、その音の種類は非常に似ている、または同じものであるとみなされやすくなります。
しかし研究者たちが新たにクロマベクトルと呼ばれる音の特徴を調べたところ、熱い水と冷たい水の間に有意な差がみられることが明らかになりました。
音の調性(音楽的な高さや和音)を分析するための音響特徴の一つです。
クロマベクトルを調べることで、特定の音の周波数成分がどの音階(C、C♯、Dなど)の音を強く含んでいるかを知ることができます。
この結果は、AIも人間も水の複雑な音を和音として処理し、そのなかで目立つ音階と温度の関係を結び付けている可能性を示します。
研究者たちは視覚や聴覚と違い、温度を処理する脳領域が脳全体に広がっていることが何らかの役割を果たしている可能性があると述べています。
また今回の研究は、人間は多種類の感覚を統合する能力が、想定していたよりも優れている可能性を示しています。
もしかしたら私たちが気付いていないだけで、視覚を聞いたり温度をみたりする能力が人間にも存在するのかもしれません。
参考文献
‘Hearing’ Temperature: Uncovering a hidden human ability to perceive temperature through sound
https://www.eurekalert.org/news-releases/1054016
元論文
Hearing temperatures: employing machine learning for elucidating the cross-modal perception of thermal properties through audition
https://doi.org/10.3389/fpsyg.2024.1353490
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部