ブラックホールへ落ちていく瞬間が観測されたようです。
イギリスのオックスフォード大学で行われた研究により、これまで検知するのが困難だった「ブラックホールの滝」部分をはじめて捉えることに成功しました。
「ブラックホールの滝」部分では、物体がほぼ光速に近い速度でブラックホールに急降下していくことが知られており、その先には光すら抜け出せない「事象の地平面」が待ち受けています。
「ブラックホールの滝」部分はアインシュタインの一般相対性理論により存在することが予測されていましたが、これまで観測の困難さから謎に包まれており、理論モデルからもその存在が無視されていました。
研究内容の詳細は2024年5月16日に『Monthly Notices of the Royal Astronomical Society』にて公開されました。
目次
- 降着円盤を流れる物体の行きつく先は「滝」だった
- ブラックホールの滝を観測する
降着円盤を流れる物体の行きつく先は「滝」だった
ブラックホールはその強力な重力によって、光すら脱出させずに飲み込んでしまうことができます。
光には質量がないため、重力に引き込まれる謂れはないように思えますが、ブラックホールは時空そのものを内部に向けて急降下させてており、ある意味、時空そのものを圧縮し吸い込むような構造になっています。
光は時空間の内部を進むため、時空間が引き込まれるブラックホールでは、内部にある光も一緒に引き込まれてしまうのです。
しかしブラックホールに近づく物体はなんでも即座に飲み込まれてしまうわけではありません。
太陽も十分巨大な重力源ですが、地球を含め惑星はその周りをぐるぐる回るだけで、太陽へ落ちてしまうことはありません。
通常宇宙にある物体は、重力源の近くを高速で周回することにより、飲み込みに抵抗することができます。
ニュートン力学的に考えれば、惑星は高速で周ることで太陽の重力に対抗する遠心力を生み出していると言えるでしょう。
巨大な重力源であるブラックホールの周りの物体も同様であり、ブラックホールに近い物体ほど周回速度は速くなっていきます。
そのためブラックホールの周辺には降着円盤と呼ばれる円盤状の構造が出現します。
この部分にある物体は高温のイオン化したガスやプラズマがほとんどであり、互いにぶつかり合うことで摩擦を起こし数百万℃に達することも知られています。
また高温のガスやプラズマが一時的に冷えると、そのぶんのエネルギーが電磁波(光)として周囲に放出されるため、降着円盤は強力な電磁波の発信源ともなっています。
(※降着円盤のある部分ではまだ光が重力に勝つことができるため、光は外部に向けて飛び去ることができます)
過去にブラックホールを撮影したとする画像が公開されましたが、実はこの円形の模様は降着円盤から発せられる電磁波を撮影したものとなります。
しかし降着円盤にいつまでも留まっていられるわけではありません。
降着円盤から発せられる電磁波のエネルギーは、もともとは周回するための運動エネルギーから変換されたものも含まれています。
そのため降着円盤にある物体は徐々に内側に引き込まれていき、やがて「安定した円軌道の最内端(ISCO)」と呼ばれる実質上、最後の抵抗ラインに達します。
この軌道よりも内側に引き込まれてしまうと、もはや安定な軌道を維持できず、最終的にブラックホールに飲み込まれてしまいます。
アインシュタインの理論でも、「安定した円軌道の最内端(ISCO)」よりも内側に引き込まれてしまった物体は、どこかの地点でブラックホールに向けて「急降下」していくとされています。
研究者たちはこの地点を「川を流れていた水が突然急降下する滝のような場所」と表現しています。
(※より専門的には、この部分はエルゴスフィアと呼ばれています)
実際「ブラックホールの滝」の位置に達した物体はほぼ光速で飲み込まれていきます。
しかし既存の研究では「安定した円軌道の最内端(ISCO)」から内側に引き込まれてしまった物体が、ブラックホールの滝で落ちていく様子を捉えるのは困難でした。
ブラックホールの滝を観測する
なぜブラックホールの滝を捉えるのが困難なのか?
主な理由は放出される電磁波(光)の弱さにあります。
「安定した円軌道の最内端(ISCO)」や「ブラックホールの滝」から発せられる電磁波(光)は降着円盤の他の部分とくらべると比較的少ないため、遠い地球からは十分なデータが得られなかったからです。
しかし理論上2つの手段がありました。
1つは少ない電磁波(光)でも、検知できる高精度な望遠鏡を用意することです。
2つ目は降着円盤そのものに大量の物体が流れ込めば、検知可能なレベルまで電磁波(光)が増加しているブラックホールを探すことです。
今回の研究では2つ目、すなわち今現在、大量の物体を吸い込んでいるブラックホールを探し出し、観察する方法がとられました。
対象となったのは「MAXI J1820+070」と呼ばれる比較的小型なブラックホールでした。
このブラックホールは近くの恒星から大量の物体を吸い込んでおり、降着円盤は分厚く、さらに高熱で大量の電磁波(光)を発しています。
つまり今現在お食事中のホットなブラックホールというわけです。
研究者はこのブラックホールに対して集中的な観測を行い、得られた電磁波(光)のデータを分析しました。
するとこのブラックホールから得られた電磁波(光)は、通常の回転しているだけの降着円盤から得られるはずがない、余計な電磁波(光)が含まれていると判明。
そこで研究者たちは、この余計な電磁波(光)がどこからやってきたかを、シミュレーションなどを参考にして調べてみました。
すると驚くべきことに、余計な部分の電磁波(光)は「ブラックホールの滝」部分から発せられている場合に、最も一致していることが発見されました。
先に述べたように「ブラックホールの滝」部分は物体が最後の抵抗ライン「安定した円軌道の最内端(ISCO)」から内側に引き込まれ、ブラックホールに向けて真っ逆さまに落ちていく領域です。
このような滝部分では物体は回転しながら、ほぼ光速に近い速度で落下していくため、発せられる電磁波(光)の多くもブラックホールに吸収されたり、強い重力のせいで波長が引き延ばされて電磁波(光)としてのエネルギーを弱められてしまします。
しかし大量の物体を飲み込んでいる最中には、滝部分から発せられる電磁波(光)の絶対量も増えるため、検出も可能になったのです。
(※飲み込まれる速度は光速に近いものの、依然として光速を超えていないため、そこから発せられる電磁波(光)はブラックホールの外側へ飛び出ることができます)
研究者たちは「新たに発見された「ブラックホールの滝」は、降着円盤に対する理解を一新する」と述べています。
これまでのブラックホールに対する観測や分析は、ブラックホールの滝の存在を無視して行われてきたからです。
また現在開発中のブラックホールを撮影することを目的にしている「アフリカミリ波望遠鏡」を使えば、降着円盤だけの画像ではなく、滝部分を含むブラックホールのよりドラマチックな映像を得られると期待されています。
近い将来、より鮮明なブラックホールの姿が新聞の紙面を賑わせることになるでしょう。
参考文献
First proof that “plunging regions” exist around black holes in space
https://www.ox.ac.uk/news/2024-05-17-first-proof-plunging-regions-exist-around-black-holes-space
元論文
Continuum emission from within the plunging region of black hole discs
https://doi.org/10.1093/mnras/stae1160
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。