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まるで王蟲。生物では唯一硬い殻の上に「無数の目」を持つヒザラガイ


風の谷のナウシカに登場する架空の生物「王蟲」は硬い殻に目が付いていましたが、似たような構造の生物が実際に存在します。

米カリフォルニア大学サンタバーバラ校(UC Santa Barbara)の研究で、軟体動物の一群である「ヒザラガイ」は背面の殻の中に2種類の目を独自に進化させていることが報告されました。

またヒザラガイの目は、王蟲のように殻にたくさん付いているという。

生物の目は通常、柔らかい軟部組織の中にありますが、硬い殻の中に「目」を直接埋め込んでいる例としては唯一と考えられます。

研究の詳細は2024年2月29日付で科学雑誌『Science』に掲載されました。

目次

  • 生物界一硬い「マグネタイトの歯」を持つヒザラガイ
  • ヒザラガイの目には2種類あった

生物界一硬い「マグネタイトの歯」を持つヒザラガイ

ヒザラガイは正式名称を「多板綱(たばんこう:Polyplacophora)」といい、イカやカタツムリ、二枚貝と近縁関係にある軟体動物の一群です。

平たい体で、背面には8枚の硬い殻が一列に並んでおり、岩場にくっついて生活しています。

また殻の周囲に広がる柔らかい足を使って、ゆっくりと移動することもできます。

背面に8枚の殻が並んでいる
背面に8枚の殻が並んでいる / Credit: UC Santa Barbara –Unraveling the mystery of chiton visual systems(2024)

ヒザラガイは海洋生物の中では地味な立ち位置にあり、人々の注目も集まりませんが、特筆すべき特徴を持っています。

例えば、ヒザラガイはお腹側の前方に細かい歯を持っていますが、それらはすべて「磁鉄鉱(マグネタイト)」という鉱物でコーティングされているのです。

磁鉄鉱は生物が作り出すものとして最も硬い物質といわれています。

ヒザラガイはこの頑丈な歯を使い、岩場に生えた藻類などをこそげ取って食べているのです。

ヒザラガイの歯の位置(左下)と磁鉄鉱の歯の拡大図
ヒザラガイの歯の位置(左下)と磁鉄鉱の歯の拡大図 / Credit: James C. Weaver et al., materialstoday(2010)

加えて、ヒザラガイの目は他の軟体動物のように柔らかい組織には存在しません。

その代わりに彼らの目は背面の硬い殻の中に直接埋め込まれているのです。

研究主任の一人であるダニエル・スパイザー(Daniel Speiser)氏は「ヒザラガイのように殻の中に目を入れている生物は他に知られていない」と話します。

では実際にヒザラガイの目はどのようになっているのでしょうか?

ヒザラガイの目には2種類あった

これまでの研究で、ヒザラガイの殻には「エステート(aesthetes)」と呼ばれるごく小さな光感知器官が無数に点在していることが知られていました。

ただこれは光を感じ取るだけのもので、ヒザラガイに視覚を与えているとは言えません。

しかし研究チームは、ヒザラガイが長い進化の中で2種類の異なる目を別々に獲得していたことを発見しました。

1つは比較的大きくて複雑な構造をしている「シェルアイ(shell eye)」で、もう1つはより小さくて数も多い「アイスポット(eyespot)」です。

シェルアイはアラゴナイトという鉱物でできており、人間の目と同じように、外から入ってきた光を内部につながっている感光層に集光するレンズの役割を果たしています。

一方のアイスポットは殻の前方に無数に点在しており、それらが昆虫の複眼のようにまとまって機能することで視野を広くするのに役立っていると考えられます。

興味深いのは、両タイプの目を同時に兼ね備えるヒザラガイはいないということです。

ヒザラガイの大部分はエステートだけしか持っていませんが、他の一部は「エステートとシェルアイを持つ種」「エステートとアイスポットを持つ種」というように分かれているという。

エステート(緑)、シェルアイ(青)、アイスポット(赤)の図解。下は顕微鏡による拡大画像
エステート(緑)、シェルアイ(青)、アイスポット(赤)の図解。下は顕微鏡による拡大画像 / Credit: UC Santa Barbara –Unraveling the mystery of chiton visual systems(2024)

さらにチームはこの2種類の目がヒザラガイの進化の中で、別々に4回出現していたことを特定しました。

ヒザラガイの進化系統樹を作成して、どの種がどのタイプの目を持っているかをマッピングしたところ、2種類の目は異なるタイミングで独立して出現していたのです(下図を参照)。

ヒザラガイは約4億5000万年前に他の軟体動物から分岐したことが分かっていますが、その中でまずカロキトニダ目(Callochitonida)が約2億5000万年前の三畳紀に「アイスポット」を獲得。

その後、約2億年前のジュラ紀にスキゾキトン・インシサス(Schizochiton incisus)が「シェルアイ」を獲得し、さらに約1億年前の白亜紀に2つのグループが同じく「シェルアイ」を獲得。

そして直近である約2500万年前の古第三紀に「アイスポット」を獲得した種が現れています。

ヒザラガイの系統樹。青がシェルアイ、赤がアイスポット、白はエステートだけ
ヒザラガイの系統樹。青がシェルアイ、赤がアイスポット、白はエステートだけ / Credit: UC Santa Barbara –Unraveling the mystery of chiton visual systems(2024)

このように別々のヒザラガイが全く異なる時代に、2種類の目を独立して進化させたことは驚くべき事実だと研究者は話します。

一方で、これらの目が実際にどれくらい見えているのかは現在調査中とのことです。

ただ岩場にくっついて生活するヒザラガイにとって、背面に目があることは理にかなっていると思われます。

上方を見ることで天敵の接近をいち早く感知し、自らの動きを止めることで敵に気づかれず、危機が過ぎ去るのを待つのに役立っているかもしれません。

全ての画像を見る

参考文献

Unraveling the mystery of chiton visual systems
https://news.ucsb.edu/2024/021384/unraveling-mystery-chiton-visual-systems

Chitons can see you
https://eartharchives.org/articles/chitons-can-see-you/index.html

元論文

A morphological basis for path-dependent evolution of visual systems
https://www.science.org/doi/10.1126/science.adg2689

ライター

大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。

編集者

海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。

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