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人工培養脳をチップに融合させ「ひらめき」で考えるバイオAIを開発!


未来のAIは生ものなのでしょうか?

米国のインディアナ大学ブルーミントン校(IU Blo)で行われた研究によって、人工的に培養されたヒト脳細胞(脳オルガノイド)をチップと融合させた、ヒト音声の識別が可能なAIが作られました。

脳オルガノイドを情報処理の中枢として設置することで、普通のコンピューターとは違いCPUとメモリの統合が可能となっており、別次元のAIシステムとして、より人間に近い高度な情報処理能力が期待されます。

ただ研究者たちは、中枢となる脳オルガノイドを巨大化・高度化させた場合には、意図せず意識や感情が芽生えてしまう可能性もあり、バイオAIの開発には倫理的配慮が求められると述べています。

研究内容の詳細は2023年12月11日に『Nature Electronics』にて掲載されました。

目次

  • ヒト脳組織をAIのパーツとして組み込む
  • ヒト脳オルガノイドは「教師なし学習」も可能

ヒト脳組織をAIのパーツとして組み込む

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Credit:Hongwei Cai et al . Brain organoid reservoir computing for artificial intelligence . Nature Electronics (2023)

人間の脳はどんなコンピューターよりも強力な演算装置です。

通常のコンピューターは1つ1つの処理を前から順番に完了させることしかできませんが、私たちの脳は多くのタスクを同時並列的に処理できます。

そのため、友達と電話をしながら料理をしつつ、動画を鑑賞するといった離れ業も無意識的に可能になります。

ですが何より決定的なのは、脳では情報処理を担うプロセッサ(CPU)と情報を記録するメモリが、一体となっている点にあります。

現在のほぼ全てのコンピューターではCPUとメモリは物理的に隔てられて設置されており、両者の通信速度によって性能が頭打ちになってしまいます。

これは現在のコンピューターが抱える避けられない問題であり、フォン・ノイマン・ボトルネックとして知られています。

このボトルネック効果による処理速度の頭打ちは、AIの性能においても重大な問題を引き起こしています。

そのため近年では、既存の制限を乗り越えるために、ヒト脳組織を使ったコンピューターの開発が行われるようになってきました。

といっても、SFのように生きている人間から脳を引き抜くわけではありません。

ヒト脳細胞をチップと融合させた「日本語の音声識別AI」を開発!
ヒト脳細胞をチップと融合させた「日本語の音声識別AI」を開発! / Credit:Hongwei Cai et al . Brain organoid reservoir computing for artificial intelligence . Nature Electronics (2023)

実験に使用される脳組織は、万能性のある幹細胞を脳細胞に変化させることで作成される人工培養脳(脳オルガノイド)です。

ヒト脳オルガノイドは人間の脳細胞から構成されており、局所的に人間の脳に似た構造をとり、簡単な誘導で1対の目を生やすなど本物の脳とよく似た挙動を示します。

「目がある人工脳」を作り出すことに成功、視神経もあり光を検知

 

そのため既に人体実験の代替品として、薬剤テストや遺伝子組み換えの研究が進んでいます。

たとえば以前の研究では、脳以外に人工培養された皮膚・肺・肝臓などの複数臓器をカートリッジ化して接続することで、疑似的な人体を構成し人体実験の代用とする計画が提唱されています。

複数のオルガノイドを基盤の上に配置した様子。左下の呼吸する肺から出た酸素の多い体液は赤で示され、各臓器から戻って来る酸素の少ない体液は青で示されている
複数のオルガノイドを基盤の上に配置した様子。左下の呼吸する肺から出た酸素の多い体液は赤で示され、各臓器から戻って来る酸素の少ない体液は青で示されている / Credit:youtube.TissUse

また脳オルガノイドを演算装置のパーツとして組み込む試みは以前にも行われており、2021年に行われた研究では、脳オルガノイドを使ってテニスゲームをプレイさせることにも成功しています。

そこで今回、インディアナ大学の研究者たちは新たな試みとして、人間の脳組織を搭載したバイオAI「Brainoware」の開発を行い、日本語の音声認識や高度な方程式(エノン写像:Hénon map)を解けるかを検証することにしました。

ヒト脳オルガノイドは「教師なし学習」も可能

脳オルガノイドは主に球状の形態をしており複雑な神経ネットワークを持っています。
脳オルガノイドは主に球状の形態をしており複雑な神経ネットワークを持っています。 / Credit:Hongwei Cai et al . Brain organoid reservoir computing for artificial intelligence . Nature Electronics (2023)

人間の脳は860億個ものニューロンが1000兆個のシナプス(回路接続)を構成し、さらに回路自体が常に新しいものへと動的に変化していきます。

また先に述べたように、脳は普通のコンピューターではパーツに別けられてしまうCPUとメモリが融合した完璧な演算機となっており並列処理に優れています。

2013年に理化学研究所が開発したスパコン「京」で行われた実験でも、脳と既存のコンピューターの性能の違いが浮き彫りになりました。

この実験では「京」に対して17億個のニューロンと10兆個のシナプスで構成された脳活動のシミュレートが行われましたが、わずか1秒間の脳活動シミュレートに40分もの時間がかかったと報告されました。

しかも17億個のニューロンと10兆個のシナプスは、脳の1%ほどに過ぎない量です。

もし生きている脳を演算機として使用できるならば、その利点は計り知れません。

脳オルガノイドは本物の脳に比べて遥かに小さな球体ですが、それでも脳の持つ優れた要素を備えているからです。

ヒト脳細胞をチップと融合させた「日本語の音声識別AI」を開発!
ヒト脳細胞をチップと融合させた「日本語の音声識別AI」を開発! / Credit:Hongwei Cai et al . Brain organoid reservoir computing for artificial intelligence . Nature Electronics (2023)

新たな研究では、脳の持つ優れた演算能力をAIとして活用するために、上の図のように、脳オルガノイドが多電極のシリコンチップの上に配置されました。

こうすることで、脳オルガノイドへの信号の送信と受信が可能になります。

人間の場合でも、音声は鼓膜などの感覚器官を介して電気信号に変換されて脳に送信されるため、仕組みそのものは脳とよく似ていると言えるでしょう。

そして8人の日本語からの240の音声をデジタル情報に変換し、電極を介して脳オルガノイドに入力するトレーニングを行いました。

またトレーニングでは音声データを入力し続けるだけで、オルガノイドに対して正しいか間違っているかを伝えられることはありませんでした。

これはAI研究における「教師なし学習」と呼ばれているものであり、ある意味で、より人間の発達に近い形式となっています。

(※人間の赤ちゃんも父親と母親の声を見分けられる能力を獲得するにあたり、正解と間違いを明示するような教師は必要ありません)

すると脳オルガノイドのニューラルネットワークが次第に変化していき、わずか2日ほどのトレーニングで240の音声が誰から発せられたかを78%の精度で識別できるようになっていたことが判明します。

この精度は既存の人工ニューラルネット(AI)に比べて劣る値でしたが、既存のAIでは2日のトレーニングで78%の精度に到達することはできません。

次に研究者たちは高度な方程式(カオス的な挙動をする力学システム:エノン写像)を解くために別の教師無しトレーニングを行いました。

すると脳オルガノイドは4日で学習が成立し、記憶ユニットを持たない単純な人工ニューラルネット(AI)よりも高い精度で解答できることが判明します。

ただ記憶ユニットを備えた高度なAIと比べた場合には若干、精度が低くなっていました。

ただこの場合でも初期の学習速度は脳オルガノイドのほうが早く、高度なAIが同じ精度に達するのに必要な10分の1の時間しかかかりませんでした。

またどちらのケースでも、通常のAIに比べて必要とされる電力は極めて少なく済みました。

これまでの研究で人間の脳は、完璧な解答よりも「そこそこ」の精度の解答を素早く行う性質があることが報告されています。これは明確な論理から導かれる答えとは異なる「ひらめき」のような解答です。

そのためチェスや囲碁など正確さが求められるゲームにおいて人間はAIには勝てませんが、複雑な自然環境で同時多発的な案件を学習したり処理するには、脳のほうが適していると言えます。

今回の研究結果も、脳が持つ学習の速さや「そこそこ」の精度が繁栄されたものと言えるでしょう。

将来的にもヒト脳組織を搭載したバイオAIはシリコンチップをベースにした人工ニューラルAIには正確さの面ではかないませんが、より柔軟で人間に近い挙動を示す存在として、問題解決のアシストをしてくれるでしょう。

ただより高度なバイオAIを求めて脳オルガノイドを高度化させていけば、やがて本物の脳のように「思考・感情・意識」を伴った「自我」が発生する危険性が大きくなってきます。

そのため研究者たちは将来的に、脳オルガノイドをコンピューターのパーツとして組み込む場合にも、倫理的配慮を念頭においた開発(自我を生まないようにする)が必要になるだろうと述べています。

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参考文献

Human brain cells hooked up to a chip can do speech recognition
https://www.technologyreview.com/2023/12/11/1084926/human-brain-cells-chip-organoid-speech-recognition/

元論文

Brain organoid reservoir computing for artificial intelligence
https://www.nature.com/articles/s41928-023-01069-w

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。

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