水族館や動物園で見かけるアザラシは、陸上で転がってのんびり過ごしているかもしれません。
しかし実は、そのキュートな見た目を裏切るように、水中ではかなりのスピードで泳ぐことができます。
しかも潜水が得意であり、約2時間以上息を止めたまま、水深2000mまで深く潜ることも可能だと言われています。
オーストラリアのシドニー海洋科学研究所(SIMS)に所属するクライブ・R・マクマホン氏ら研究チームは、そんなアザラシの頭にセンサーを取り付けることで、東南極大陸棚の隠された地形を発見することができました。
アザラシたちによる合計50万回以上のダイビングにより、「海底が思っていたよりも1000m以上深かった」と判明することさえあったのです。
研究の詳細は、2023年7月21日付の科学誌『Nature Communications Earth &Environmental』に掲載されました。
目次
- 頭にセンサーを付けたアザラシを用いて南極の海底地図を作成する
頭にセンサーを付けたアザラシを用いて南極の海底地図を作成する
世界最大規模の峡谷グランド・キャニオンは、地質学上重要な場所です。
浸食作用によってできたその複雑な地形を調べるなら、古代の川の流れを知ることができるからです。
同様の地質学的な価値は、南極やその周辺の海底峡谷にもあります。
それらの地形を正しく理解することは、過去に生じた地球規模の気候変動に対して、南極の氷床がどのように反応したかを推測するのに役立つからです。
ところが南極は、すべての人間にとってアクセスしにくい「遠く離れた場所」であり、その極端な環境ゆえ、ほとんど調査が進んでいません。
特に南極の大陸棚(大陸の周縁に分布する緩傾斜の海底)の形状や深さを把握するのは困難です。
マクマホン氏も、「過去に船で調査されたのは南極大陸棚のほんの一部だけです」と述べています。
そこでマクマホン氏ら研究チームは、2004年以来、特殊な方法で東南極大陸棚の調査を行ってきました。
壊れやすい船やダイビングが不得意な人間に代わって、生粋のダイバーであるアザラシたちを利用して地形調査を行ってきたのです。
その方法は斬新ながら単純です。
アザラシの頭部にセンサーを装着し、衛星によって追跡するというもの。
写真では、まるで小さな帽子をかぶっているかのように、アザラシの頭にセンサーが取り付けられているのが分かりますね。
ちなみに、研究チームによると、センサーは「アザラシの頭の毛に接着剤で取り付けた」ようです。
「そんなことをして大丈夫なのか」と多くの人が感じたようですが、研究チームは「アザラシのこの毛は毎年抜けるものであり、彼らには何の痛みもない」と説明しています。
確かにアザラシはそれほど気にしてないようです。
This is the face of an oceanographer that maps the #Antarctic continental shelf. Seals with sensors are rewriting previous estimates of the ocean depths. In the most extreme case “they were diving 1,000m deeper than what we thought was the ocean floor.”
https://t.co/eOjhiR3Dtupic.twitter.com/6xlBZITGNx— Australian Antarctic Program Partnership (@Ant_Partnership) August 8, 2023
論文では、東南極大陸棚の調査に、ウェッデルアザラシ(学名:Leptonychotes weddellii)50頭とミナミゾウアザラシ(学名:Mirounga leonina)215頭による55万回以上の潜水データが用いられたと報告されています。
これらの調査により、一部の地域では、海の深さの推定値の25%以上が間違っていたことが判明しました。
極端なケースでは、アザラシたちが、海底だと思われていた境界からさらに1000mも深く潜っていました。
また、シャクルトン棚氷(Shackleton Ice Shelf)、アンダーウッド氷河(Underwood Glacier)などの地形を新たに発見できました。
特に大きな発見だったのは、ヴァンダーフォード氷河(Vanderford Glacier)近くで見つかった2000m続く海底峡谷です。
研究チームは、ミナミゾウアザラシ(学名:Mirounga leonina)の学名と、探検船「RSVヌイナ号」にちなんで、この海底峡谷を「ミロウンガ・ヌイナ(Mirounga-Nuyina)」峡谷と名付けたいと考えています。
確かに、センサーを頭に付けたアザラシたちは、南極の未知の地形を解明してくれているのです。
研究チームは、南極の海洋プロセスや氷床の動態について理解するために、さらなる研究が必要であると考えています。
今後も、多くのアザラシたちによって、人間の知らない南極の地形がマッピングがされていくかもしれません。
参考文献
Macquarie Island elephant seals redefine Southern Ocean bathymetry https://sims.org.au/community/imos-elephant-seals-2023 Seals uncover new ocean depths in East Antarctica https://antarctic.org.au/seals-uncover-new-ocean-depths-in-east-antarctica/元論文
Southern Ocean pinnipeds provide bathymetric insights on the East Antarctic continental shelf https://www.nature.com/articles/s43247-023-00928-w