皆さんの中には「幽霊なんて見たことないし、信じてもいない」という方は多いはずです。
それでも怖いもの見たさで、幽霊の気配がどんなものか味わってみたいと思うことはありませんか?
実は「一人でいるはずなのに誰かが背後にいる感覚」は実験で作り出せることが証明されています。
さらに今回、スイス連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)の研究チームは、この実験を改良して、存在しない人の声まで被験者に聞かせることに成功したのです。
この実験を行えば、誰でも「幽霊の声」が聞こえてしまう錯覚を体験できるかもしれません。
研究の詳細は、2023年10月2日付で心理学雑誌『Psychological Medicine』に掲載されています。
目次
- 「誰かが後ろにいる…」は実験で再現できる
- 「存在しない声」を聞かせる実験に成功
「誰かが後ろにいる…」は実験で再現できる
幽霊がいるかどうかの議論は置いておくとして、一人でいるはずの部屋に誰かの気配がする感覚は誰もが経験していることです。
こうした錯覚は統合失調症などの精神疾患をもつ患者によく見られるものですが、これまでの研究で、心身ともに健康な人々の多く(人口の5〜10%)も存在しないはずの人の姿を見たり、声を聞いた経験があると報告されています。
この錯覚を研究していたEPFLの認知神経科学チームは2014年、人々に「誰かが背後にいる気配」を誘発させる実験方法を発見しました。
この実験では、幻覚や幻聴を引き起こすことで知られるLSD(薬物)やフロートタンク(光や音が入らない感覚遮断チャンバー)は一切使いません。
その代わりに使用したのが「ロボット」です。
このロボットには前後左右に動くロッド(棒)が付いており、被験者は目隠しをした状態でそのロッドを動かします。
すると、その動きに連動して被験者の背後に置かれた別のロッドが同じ動きをして、被験者の背中に触れます。
前後のロッドの動きがシンクロしているときは特に何も起こりません。
ところが、0.5秒のタイムラグを付けて背後のロッドを動かすと、被験者は「後ろに自分以外の誰かがいるような錯覚」を起こし始めたのです。
その理由について研究主任のオラフ・ブランケ(Olaf Blanke)氏は「感覚のズレが原因だ」と説明します。
ここでは被験者のロッドの操作と背後にあるロッドの動きがズレているわけですが、このように手元の動きのイメージと実際の動きがズレることで、感覚に違和感が生じ、被験者のうちに別の何者かの存在を感じさせてしまうというのです。
こうした感覚のズレは日常生活でも見られ、激しい運動をしてひどく疲れたときや、大切な人を亡くして強い悲しみに打ちひしがれているときに起こりやすいといいます。
具体的なケースだと、登山家にこの錯覚がよく見られるそうです。
特に標高の高い雪山などに挑戦していると、厳しい寒さや空気の薄さ、肉体の疲労感によって、自分の体のイメージと実際の体の動きに感覚のズレが生じ、一人で登っているはずなのに背後にもう一人いる気配がはっきり感じられるという。
詳しくはこちらから。
そして同じEPFLの研究チームは今回、この実験セットを少し改良して、誰かがいる気配だけでなく「存在しないはずの声」が聞こえるかどうかを試してみました。
「存在しない声」を聞かせる実験に成功
チームは今回、同じ実験を2回独立して行いました。
両方とも24人の健康な一般男女が参加し、1回目は女性17人・男性7人・平均年齢25歳、2回目は女性13人・男性11人・平均年齢26歳で、全員がフランス語話者です。
過去に精神疾患や神経障害、聴覚障害と診断された人はいません。
実験では先と同じロボットを使い、被験者は目隠しをして前後のロボットの間に座ります。
ここではロッドの操作と動きがシンクロする条件と、ロッドの操作と動きに0.5秒のタイムラグがある条件を用意しました。
いずれでも同じように背後のロッドは操作に応じて被験者の背中にタッチします。
(ここでは前項の解説と同様にタイムラグがある条件では、背後に誰かの気配がする錯覚が確認されている)
そして実験中、被験者はヘッドホンを通して、ノイズの一種である「ピンクノイズ(ザーという強い雨や滝のような音)」を聞かされました。
さらにそのノイズの中に被験者自身の声か他人の声のいずれかを紛れ込ませます。紛れ込ませるのはフランス語の簡単な単語のみです。
ピンクノイズは約3.5秒間つづき、音声はノイズ開始の0.5〜2.5秒の間にランダムに発生させます。
つまり、この実験では「ロッドの動きがシンクロ・自分の声」「ロッドの動きがシンクロ・他人の声」「ロッドの動きにタイムラグ・自分の声」「ロッドの動きにタイムラグ・他人の声」の4パターンがあり、これをランダムに被験者に割り当てます。
また実験セッションは一人あたり63回行い、その中には「人の声が含まれないノイズだけの条件」もランダムに含まれます。
こちらはピンクノイズのサンプルです。(※ 音量に注意してご視聴ください)
そして実験終了後にアンケート調査をし、被験者が「人の音声が入っていないときにも声が聞こえたかどうか」を調べてみました。
その結果、面白いことに、ロッドの動きにタイムラグがあり、かつ他人の声がノイズに紛れ込む条件で参加していた被験者は、実際には誰の声も入っていないノイズに対し「人の声が聞こえた」と報告する割合が高くなっていたのです。
つまり、被験者は存在しないはずの幽霊のような声を聞いていたことになります。
この幻聴は、自分の声よりも他人の声を聞いたときに有意に見られました。
これはゲームの起動音楽など私たちが日常でもよく耳にする短いメロディーと、最初の一音が同じビープ音や雑音を聞いたとき頭の中で勝手にそのメロディーが再生される現象に似たものだと言えるでしょう。
そこに誰かの気配が加わることで、いない誰かの声を聞いたという錯覚が生じると考えられます。
以上の結果について、研究主任のパボ・オレピック(Pavo Orepic)氏は、脳がロッドのタイムラグにより発生した「背後の気配」とノイズ中に含まれたランダムな音程が何度も聞いた声の高さと結びついて、被験者に「存在しない誰かの声」を聞かせてしまった可能性があると述べています。
暗い夜道を歩いていてヒューと吹いた風が人の声に聞こえるのも、脳で似た現象が起きているせいかもしれません。
参考文献
Ghost Illusion Created in the Labhttps://neurosciencenews.com/neuroscience-tle-sensorimotor-ghost-illusion-1494/
It’s Behind You! Robot Creates Feeling of Ghostly Presence
https://www.nationalgeographic.com/science/article/its-behind-you-robot-creates-feeling-of-ghostly-presence
元論文
Robotically-induced auditory-verbal hallucinations: combining self-monitoring and strong perceptual priorshttps://www.cambridge.org/core/journals/psychological-medicine/article/roboticallyinduced-auditoryverbal-hallucinations-combining-selfmonitoring-and-strong-perceptual-priors/1C33D245D2ED30F9E8CAFCAE88E07681