「この実験は先週亡くなった学生が考案したものでして。またにこの実験室にお化けが出るなんて話も聞くんですよ」
実験室で、既に亡くなった学生が考案した、実験に参加している場面を想像して下さい。その実験は、他の参加者よりも多くの問題に正解すると、高額な報酬が貰えます。
そんな実験の最中に、回答していないにも関わらず、プログラムのミスで「正解」の文字が画面上に出てしまいました。
この時あなたは実験者にエラーが起きたことを正直に伝えますか? それとも高額な報酬を得るために黙って実験を進めますか?
これは実際にニュージーランドのオタゴ大学のジェシー・ビアリング氏(Jesse Bering)らが行った実験です。
結果、実験室にお化けが出るという話を事前された参加者は、実験の中でズルをする確率が低くなったのです。
この結果は、お化けの存在が倫理観に反する、自己中心的な行動を抑制する効果を持っている可能性を示唆しています。
研究の詳細は、学術誌「Human Nature」にて2005年12月1日に掲載されました。
目次
- 誰かに見られていると自己中心的な行動が抑制される
- お化けが出ることを知るとカンニングが減る
- 神様の存在を意識しても自己中心的な行動が抑制される
誰かに見られていると自己中心的な行動が抑制される
他者の目があると、私たちは自己中心的な行動を控え、他者に利益を分配するなどの利他的行動が促進されます。
促進されるのは他者への利益の分配にとどまりません。ほかにも他者への共感や社会的規範を守る確率も高くなります。
利他的な行動を行う理由は、社会が相互依存の関係で成り立っており、他者の支援や協力が自己の利益にもつながることがあるからなどさまざまな説が提唱されています。
実際に人間がその場にいなくても、人間の目があるポスターや監視カメラであっても、この現象は生じます。
そこで研究チームは人間や監視カメラではなく、お化けが自分自身を見ていると感じさせる状況が、心理・行動面にどのような影響を与えるかを検討しました。
実験に参加したのは大学生127名で、空間認識能力を測定する課題を受けてもらいました。
この課題のなかで優秀な成績を収めた場合には、参加者は高額な報酬を獲得できます。
課題を受ける前に、参加者は以下の3つのグループに分けられました。
①統制グループ:何も実験者から伝えられない
②お化けグループ:ポール・ケロッグ(架空の大学生)が実験の考案者であり、もう既に亡くなっていること、そして実験室に彼のお化けが出ることを知る
③故人グループ:実験の考案者はポール・ケロッグ(架空の大学生)であり、もう既に亡くなっていることを知る
そして以下の注意書きを読んでもらいました。
「この実験課題は新しく考案されたものです。ときどきプログラムが誤作動を起こし、回答する前に「正解」の文字がPC上に表示される場合があります。もし誤作動が生じた場合には、スペース・キーを押してから、問題に回答してください。スペース・キーを押すと、誤って表示された「回答」の文字が消えます。プログラムの誤作動の修正にご協力をよろしくお願いします。」
注意書きには、このように書いていますが、PCの画面上に誤作動を修正せず、次に進むと回答することなく正解することができます。
つまり、ズルをすれば楽をして正答数を増やすことができたのです。
さてお化けの存在はこのとき、ズルをして得点を稼ごうという自己中心的な行動にどのような影響を与えるのでしょうか。
お化けが出ることを知るとカンニングが減る
実験の結果、お化けの存在を知った人は、他のグループの人と比較して、プログラムの誤作動を修正するまでの時間が最も短くなりました。
これは、お化けの存在が自己中心的な行動を抑制する可能性を示唆しています。
お化けの存在を知ることによる自己中心的な行動の抑制は、試験のカンニングや剽窃(コピペ)、偽造などの不正行為を防止する方法として有用だと考えられています。
実際、特に応用が利くのは教育だと考える人が多いかもしれませんが、そこには注意が必要です。
たしかにテスト実施時に教室にお化けが出ると伝えることはカンニングの防止につながるかもしれません。
しかし受験者の認知能力が低下してしまう可能性があります。
というのも、実験でお化けの存在を知った人は、他のグループの人と比べて、空間認識能力を測るテストのスコアが低くなってしまったのです。
研究チームは「お化けの存在は利己的な行動を抑制するが、認知的な資源がお化けに取られ、認知機能が低下してしまうと考えられる」と述べています。
この点を考慮すると、教育の分野ではなく、隠蔽や偽造が起きやすい場所にお化けが出る噂を流すことで、不正行為を防止することができるかもしれません。
神様の存在を意識しても自己中心的な行動が抑制される
自己中心的な行動を抑制するのは「お化け」だけではありません。
神様の存在も自己中心的な行動を抑制し、利他的行動を促進するようです。
2007年に「Psychological Science」に投稿された、ブリティッシュ・コロンビア大学のアジム・シャリフ氏(Azim Shariff)ら研究チームは、神様の存在を意識することで心理・行動面にどう影響するかを検討しました。
実験では、参加者に①神様に関連する10個の単語(spirit、divine、Godなど)を使って文章を作る人と、②何もしない人の2つのグループに分けました。
この活性化させたい概念に近い単語を用いて文章を参加者に作成させる手法は認知心理学でよく用いられます。
結果、神様の存在を意識した人は、しなかった人と比較して、約2.3倍多くのお金を他者に分配しようとする傾向がありました。
これらの結果は、超自然的な存在を意識することが利己的な行動を抑制する可能性を示唆しています。
日本人はよく特定の宗教を持たないと言われますが、代わりに日常的な観念として物に魂が宿るとか、あらゆる場所に八百万の神が住んでいるというような道徳観を持つ人が多く存在します。
これが日本ではお財布を落としてもちゃんと交番に届ける人が多いなどの理由に繋がるのかもしれません。
研究チームは「人間の目が描かれた壁紙やカメラの存在が利他的行動を促進することが分かっている。これは超常現象的な存在であっても生じるようだ。神様や幽霊などの超常的な観察者が存在する場合にも、自己中心的な行動が抑制されると考えられる。」と述べています。
また神様の存在を意識することによる自己中心的な行動の抑制に関しては、認知能力が低下するデメリットは確認されませんでした。
そのため認知能力の低下が懸念される教育などの場面では、幽霊よりも神的存在を意識させることで不正行為を防止するのが有効かもしれません。
元論文
Reasoning about dead agents reveals possible adaptive trends https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/26189837/ God Is Watching You: Priming God Concepts Increases Prosocial Behavior in an Anonymous Economic Game https://journals.sagepub.com/doi/abs/10.1111/j.1467-9280.2007.01983.x