最近、NASAのハッブル宇宙望遠鏡が撮影した特殊な超大質量ブラックホールの画像が公開されました。
これは、ブラックホール連星があった銀河から飛び出した「3つ目のブラックホール」であり、その後ろには飛行機雲のような「ブラックホールの軌跡」がはっきりと残っています。
しかもこの中では多くの新しい星が生まれており、科学者たちから「星の軌跡」と呼ばれています。
これらはアメリカ・イェール大学(Yale University)天文部に所属するピーター・ヴァン・ドックム氏ら研究チームによって発見され、その詳細は、2023年4月6日付の科学誌『Astrophysical Journal Letters』に掲載されました。
目次
- 超大質量ブラックホールが星を生む飛行機雲を作る
- 3つのブラックホールが接近した結果、そのうち1つが飛び出した説
- 「飛行機雲」のようなブラックホールの軌跡では新しい星々が誕生している
超大質量ブラックホールが星を生む飛行機雲を作る
今回の超大質量ブラックホールは2022年9月に観測されました。
研究チームが、ハッブル宇宙望遠鏡で地球から約75億光年の距離にある矮小銀河「RCP28」の球状星団を探している時、たまたまブラックホールから延びる「光の筋」を発見したのです。
当初チームは、この光の筋を宇宙線によって生じた「画像内のノイズ」だと考えました。
ところがノイズの除去作業を行っても「光の筋」が残っていたため、この筋を本格的に分析することにしました。
そして追加調査の結果、この光の筋は地球から約76億7000万光年の位置にあり長さは20万光年以上もあるとわかりました。
この長さは天の川の幅の約2倍にあたります。
さらにこの光の筋の先端には超大質量ブラックホール(太陽2000万個分の質量)があり、時速560万kmの速度で移動していることも判明しました。
560万km/hといえば音速の4500倍であり、NASAによると「地球から月までの距離を約14分で移動するのに十分な速さ」だという。
さらにドックム氏は、ハワイのケック望遠鏡を使って、この軌跡がある銀河と繋がっていることを発見しました。
つまりこの光の筋は高速で銀河から遠ざかる超大質量ブラックホールの作る飛行機雲のような軌跡だったのです。
通常銀河の中心には超大質量ブラックホールが存在します。しかし、そんな巨大なブラックホールが銀河から飛び出して移動するというのはどういうことなのでしょうか?
3つのブラックホールが接近した結果、そのうち1つが飛び出した説
銀河を追い出されたブラックホールについて、研究チームが考える仮説は次の通りです。
この領域では約5000万年前、超大質量ブラックホールを抱える2つの銀河が衝突しました。
これにより2つのブラックホールは銀河中心部でブラックホール連星を形成することになりました。
こうしたブラックホール連星は互いの重力に引かれ合って、いずれ合体すると考えられています。
ところが、この領域にはその後、さらに3つ目の銀河が出現し衝突したのです。
こうして衝突銀河内部には3つの超大質量ブラックホールが存在することになったのです。
通常2つのブラックホール連星なら、お互いの重力で引き合って近づいていくことになります。しかし超大質量ブラックホールの3重連星では、均衡が崩れ非常に不安定な状態になります。
ドックム氏は「3つの同質量の天体が重力的に相互作用する時、その作用は安定せず、通常は3つの内のいずれかが弾き飛ばされることになる」と述べています。
その言葉通り、3つの超大質量ブラックホールは三重連星として安定したり合体したりするのではなく、2対1に分かれました。
そして孤立した1つのブラックホールと連星ブラックホールが互いに弾かれ、ビリヤードのように銀河から飛び出してしまったのです。
弾かれた孤立したブラックホールが新たに衝突した3番目の銀河のものか、最初に衝突して連星となっていたブラックホールの片割れなのかは、現在のところわからないようです。
研究チームによると、そのどちらの可能性もあるとのこと。
現在、このシナリオが証明されたわけではありませんが、現在この領域に残された銀河の中心にはブラックホール存在しておらず、この点は仮説と一致しています。
「飛行機雲」のようなブラックホールの軌跡では新しい星々が誕生している
最後に、今回の発見のきっかけとなったブラックホールの光り輝く軌跡がなんなのかについて考えてみましょう。
まっさきに考えられる仮説は、この光の筋がブラックホールから放出される「宇宙ジェット」であるというものです。
ブラックホールは重力で巻き込んだ物質を極方向に向けて光速に近い速度で遥か彼方まで吹き飛ばすジェットを吹き出すことがあります。
これは遠方からでも観測できるようなガスの軌跡を生み出します。
しかし、仮にこの光の筋が宇宙ジェットなのであれば、ブラックホールから離れるにつれてその形状は扇状に広がっていくと予想されます。
ところが今回の光の筋はブラックホールからまっすぐ伸びており、宇宙ジェットとは考えられません。
その軌跡はまるで宇宙にできた飛行機雲のように見えます。
飛行機雲の軌跡は、燃料から排出された水蒸気が高高度の大気に触れて急速に水滴や氷の粒に変わることで生まれます。
では超大質量ブラックホールも移動した後に何かを作り出しているのでしょうか?
研究チームがこの軌跡を調査したところ、なんとこの領域では次々と新しい星が形成されていることがわかりました。
そのため彼らは、この軌跡を「星の軌跡」と呼んでいます。なんと超大質量ブラックホールが移動して作った軌跡は、新しく生まれる星々の輝きだったのです。
なぜ高速移動するブラックホールの後ろには、新たな星が形成されるのでしょうか?
一般的に星は、超新星爆発の衝撃波や星間雲同士の衝突をきっかけに、星間雲が引力で収縮することで誕生します。
今回研究チームは、ブラックホールが衝撃波を伴って高速移動し、銀河周辺のガスを圧縮することで、その軌跡に星が誕生するようになったと考えています。
これらの仮説を証明するには、より詳細な観測が必要となるでしょう。
チームは次のステップとして、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡やチャンドラX線観測衛星での追加観測を行いたいと考えています。
更なる調査は必要ですが、今回の発見は、そらを見上げる私たちに大きな感動を与えてくれました。
真っ青な大空に引かれた白い飛行機雲には美しさを感じるものです。
漆黒の大宇宙に引かれた「ブラックホールの飛行機雲」はそれ以上に美しいものであり、その軌跡は、星々の誕生によってキラキラと輝いています。
参考文献
Hubble Sees Possible Runaway Black Hole Creating a Trail of Stars https://www.nasa.gov/feature/goddard/2023/hubble-sees-possible-runaway-black-hole-creating-a-trail-of-stars ‘Runaway’black hole the size of 20 million suns caught speeding through space with a trail of newborn stars behind it https://www.livescience.com/runaway-black-hole-the-size-of-20-million-suns-found-speeding-through-space-with-a-trail-of-newborn-stars-behind-it元論文
A Candidate Runaway Supermassive Black Hole Identified by Shocks and Star Formation in its Wake https://iopscience.iop.org/article/10.3847/2041-8213/acba86