群れという社会性を持つ動物において、子供は親や群れの年長者の真似をしながら物事を学んでいきます。
特に動物たちは言葉で教えたり書物で記録を残すことはできないため、年長者の見よう見まねで学習することが基本です。
しかし、こういった学習は当然のことながら「上手な狩りの仕方」「食料の効率的な見つけ方」などエサというメリットに紐づくことが前提でした。
現状、こういった直近のメリットがなく、群れが社会的結束を高める理由で子供が自然と「真似」をする種族は人間だけと言われています。
しかしハンガリーのエトヴェシュ・ロラーンド大学(ELTE)の研究チームは今回、イヌが人間の飼い主に対して「おやつがもらえる」といったメリットがないのに模倣行動を行うことを発見しました。
この研究の詳細は2023年2月16日付けで科学誌「Scientific Reports」に掲載されています。
目次
- イヌだけでなくネコ、オオカミの子でも実験
- ネコやオオカミは人間の動作に興味を示さない
- イヌはご褒美がなくても人間の真似をする
イヌだけでなくネコ、オオカミの子でも実験
長く人間に飼われてきたイヌは、異種族である人間を見ても、真似をして学習する方法を獲得しています。
しかし、イヌが飼い主を見て真似による学習を行うのは、エサというご褒美があるためなのでしょうか?
イヌがご褒美をもらわなくても人間の真似をするかどうか調べるにあたり、研究チームはイヌ以外にも2種類の動物の子供について実験をしてみることにしました。
実験の対照動物として選ばれたのはネコとオオカミです。
この2種は、イヌが「人間と長く共存してきたから」真似をするのか、「高い社会性を持つから」真似をするのかを比較する上で非常に有効だと考えられています。
ネコはイヌと同じく家畜化の歴史が高い
イヌとネコは両方とも長い家畜化の歴史を持つ動物です。
イヌは人間が狩猟によって食料を得ていた約15000年前から、ネコは人間が農業を行うようになり穀物をネズミから守るために約6000年前から人間と行動を共にしていたとされています。
しかし、イエネコの祖先であるリビアヤマネコは群れを成さず単独で狩りを行う肉食動物です。
家畜化されているかどうかという点ではイヌとネコは共通していますが、社会性という点では全く異なっているのです。
オオカミはイヌと同様「群れでの社会性」を持つ
一方、イヌの祖先であるオオカミはイヌと同様に群れで生活し、群れの中では高い社会性を持ちます。
今回実験に用いられたオオカミの子は人間に育てられており、ある程度人間社会に慣れている個体ですが、人間に育てられたオオカミとイヌを比較しても、人間に対しての社会性は異なるという研究が多くあります。
人間に育てられていたとしてもオオカミという品種自体は「野生」でありイヌやネコのように「家畜化」はされていないのです。
このように、社会性の持ち方、家畜化の歴史などが異なるイヌ、ネコ、オオカミの子供たちはそれぞれ人間の行動に対し、どのような挙動をとったのでしょうか。
ネコやオオカミは人間の動作に興味を示さない
フガザ氏らが行った実験は下記のような手順で行われました。
- 動物たちに対象となる物体を見せ、好きなように触らせる。
- 人間が先ほどの対象物に動物とは異なるやり方で触れる様子を見せる。
- 人間のやり方を見た後に、動物たちの触れ方が変わるかどうか観察する。
例えば、手順1で動物が「鼻」で対象物に触れていたら手順2で人間は「手」を使って対象物に触れます。逆に動物が手を使っていたら人間は「鼻」を使って触れ、動物がそもそも対象物に触れなければランダムで「手」か「鼻」で触れるようにしました。
手順2の際に、人間は「こっちを見てね」「こうやるといいのよ」といった声掛けを行い、動物の注意を引くようにしましたが、ネコやオオカミはそういった声掛けをしてなお、ほとんど人間のようすを見てくれませんでした。
人間の動作を見つめるまでの時間はイヌが最短
人間の動作を動物が見るまでの時間を計測すると、イヌはすぐに人間の方を見たのに対し、ネコやオオカミは4~5倍の時間がかかっていました。
つまり、イヌはネコやオオカミよりずっと人間の動きに興味を持っているということです。
なお、手順2では人間が席を外し、対象物のみ置いたゴースト試験も行われましたが、オオカミとネコはこの状態のほうが対象物に集中する傾向があり、人間の動きよりも見慣れない対象物への興味が大きいことが示唆されました。
このように、人間の動作を観察することができたイヌですが、特におやつなどのご褒美を与えられるわけではないこの状況で、人間の行動を真似することはあるのでしょうか?
イヌはご褒美がなくても人間の真似をする
実験ではほとんどの動物が対象物に対して「鼻」で触れていましたが、これに対して実験では人間が「手」を使って対象物に触って見せています。
人間が「手」を使う様子を見てから、動物たちがどう行動するか観察した結果、イヌだけが人間と同様「前足」を使って対象物に触れるようになりました。
無論、人間の真似ができたからと言っておやつなどのご褒美がもらえるわけではありません。
にも関わらず、イヌは人間の仕草を「真似」し、人間からやり方を「学習」したのです。
ネコとオオカミは人間のようすを見ても変わらない
前のページでも述べた通り、ネコとオオカミについてはそもそも人間の行動や声掛けに興味を示すことすらほとんどありませんでした。
当然、人間が行った仕草を真似するということもなく、もともとの鼻を使ったやり方のまま行ったり、対象物から興味を失い触れなくなったりするだけでした。
イヌの「生来の社会性」と「人間との関係」両方が必要
ネコもオオカミもイヌのように人間の真似をしなかったことを考えると、食物などの報酬がなくても真似によって学習するのはイヌが持つ「品種生来の社会性」と「人間と築いた家畜化の歴史」両方が必要だったためと考えられます。
イヌと同様人間と長く暮らすネコですが、イヌが人間と狩猟をするときのように「共に助け合って行動する」わけではなく、「穀物に寄ってくるネズミを退治したい」という人間の思いと「ネズミを食べたい」というネコの希望が合致していただけにすぎません。
また、オオカミはイヌと同様に群れの中で社会性を持ち、親や年長者の真似をして学習する生き物ですが、イヌのようにメリットのない場面では真似する行動を取りませんでした。
イヌとオオカミの社会性は近いものがあるため、この違いは人間と共に暮らした歴史の長さが関係する可能性があります。
つまり社会性の高いイヌは、人間と暮らすうちにだいぶ人間臭くなっていて、意味のない遊びにおいても報酬とは関係なく人間の真似をしようとするようになったのかもしれません。
このように、ネコやオオカミの子供とは異なる方法で人間から学習することができることが明らかになったイヌですが、この結果はイヌと人間の未来にどのような影響をもたらすのでしょうか?
人間の親子のように「真似」で育つ子犬
今回の実験の結果を考えると食べ物という報酬に頼ってしまいがちな動物のトレーニングも、子犬の場合なら「飼い主(≒親や年長者)の行動を真似する」という性質を活かして進めることができる可能性が十分にあります。
ご褒美などがなくても、人間の真似をして学習していくイヌの子供のようすは、まるで人間の親子のようだと感じてしまいました。
人間の親子がそうであるように、イヌもまた意図せず飼い主の良い部分も悪い部分も学べてしまうと考えると、飼い主として襟を正さなくてはいけないような気がしますね。
参考文献
Dog puppies spontaneously match human actions, while kittens and wolf pups don’t https://phys.org/news/2023-02-dog-puppies-spontaneously-human-actions.html元論文
Spontaneous action matching in dog puppies, kittens and wolf pups https://www.nature.com/articles/s41598-023-28959-5