TEXT◎世良耕太(SERA Kota)
「シーズン9」とも呼ぶ2021年シーズンの最大のニュースは、最上位カテゴリーがLMP1からル・マン・ハイパーカー(LMH)に切り替わることだ。2012年からレーシングハイブリッドを搭載した車両でWECに参戦しているトヨタは、LMP1規定に合致したTS050 HYBRIDで2018年から2020年まで3年連続でル・マン24時間レースを制し、シリーズタイトルを獲得してきた。
2021年シーズンは新開発したGR010 HYBRIDで臨む。市販に向けて開発が進むGR Super Sport(仮称)とDNAを共有する、レース専用に開発された車両だ。レーシングハイブリッドを搭載するのはTS050 HYBRIDと同じだが、TS050がフロントとリヤにモーターを搭載していたのに対し、GR010は規定により、フロントのみにモーターを搭載する。モーターの最高出力は200kW(272ps、規定)だ。
車両ミッドに搭載するエンジンはTS050の2.4ℓV6ツインターボから、3.5ℓV6ツインターボに置き換えられた。最高出力は500kW(680ps)だ。エンジンとモーターの出力を単純に足せば700kW(951ps)になるが、規定により総合出力は500kWに制限される。フロントのモーターは、路面がドライの際は120km/h以上で駆動することが可能。ウエットでは140km/h以上と定められている。モーターが200kWを発生している際、エンジンが発生する出力は300kWに抑えなければならない。
TS050は735kW(1000ps)の総合最高出力を発生していたので、GR010(を含むLMH車両全般)は、大幅なパワーダウンを強いられたことになる。878kgだった最低重量は1030kgに引き上げられた(GR010の車重は1040kg)。空力にも厳しい制限が設けられ、ル・マンに特化した極端なロードラッグ(空気抵抗が極端に小さい)仕様を開発することはできなくなった。
スパ・フランコルシャン6時間を前に行なわれた合同テスト「プロローグ」では、下位カテゴリーのLMP2が総合トップタイムを記録した。意図的にパフォーマンスを抑えたLMHとのギャップを保つため、下位カテゴリーのLMP2に対して出力を引き下げ(2020年の450kWに対し400kW)、最低重量を引き上げる(930kg→950kg)措置が講じられたにもかかわらず、である。LMHとLMP2のパフォーマンスは拮抗しており、開幕戦は混戦が予想される。
そんなことを頭に入れながら、TOYOTA GAZOO Racingで開幕戦に臨む小林可夢偉選手(7号車)と中嶋一貴選手(8号車)のコメントに耳を傾けてみたい。4月29日のフリープラクティス1回目を控え、現地からオンラインで取材陣の質問に答えた。
──開幕戦に向けた意気込みをお聞かせください。
小林可夢偉「僕ら(LMH)のカテゴリーを遅くするのと同時にLMP2を遅くするということだったんですが、思いのほか僕らのクルマのタイムが伸びずLMP2が速い。だから、混戦になると思います。GR010はまだ生まれたてのクルマで、これから開発して乗りやすいクルマを作っていきたいと思います。開幕戦で優勝という結果を残せればベストですけど、レースはそう甘くないと思っているので、まずはしっかり完走し、自分らのクルマをしっかり理解するのが非常に大事だと思っています」
──LMP2とのタイム差についてどう感じていますか?
小林「(プロローグでは)僕らは軽いタンクでは走っていない。去年の倍くらい燃料を積んだ状態でのタイムなので、軽くすれば一発は速くなるかもしれません。問題なのは、車重がかなり重くなっていること。その車重がタイヤの摩耗に影響しています。デグラデーション(性能劣化)が大きすぎて、本来のパフォーマンスを維持できる時間が短すぎる。2スティント目は5秒、6秒ロスするレベルです。だから、非常に苦戦するだろうなと思っています」
──LMP2に対しては(テクニカルな)セクター2で苦労しているように見えますが。
小林「簡単に言うと、クルマの動かし方はGTカーに近い。スパ24時間で走っているようなGT3に近い。今まではフォーミュラカーにカバーを付けた感じでした。それがTS050。GR010の場合はGTカーにハイパーカーのカバーを被せた感じ。フォーミュラにカバーを付けたハイパーカーというより、ハイパーGTカーみたいな感じ」
──トータルの出力が最大500kWに規制されているので、(リヤ駆動の)エンジンだけで走っているときは500kWで、(フロント駆動の)モーターはゼロ。モーターが200kWを発生しているときは、エンジンは300kW。実際に乗っていてどんな感じなのですか?
小林「正直に言うと、まったく違和感はないですね。エンジンが出力を落とせば、モーターが補う。コーナリング中に後ろ配分にするのか、前配分にするのかはシステムで(自動的に)行ないます。その変化はまったく感じません。想像よりもスムーズです、ほんまに。今まで(TS050などで)僕らがやってきたモーターとエンジンの組み合わせがあり、その延長線上なので、技術的にはそんなに難しくなかったと思います。そこは全然、何の違和感もなく乗れている気がします」
──開幕戦、頑張ってください。
小林「打倒LMP2ということで(笑)」
──中嶋さんからも、開幕戦に懸ける意気込みを聞かせてください。
中嶋一貴「待ちに待ったレースという感じです。テストしているときよりはレースで走るほうがモチベーションは上がるので、まずはしっかり開幕戦でいいレースができるようにしたい。クルマにとってはデビューレースなので、信頼性はまだ読めない部分があるんですけど、テストでやってきたことをしっかりと、チームと自分とで出せるように最後まで走り切りたいと思います。スピードに関してはLMP2がかなり速いので、油断はできませんし、激しいレースになると思う。そこらへんも含め、見る人にとっては面白いレースになるんじゃないかと思っています」
──クルマが重くてタイヤが厳しいと聞いていますが。
中嶋「(プロローグの)初日はタイヤの落ちがかなり大きくてちょっと心配だったのですが、2日目になって少し落ち着いたかなと思っています」
──TS050とGR010の空力違いはどのような感じなのでしょうか。
中嶋「(空力よりも)感覚としては重さがすごく影響している部分が大きい。去年のスパでローダウンフォースで走ったときよりは、少しダウンフォースがある状態で走れています。ただ、重さの影響が大きい。クルマのメカニカルな部分もデザイン的に制限されて、よりGTカー的なメカニカルの構造になっているので、そういうところも含めて運転した感じは去年に比べてだいぶ違います」
──タイヤのデグラデーションはリヤのほうが大きいのでしょうか。
「リヤだけではないですね。フロントもある程度落ちは大きい。そこらへんは上手にバランスさせないといけない感じです。ニュータイヤから走り始めて、(一度給油し、タイヤはそのまま履き続け)ダブルスティントを終えるまで、バランスを見極めてうまくセットアップしないと、後半はつらくなりそうな感じはあります」
90分で行なわれたフリープラクティス1回目でトップタイムを記録したのは、LMP2のユナイテッド・オートスポーツUSA 22号車で、2分4秒083だった。トヨタ勢の最上位は7号車の7番手で、タイムは2分4秒574。8号車は10番手で2分4秒947だった。レースはアルピーヌの1台を含むLMHが3台、LMP2は14台、LMGTE Proが5台(フェラーリ488、シボレー・コルベット、ポルシェ911)、LMGTE Amが12台の計34台で争われる。