TEXT:畑村耕一(Dr. HATAMURA Koichi) PHOTO:住吉道仁
テストベンチに載っている三菱のダカールラリー用レーシング・ディーゼルエンジンを最初に見たときは、なんとも大らかに吸気管が取り回されていることにまず驚いた。これがエンジンルームに入るはずがない、と思ったが、後から車両の透視図を見ると、上手に収まっている。自由設計のパイプフレームを車体骨格とする競技専用車両のなせる業だ。
大きく取り回された吸気管の奥に、ちょこんとV6エンジンがあった。その外観は、ガソリン・エンジンそのもの! ヘッドカバーやヘッドも見るからにガソリン・エンジンのもので、各バンク2本のカムシャフトはガソリンDOHCのように広がって配置されている。こんなに広いカム間距離ということは、やはり燃焼室形状もガソリン・エンジンそのままのペントルーフ型!? まさか……。
待てよ、常識にとらわれなければ可能だ! ペントルーフ型燃焼室に、燃焼室壁とわずかな隙間を持たせた頭の尖ったピストンを組み合わせて、その中央にピストンキャビティとインジェクターを配置すれば、見事、ディーゼル燃焼室ができるのだ。
ヘッドとピストンのクリアランスは一品ごとに調整すればかなり詰められるから(量産では難しい相談だが)、主燃焼室割合(ピストンキャビティの燃焼室全体に占める容積割合)は十分確保できる。こんな形の燃焼室は他では見たことがないが、結果的に、吸排気バルブ径の大きな(高回転出力が大きい)、革新的なディーゼル燃焼室が設定できる……。三菱の技術者たちはそう考えたに違いない。
ディーゼルの燃焼は難しく、スワールの最適化、ピストンキャビティ形状、噴射ノズル仕様……と、あれこれ悩んでもわからない。だが、長年の経験の積み重ねとスワールポート形状および燃焼室形状のノウハウがなければまともに燃えなかったのは、もはや昔の話。部分負荷から全負荷、低回転から高回転まで上手に燃やすために、昔は何度もヘッドを作り直して実験して妥協を重ねたものだが、超高圧コモンレールになってからは、運転条件に応じて燃料の噴き方を変えてやればよく、さらに微粒化が素晴らしいので、スワールで混ぜなくても燃焼室空間にまんべんなく噴いてやればいい。
空気と混ざれば、それなりにうまく燃えてくれる。それはレーシング・ディーゼルとて同じこと。三菱のダカールラリー用ディーゼルでは多噴孔のインジェクターを使い、噴霧がキャビティにできるだけ当たらないような形にしてやってみたところ、最初の試作エンジンの段階から、低速から高速まで目標トルクを上回り、思いのほか良い性能が出たという。
ところが、耐久テストにかけるとすぐにオーバーヒートに襲われた。ヘッドやブロック、クランク周りなどは当然強化してあったが、調べてみるとガスケットからガス漏れして冷却水に燃焼ガスが入り込んでいた。最高燃焼圧力がガソリン・エンジンの3倍近くになるのだから無理もない。そこで一般の材料の中では最高級のものを使っていたヘッドボルトを、さらに特殊な高強度鋼にして締め付け力を強化した。これでガス漏れは止まったのでひと安心。と思うと、今度はヘッドが割れてしまった。ヘッドを補強すると今度はピストンが。それを直すとクランクシャフトが、はたまたブロックが……。結局、涙を飲んで過給圧をいくらか落とすことになった。
それでも、吸排気バルブが大きいので、現状でも完調であれば競合エンジンと互角の性能を発揮。ターボチャージングについては競技用途でも長年の経験が三菱にはあり、今回は複雑な2ステージターボシステムを使いこなしてみせている。