TEXT&PHOTO◎増田 満(MASUDA Mitsuru)
毎年、真夏以外の週末には各地で古いクルマを展示するミーティングやイベントが目白押しだった。今年は新型コロナウイルス感染拡大を防ぐため中止が相次いでいるが、11月14日に開催された北本市でのクラシックカーフェスティバルには見習うべき点がたくさんあった。
展示車両の距離を7メートル以上離したことはもちろん、検温や消毒だけでなく来場者に情報を記入してもらい感染者が出た場合に備えていたことなどが特筆できる。また、開会式でも人が集まらないよう配慮され、主催者側の工夫が随所に感じられた。
コロナ禍でのイベントのありようを考えさせられることになったが、展示車両たちは例年通り元気いっぱい。本来なら150台規模になるが、今回は80台前後に抑えたと、イベントへの協力クラブ「日本旧軽車会」会長、吉崎勝さんからお話があった。少なめの台数ながら、古いクルマとして人気が高騰している日産車はやはり多数派。なかでも複数台集まったフェアレディとスカイラインを今回は紹介していこう。
まずは今年、新型フェアレディZのプロトタイプが発表されて何かと話題のフェアレディからだ。
フェアレディはダットサンスポーツに始まる日産を代表する車種であり、北米人気を牽引してきた存在。ダットサン・フェアレディとしては2代目になるSP型は1500から始まり、1965年に1600へ発展。さらに1967年になると排気量2000の新型エンジンを搭載するフェアレディ2000、SR311型が発売された。
このSR311は日本だけでなくアメリカを中心に海外で今なお人気のあるモデルだ。国産車として初めて時速200キロ以上を実現しただけに、チューニングしてある展示車両が多かった。
SR311型フェアレディ2000の後継車として1969年に発売されたのがS30型フェアレディZだ。
Zになってクーペボディが与えられ、世界的な大ヒット作となるわけだが輸出向けは2.4リッターエンジンが主力。国内向けには2リッターのSOHCと同DOHCが用意された。DOHCエンジンはスカイラインGT-Rと同じS20型で、4バルブ3キャブレター2カムシャフトを備えることからZ432というグレード名が与えられた。
続いてはスカイラインだ。
スカイラインはもともと日産ではなく、プリンス自動車のモデル名。プリンス自動車は1966年に日産自動車と合併したため、それまで生産していたスカイラインとグリロアは日産へと引き継がれることになったのだ。
プリンス時代のスカイラインとして有名なのがS50系の2世代目。1500ccエンジンを搭載する小型ファミリーカーだったが、1964年に開催される第2回日本グランプリに必勝をかけてグロリア用2リッター直列6気筒エンジンを無理やり搭載するスカイラインGTが完成。これの市販型であるS54型2000GT-BとGT-Aが大人気になるのだ。
フェアレディZ432に搭載されたS20型直列6気筒DOHCエンジンは、そもそもプリンス自動車が開発したエンジンだ。
プリンスR380というレーシングカー用として開発されたGR8型をもとに、市販車用へと新設計したのがS20型。そしてこのエンジンは日産と合併した後である1968年にモデルチェンジした3代目スカイラインに搭載され、1969年にスカイラインGT-Rとして発売されたのだ。
スカイラインGT-Rは当初4ドアセダンのみだったが、ツーリングカーレースでのコーナリング性能を見直すためホイールベースを短縮したハードトップモデルを1970年に追加している。
スカイラインはその後、スポーツ性が人気になって日産の看板車種にまで成長するが、1985年に発売した7代目では当時流行していたハイソカーの影響を受けてボディを大型化する。電子制御による油圧式4輪操舵システム「HICAS」を量産車として世界で初めて採用したが、豪華装備にも抜かりはなかった。
当初は4ドアモデルのみだったが1986年に2ドアスポーツクーペを追加、1987年のマイナーチェンジでは大型タービンやステンレス製エキゾーストにより210psを発生するGTS-Rが800台限定で発売されるなど、スポーツ路線に回帰していた。
古い国産車のなかで圧倒的人気を誇るのがフェアレディとスカイライン。だが、この日はまだまだ多くの日産車が参加していたので、次回はその他の日産車をお届けする予定だ。
クラシックカーフェスティバル
・開催日:2020年11月14日
・開催場所:埼玉県・北本総合公園内野球場ヒートベアーズ北本スタジアム
・主催:北本市都市公園指定管理者/協力:日本旧軽車会