ではクロスプレーンクランクのメリットとは何か。一言で言えば「慣性トルクを気筒間で相殺し、合計トルクを際立たせる」ことにある。
ご存じのように、レシプロエンジンではピストンがシリンダーの中を往復する。つまり、上死点および下死点では折り返すことを余儀なくされ、かならずピストンスピードがゼロになるポイントがある。機構的にはそのようになるが、ピストンの気持ちになってみると「上死点に向かって高速に移動しているのだからそのまま上に向かって走り続けたい」となる。これが慣性である。
上死点/下死点手前ではピストン(厳密に言うとピストンアセンブリ+ピン+コンロッド小端部を含めた往復質量分)の慣性は大きくなる。逆に、クランク機構によって折り返しをさせられると、「上に向かい続ける慣性」と「クランクが下に無理矢理引き戻そうとする力」とが働き合うことになる。このように、ピストンとコンロッドが往復するだけで大きなトルク変動が生じるので、エンジンにはカウンターウェイトをクランクに設けるのが一般的だ。その重さをどれだけにするかでエンジンの振動発生の仕方が変化するのだが、非常に複雑な話なので今回は割愛する。
一般的な直列4気筒エンジンでこれらを考えると、ワンサイクル(720度=クランク2回転)で、この慣性トルクの変動が4回生じることになる。1番気筒(および4番気筒)が上死点にあるときは2番気筒(および3番気筒)は下死点にあり、というクランク位相のためだ。ならば、この慣性トルクを打ち消すためにストローク中間部に別な気筒の「慣性トルクが最大になるポイント」を設定してみたらどうか。これがクロスプレーンクランクの基本的な考え方である。
クロスプレーンクランクにして慣性トルクを相殺すると、ご覧のようにあれだけ大きかった慣性トルクの振れ幅は見事に小さくなり、小さな波が一定周期で繰り返されるようになる。そして、フラットプレーンにおいては燃焼によるガス圧トルクよりも慣性トルクのほうが圧倒的に大きいこともおわかりだろう。燃焼させようがさせまいが、ただ回っているだけでもあれだけの変動が生じているのである。不等間隔点火であることがYZF-R1のクロスプレーンクランクにおいてはよく取り上げられるが、それ自体は目的ではなく、トルク変動を抑えたかったことこそが優先事項だったと思われる。
二輪車に乗っている方ならおわかりかもしれないが、不等間隔点火による振動はライダーにとって決してネガティブではなく、むしろ「心地よい振動」として捉えられる向きすらある。YZF-R1においてもクロスプレーンクランクを用いたことで結果としてワンサイクル等間隔点火は不可能になってしまったが、慣性トルクが小さくなったことで相対的にガス圧トルクが際立つ格好となり、ライダーはその発生を手に取るように感じることができるようになった。そのことが著しいドライバビリティの向上につながっているという。