3年後の自動車とその市場はどうなるか--3年は長いようで短い。いま開発が進められている新技術の市販車搭載は3年後では実現がむつかしい。試作も含めれば最短でも5年はかかる。一方で新しい制度・規制や法改正は、即決定即実施というケースもある。それと水面下で進められる企業のM&A(合併・買収)だ。過去の例が示すように、この案件は突然のように発表され実施される。『2020年はどうなる?』ではなく、もう少し長い3年後を予想してみる。


TEXT:牧野茂雄(MAKINO Shigeo)

その3■プレチャンバー方式のガソリンエンジンは2023年に登場か?

 プレチャンバー(副燃焼室)という方式が市販車用ガソリンエンジン向けに開発されている。すでにF1エンジンで実績がある方式であり、前回(その2)取り上げたスーパーリーンバーン(超希薄燃焼)を実現する方法のひとつだ。日本ではホンダ、海外ではエンジニアリング会社のIAVやマーレなどが開発を進めている。早ければ2023年に登場する可能性もある。




 写真1はプレチャンバー方式ガソリンエンジンの一例だ。燃焼室天井の中央にある点火プラグを少し奥に引っ込め、その下に4〜10個の小さな穴が開いたキャップを、ちょうど燃焼室天井に食い込んだ状態で取り付けてある。燃料噴射装置はプラグの右隣、燃焼室に向かって斜めに取り付けてある。いわゆる筒内直接燃料噴射(DI=ダイレクト・インジェクション)だ。




 ピストンが上昇する圧縮行程では、シリンダー内に取り入れた空気が圧縮されるに連れて温度が上昇する。吸気マニフォールドの中にガソリンを噴射するポート噴射の場合は、空気とガソリンがまざった混合気がシリンザー内に入ってくる。一方、DIは吸気行程でガソリンを筒内に噴射するか、あるいは圧縮行程で噴射するか、それとも何回かに分けて噴射するかはかなり自由に設定できる。




 こうした特徴を持つDIで、たとえば吸気行程で少量の燃料を噴射して空気とよく混ぜておき、圧縮行程の最後のピストンがいちばん上(上死点)に近いところまで上昇したときに「火種」となる少量の燃焼を噴射するとどうなるか。最後に噴射された燃料は、ピストンの上昇によって点火プラグを覆うキャップの小穴からキャップ内に入り込む。ここで点火プラグが火花を発生させるとキャップ内で燃焼が発生し、その炎がキャップの小穴から勢いよく飛び出す。




 この、点火プラグ直下で生まれた燃焼がジェット噴流となって燃焼室内に飛び出し、燃焼室内の混合気を素早く燃やす。実験では、たとえ燃焼室内の混合気が理論空燃比より「薄い」状態でも、ジェット噴流の勢いで燃やすことができることが確認された。つまり、リーンバーンが可能なのだ。各社の研究では「λ=2以上(第2回の記事を参照/λ=1が理論空燃比。数字が大きくなるほど燃料が薄くなる)という薄い混合気でも確実に燃焼させることがでる」「しかもNOx(窒素酸化物)の発生を極めて少なく抑えることができる」という成果を得ている。

写真2:インジェクターで燃料を直接プレチャンバー内に送り込む方式

 一方、写真2は燃料インジェクターを点火プラグ付近と燃焼室内の両方に持つツインDIインジェクターによるプレチャンバー方式の例だ。少量のガソリンを吸気行程〜圧縮行程のどこかで噴射し、シリンダー内に薄い混合気を作っておく。圧縮行程の最後にピストンが上死点付近まで来たとき、点火プラグの近くにあるインジェクターから燃料を吹くと同時にプラグに点火し、燃焼させる。この燃焼の火炎がジェット噴流になって点火プラグ直下のキャップに開いた小穴から勢いよく飛び出し、燃焼室内の薄い混合気を一気に燃やす。




 写真1を一般にパッシブ・プレチャンバー方式、写真2をアクティブ・プレチャンバー方式と呼んでいる。F1では写真2のアクティブ・プレチャンバー方式が使われるが、ルールにより「燃料インジェクターは1気筒にひとつ」と決められているため、燃焼室内に向けて燃料を噴射するインジェクターは持っていない。




 アクティブ方式もパッシブ方式も、λ=2から2.5という「空気過剰」のスーパーリーンバーンをねらっている。つねに点火プラグの火花で点火タイミングをコントロールするため、動作そのものは通常のガソリンエンジンと変わらない。ひと足先にスーパーリーンバーンを実用化したマツダの「SKYACTIV-X」もつねに点火プラグを使い、かなり広い運転領域でλ=2以上の薄い空燃比を使っている。プレチャンバー方式もSKYACTIV-Xと同じスーパーリーンバーンによる燃費効果をねらっている。

写真3:ウォーターインジェクション(ILLUSTRATION:BOSCH)

 このプレチャンバー技術とともに注目されているのが写真3のウォーターインジェクション(水噴射)だ。すでにボッシュが吸気ポート内噴射システムとして実用化しBMWがガソリンエンジンに採用した。水は多くの熱を奪って蒸気になるため、混合気に混ぜると温度が下がりノッキングしにくくなる。同時に、水噴射によって水蒸気の層をピストン冠面に作ればピストンから奪われる熱を減らすことができ、熱損失を減らすことができる。




 日本のSIP(戦略イノベーション創造プログラム)で熱効率50%のガソリンエンジンを手がけたチーム(前回参照)は、シリンダー内に水を直接噴射する手段を使った。BMWの水ポート噴射は燃料よりも多い量の水を噴射するが、SIPは最大50%程度で使った。それでもピストン冠面とシリンダー壁面に水蒸気の層を分布させる「局所的な冷却」の効果で2,000rpm付近の熱効率アップに貢献したと言う。




 プレチャンバーと水噴射。この新しい手段を使ったエンジンは、今後3年以内に登場する可能性が高い。すでに基本的な技術は存在し実用例もある。あとはエンジンごとの適合(実はこれがもっとも時間がかかるのだが)だ。もしかしたら両方セットでの登場かもしれない。自動車用内燃機関エンジンの進歩はこれからが本番。そう言い切れるだけの材料がそろってきたのである。

情報提供元: MotorFan
記事名:「 自動車三年予想(3)——「2020年」ではなく、その先はどうなるか 牧野茂雄の【深層レポート】in-depth reporting