REPORT●小泉建治(KOIZUMI Kenji)
PHOTO●平野 陽(HIRANO Akio)
子供の頃から2ドアクーペをこよなく愛し、トヨタ・ソアラやキャデラック・エルドラドといったV8搭載のクーペを所有した経験もある筆者としては、4ドアのクーペは受け入れられるものではない。
クーペの流麗なスタイルが欲しいくせにドアは4枚あった方が便利だなんて、実に貧乏くさい考えではないか。クーペに乗るなら2ドアの不便さも喜びとして享受すべし。そして4ドアセダンはセダンらしくボクシーであるべし。
そんな調子だから、昨今プレミアムブランドを中心に4ドアクーペが数多くラインナップされることを苦々しく思っていた。
そんな記者が、あろうことか4ドアクーペの頂点に君臨するメルセデスAMG GTの4-Door Coupéに試乗することになったのだから、果たしてどうなることやら。
用意されたのは、3種類のグレードが用意されるメルセデスAMG GT 4ドアクーペの中間モデル、「GT53 4MATIC+」である。直列6気筒3.0Lツインターボエンジンをフロントに搭載し、最高出力は435ps、最大トルクは520Nmを発生。ISG(インテグレーテッド・スターター・ジェネレーター)を組み合わせる、言わばマイルドハイブリッドである。トランスミッションは9速ATで、4輪を駆動する。
ちなみにフラッグシップ・スーパースポーツのAMG GT(2ドアクーペ)とは別モノで、この4ドアクーペはEクラスやCLSとプラットフォームを共有する。
試乗車のボディカラーはブリリアントブルーマグノという鮮やかなマットブルーで、エレガントながら凄みも効いている。
LEDで構成されたヘッドランプは天地に浅く、一方で特徴的なパナメリカーナグリルはかなりの存在感があり、ひと目でスポーツカーとわかるフロントマスクを形成している。迫力があるのにオラオラ系ではないところに好感を抱く。
尻下がりのシルエットはAMGらしからぬ可憐さを帯びたもので、どことなくクラシックな匂いも漂う。それだけに、バンパー下から覗く左右4本出しエキゾーストエンドの異様さも際立つ。
これで2ドアだったら完璧じゃない?
いや、本家のAMG GT 2ドアクーペではなく「AMG GT 4ドアクーペをベースにした2ドアクーペ」ね。もうわけわからん。
インテリアもエクステリアに見合ったもので、本家2ドアのように低く潜り込むスーパースポーツ然としたものではなく、あくまで上質なクーペとして仕立てられ、広々とした空間のなかに適度なタイト感を演出した居心地のいいコクピットだ。
驚いたのはラゲッジスペースだ。通常時で461Lという容積もさることながら、とにかく床面積が広い。奥まで手が届かない。さらにリヤシートをすべて倒すと1324Lもの空間が現れ、大人が余裕で寝られる!
まぁ、こんなハイエンドモデルで車中泊する人なんていないと思うけれど、逆にそういう使い方ができるような人は本物の道楽者と言えそうだ。
「これ、なんかいいかも……」
あれだけ4ドアクーペを否定していたくせに、運転する前から早々に心が揺らぎ始めている自分が情けない。
むしろ、走り出してからは想定内である。今どきのハイエンドクーペやサルーンがスーパースポーツ顔負けのパフォーマンスを見せるのは珍しいことではなく、それはAMG GT53も例外ではなかった。
直列6気筒とISG、そして9速ATがもたらす走りはスムーズそのもので、とりわけ直6というシリンダーレイアウトが持つ先天的なアドバンテージは揺るぎようがない。
そしてえらく速い。
AMG GT53の上には最高出力639psと最大トルク900Nmを発生するV型8気筒4.0Lを搭載するGT63というモンスターが存在するが、それを知らなければGT53でも十分にモンスターである。
とはいえここまでは、前述の通り想定内である。AMGが手掛けたクルマが速くないわけがなく、記者ごときのウデで破綻させられるはずもない。
だが空恐ろしいと感じたのは、尋常ならざる旋回性能である。どう見てもヘビー級のハイスピードクルーザーなのに、タイトなコーナーでもクルッと回ってしまうのだ。これはGT63に標準装備され、GT53にはオプション設定されている「AMGリア・アクスルステアリング」という4輪操舵システムのおかげだろうと思って車載の仕様書を見てみると、なんと付いていない。
つまり車体そのものの素性の良さだけで、この旋回性能を引き出しているのである。
しかもただ旋回スピードが速いだけではない。サスペンションの沈み込みやタイヤが路面を掴んでいる感触がしっかり伝わってくるから、安心して踏んでいけるのだ。
そしてこれは今までの経験からくる「想像」だが、こうしたクルマはたいてい長時間、長距離のドライブでも疲れにくい。ただひたすら快適なだけのラグジュアリーサルーンより、AMG GTのようにインフォメーション性の高いスポーツカーのほうが安心感が高まることで緊張がほぐされるのだ。さらにはクルマと対話ができることで、運転という行為に常に前向きでいられるから、飽きたり眠くなる可能性が低くなる。
こればかりは実際にロングドライブに連れ出してみないとわからないが、優れたグランドツアラーである期待が一気に高まってきた。
さて、ここまで読み進めてくれた方の多くが、「なんだか話の辻褄が合わない」と感じていらっしゃるのではないだろうか? 4ドアクーペ否定派が毒舌を振るうはずだったのに、結局は美辞麗句のオンパレードではないか、と。
……そうなのですスミマセン。
なにかを否定するのって、たいていは実際に触れたことがなかったり、理解が足りなかったことによるものがほとんど。「見た目は気に食わなかったのに、話してみたらいいヤツだった」とか、「とくに興味のない女優だったけれど、本物を見たらハンパなく美人で一気に惚れてしまった」とか、よくある話でしょ。阪神ファンだって、巨人の選手にバッタリ会って握手なんてしてもらったら、コロッとファンになってしまうもの。中国人や韓国人が日本に来て、日本好きになってくれるのも似たような話だ。
これだけ快適で、やたらめったら速くて、運転も楽しくて、それであの巨大なラゲッジスペースを見せられたら、そりゃあお金があれば買うよコレ、と思ってしまったのが正直なところである。
そうなると「4ドアクーペというスタイルそのものも悪くない」「ルノー25やサフラン、シトロエンXMやエグザンティアみたいな、フランス伝統の5ドアセダンみたいで味があるじゃないか」なんて思えてくるのだから、もはや記者にはポリシーのポの字もないらしい。そもそもフランス車のファストバック風5ドアには肯定的だった、というのがダブルスタンダードではないか。
結論。
クルマの善し悪し、好き嫌いというものは、カテゴリーで判断できるものではない。そのクルマそのものが魅力的かどうか、それがすべてである。
というわけで、AMG GT53はお金があったら買いたいクルマの有力候補に上がってきてしまった。でもね、やっぱりこれを2ドアにしたらもっと素敵だと思うんですけれど(しつこい)。
メルセデスAMG GT 53 4MATIC
全長×全幅×全高:5050×1955×1455mm
ホイールベース:2950mm
車両重量:2080kg
エンジン形式:直列6気筒DOHCターボ
排気量:2996cc
ボア×ストローク:83.0×92.3mm
圧縮比:10.5
最高出力:320kw〈435ps〉/6100rpm
最大トルク:520Nm/1800-5800rpm
燃料タンク容量:80L
トランスミッション:9速AT
駆動方式:F・AWD
乗車定員:5名
タイヤサイズ:Ⓕ265/40R20 Ⓡ295/35R20
※試乗車はAMGダイナミックパッケージを装着(Ⓕ275/35R20 Ⓡ315/30R21)
WLTCモード燃費:10.3km/L
市街地モード燃費:7.3km/L
郊外モード燃費:10.6km/L
高速道路モード燃費:11.9km/L
車両価格:1623万円