52年6月に輸送用機器へ進出し、バイクモーター「パワーフリー号」(2サイクル36cc)を発売。 54年6月、鈴木自動車工業に社名変更。翌年3月には、主力製品となる二輪車「コレダ号」(2サイクル124cc)を発売する。 翌年10月には、軽四輪乗用車「スズライト」(2サイクル360cc)を発売し、日本における軽自動車の先鞭をつけた。
58年、社章“S”マークが制定される。 社章を制定するにあたっては、そのデザイン案を公募。300あまりの候補作があったといい、そのなかで選出されたのが、当時、東京芸術大学の学生だった手銭正道氏のものだった。 手銭氏は卒業後、日産でデザイナーとして活躍。その後、JRの鉄道車両開発に携わってきたTDO(トランスポーテーション・デザイン機構)で鉄道車両をデザインしていく。 余談だが、0系新幹線などは旧国鉄内のデザイナーが担当していた。だが、JR発足以降は、社内デザイナーではなく外部デザイナーがその任を務めるようになっている。 話は戻り、02年に創立100周年を迎えるスズキ。社章は、18年に制定60年を迎えた。 当時、まだ学生だった手銭氏も、こんなに長く、自らがデザインした社章が生き続けていくとは、その時は思いもしなかったのだろうと推察する。