近年、GaN HEMTは高周波パワーアンプのトランジスタとして、レーダーや無線通信などの長距離電波用途に広く利用されている。今後は、局所的な集中豪雨を高精度に観測する気象レーダーや、第5世代移動通信方式(5G)向けミリ波帯無線通信にも利用されると予想されている。このようなレーダーや無線通信で用いられるマイクロ波からミリ波帯の電波到達距離は、送信用の高周波GaN HEMTパワーアンプを高出力化することにより長距離化し、レーダー観測範囲の拡大や長距離・大容量通信が可能になる。
富士通研究所は2000年代初頭からGaN HEMTの研究に取り組み、現在様々な場面で使われている窒化アルミニウムガリウム(AlGaN)系HEMTを提供してきた。現在は、次世代のGaN HEMTとして、高密度に電子を発生させ大電流化を可能とする窒化インジウムアルミニウムガリウム(InAlGaN)系HEMTの研究を進めており、今回大電流と高電圧を同時に達成する結晶構造を開発した。
トランジスタの出力を向上するためには、大電流かつ高電圧で動作する必要がある。窒化インジウムアルミニウムガリウム(InAlGaN)系HEMTは、トランジスタ内部の電子密度を高めることができ、大電流化に寄与する次世代のGaN HEMTとして研究が進められている。しかしその反面、電圧をかけた際に、電子供給層の一部に過度に電圧が集中し、トランジスタ内部での結晶破壊を誘発するため、トランジスタの動作(駆動)電圧が上げられないという本質的な課題があった(図1)。
今回、結晶構造において、電子供給層と電子走行層の間に、高抵抗なAlGaNスペーサ層を挿入することで、トランジスタの大電流化と高電圧化を同時に実現することに世界で初めて成功した。
従来の窒化インジウムアルミニウムガリウム(InAlGaN)系HEMTは、ゲート電極とドレイン電極に印加された電圧が電子供給層にかかることで、電子供給層の一部に高い運動エネルギーを持った電子が多数発生していた。これらの電子が、結晶を構成する原子と激しく衝突し、結晶破壊を誘起するため、トランジスタの最大動作電圧が制限されていた。
これまですべての電圧が電子供給層に集中していたが、今回開発した高抵抗のAlGaNスペーサ層を挿入することで、トランジスタ内部の電圧を電子供給層とAlGaNスペーサ層に分散できる。電圧集中が緩和した結果、結晶内部の電子の運動エネルギー上昇が抑制され、電子供給層における結晶破壊が避けられることで、100ボルトまでの動作電圧向上を実現する。これは、本トランジスタの電極距離(ゲート電極とドレイン電極の距離)を1センチメートルにした場合、30万ボルト以上の動作電圧になることを意味する。
窒化インジウムアルミニウムガリウム(InAlGaN)系HEMTに、今回開発したAlGaNスペーサ層を適用することで、これまで両立が困難であった大電流かつ高電圧動作を実現する。さらに、富士通および富士通研究所が2017年に開発した単結晶ダイヤモンド基板接合技術を適用し、トランジスタ内部の熱を基板との接合部分から効率よく放熱することで、安定稼働を可能にする。実際に本結晶構造を持つGaN HEMTを測定したところ、ゲート幅1mmあたり世界最高出力となる19.9ワット(従来比3倍)を達成することに成功した。
本技術を適用したGaN HEMTパワーアンプの熱抵抗や出力性能の評価を行い、2020年度に気象レーダーなどのレーダーシステムや5G無線通信システムなどへの適用に向けた、高出力な高周波GaN HEMTパワーアンプの実用化を目指す。
注1:窒化ガリウムには、ワイドバンドギャップ半導体で、シリコン(Si)やガリウムひ素(GaAs)など従来の半導体材料に比べ、電圧による破壊に強いという特長がある。
注2:HEMTはHigh Electron Mobility Transistorの略。バンドギャップの異なる半導体の接合部にある電子が、通常の半導体内に比べて高速で移動することを利用した電界効果型トランジスタ。1980年に富士通が世界に先駆けて開発し、現在、衛星放送用受信機や携帯電話機、GPSを利用したナビゲーションシステム、広帯域無線アクセスシステムなど、IT社会を支える基盤技術として広く使用されている。