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10月も後半になると、夜半以降の夜空は冬空に近い星模様となってきます。天頂付近にはぎょしゃ座の一等星カペラが輝き、そこから南天に目を転じれば、ひときわ目立つオリオン座がすぐに目につきます。
オリオン座の右(西)そばには、おうし座α星の一等星アルデバランが、特徴的なv字型に見えるヒアデス星団やプレアデス星団を従えて重厚な輝きを放っています。
反対側の左(東)には、オリオン座が従える猟犬とされるおおいぬ座とこいぬ座のそれぞれのα星、シリウスとプロキオンがキラキラと輝いて、オリオン座のα星ベテルギウスと「冬の大三角」を構成しています。
10月後半からは、オリオン座流星群が活動最大期となります。流星群の母星はハレー彗星。ハレー彗星の通った軌道に残された微細なチリ成分が地球大気と摩擦を起こして流星となります。今年は10月20日が満月のため、条件はあまりよくありませんが、西洋神話でも東洋神話でもなぜか弓矢とかかわり深く語られるオリオン座と、矢のような流星群。目立つ星座と流れ星のセッションは見ごたえがありそうです。
オリオン座は、盛夏ごろから明け方に空にのぼるようになり、秋には夜半前後にはっきりと東南の空に姿を現します。日本では胴部が締まった和楽器の鼓に似ているとして「鼓星」ともいわれます。
オリオン座は目立つせいか、さまざまな神話に登場しますが、なぜかそのエピソードはトラブル絡みの物騒な物語ばかり。
威嚇するようにオリオン座に角を向けているおうし座に守られるようにくしゅくしゅっとまとまって見えている星の集団がプレアデス、昴(すばる)です。
ティーターン(巨人族)の一柱であるアトラースは、地球を担いで支えながらうめいている像として有名ですが、このアトラースの娘たちとされるのがプレアデス(またはプレイアデス)と総称される七人姉妹(アルキュオネー、メロペー、ケライノー、エーレクトラー、ステロペー、ターユゲテー、マイア)です。その七人娘と母親のプレイオネー、ともに見初めて追いかけ始めたのが、絶倫猟師オリオンです。
暁の女神エーオースの愛人で、狩猟の技にも長けていたともいわれますから、高スペックで自信満々のタイプだったのかもしれません。しかし母娘は逃げ回り、しつこく追い回されるのを憐れんで、天帝ゼウスが娘たちを七羽のハト(スバルのななつぼし)に、オリオンは猟犬を連れた猟師の姿の星にしてしまいました(ピンダロス『断片』より)。星になってもプレアデスを追いかけるようにオリオンは空に立ちのぼってくるわけです。
別の神話では、海神ポセイドンの息子として生まれたオリオンは、筋骨たくましい美男であり、うぬぼれから狩りの女神アルテミスに戦いを挑んで、その矢に当たり死んで星になったともされます。
オリオン神話には異伝も多く、夏の星座であるさそり座との因縁も有名です。
狩りの腕を自慢していたオリオンに憤った女神ガイアが、その驕りを懲らしめるためにサソリを送り込み、オリオンはその毒で死に、憐れんだアルテミスが彼を星座にします。ですが星となってもオリオンはサソリを恐れ、さそり座を見つけると大慌てで逃げ回っているとされています。逃げるのか追いかけるのか、どっちかにしろと思わなくはありませんし、何だか星空の静謐さにふさわしくないコントのようなドタバタ感もありますね。それだけ想像力を掻き立てる個性的で目立つ星座だ、ということなのかもしれません。
オリオンの右肩にあたるα星べテルギウスは赤銅色の光が特徴的な一等星で、こいぬ座α星プロキオン、おおいぬ座のα星シリウスとで「冬の大三角」を構成します。シリウスは、全天21の一等星のうちで、もっとも光の強い-1.46等級。恒星では太陽に次ぐ明るさです。最大-4.7と別格の明るさを持つ金星はともかく、最大-2.7の木星、最大-2.4の火星などの惑星たちと比べても、勝るとも劣らないほどの強い輝きを見せてくれます。太陽系の惑星たちの光が太陽の反射光である分、温かみを感じるのに対して、シリウスの光にはぎらっとした鋭いまぶしさがあります。
おおいぬ座のα星で、英語でもDog starといわれるように、シリウスは世界中でなぜか「犬」と重ねられる非常に存在感の強い星です。ギラギラとした光り方がオオカミの目や牙を連想させるせいでしょうか。エジプトではナイル川の氾濫を知らせる星として信仰され「水の上の星」「ナイルの星」「イシスの星」などの美しい呼び名とともに、やはりイヌを意味する「トート」とも呼ばれ、黒ジャッカルの頭をもつ狗頭人躯の神、アヌビスの化身とされました。
西洋やアフリカだけではありません。中国でも「天狼」「狼星」と呼ばれてきました。
この「狼の星」が、古代のある時期には赤く見えていた、という伝説を持つことをご存じでしょうか。この伝説は今もなお、「本当に赤かったのか」という議論が熱く続いています。
1世紀から2世紀ごろの自然科学者・クラウディオス・プトレマイオス(Claudius Ptolemaeus)は、著書『アルマゲスト(Almagest)』において、明るく輝く6つの赤い星の一つとして、アルデバラン(おうし座)、アンタレス(さそり座)、アルクトゥルス(うしかい座)、ポルックス(ふたご座)、ベテルギウス(オリオン座)というメジャーな5つのα星とともにシリウスの名を挙げており、古来「赤いシリウスの謎」として語り継がれ、議論が続けられています。
文献上、紀元前1,000年ごろのアッシリアの記録に、シリウスを「銅のような色」と赤い星として記しているものがもっとも古く、一方時代が下るほど、シリウスの色は私たちが見慣れた「青白い色」として記されるようになります。ですから紀元前から2世紀ごろまで、シリウスが赤く見える時代があったのではと推測されているのです。
ちなみにネット上では「シリウスの赤色化」に関して、「中国でも『天狼夜流血(天狼、夜に血を流す)』という詩があり、シリウスが赤いとされていた」という記述が多く見られますが、これは明代中国の第一の詩人と称される高啓(こうけい 1336~1374年)の「下将軍墓」の詩句の一節です。
高啓には、ほかにも媯蜼子歌に、
天狼下地舐血渾々
鹿走秦中原
蛇闘鄭国門
「天狼地に降りて血を舐めて流れ渾々たり。鹿は走る秦の中原。蛇は戦う鄭の国門。」という詩句もあります。天狼=シリウスが赤いというのではなく、災いと争いの星であるシリウスが地上に降りてきて、蛮族や盗賊に力を与えて人々の血を流すという意味であり、時代的にも文学作品が多く創作されるようになった中世の明代のもので、文学的修辞ととらえるべきでしょう。
これらの詩句に影響を与えたと思われるのは、中国正史筆頭にあたる前漢時代の『史記(太史公書)』(司馬遷)中の「天官書」に、
其東有大星曰狼。狼角変色多盗賊。下有四星曰弧、直狼。
とあり、狼星(シリウス)という大きな星には鋭い角(光芒)があり、この角が白っぽければよいのだが、色が変わると盗賊などの蛮族が勢いを増す。狼星の下には四つの星が弧をなして対峙していて、狼星の活動を抑止している(この四星は、現在の「ハト座」だと考えられます)、といった内容です。
『楚辞』(前漢~後漢ごろ)に収められた中国戦国時代(紀元前5~3世紀ごろ)の詩歌の中の東君(太陽の神)を詠った詩の中には「挙長矢兮射天狼(長矢をかかげ天狼を射る)」との詩句があり、南天に位置するギラギラする革命の星シリウスを、南天を移動する帝王としての太陽が射かけて叩きのめすというイメージ投影が古くからあったことをうかがわせます。
シリウスは、実は暗く小さな地球ほどの大きさの白色矮星シリウスBと、太陽の二倍の直径を持ち、太陽よりはるかに高温の9,700度で輝くシリウスAの二つの星が互いに引き合いながら回る二連星であることが知られており、シリウスBは白色矮星化する前は、膨張した赤色巨星でした。赤いシリウスはシリウスBの赤色巨星の光がもたらしたものでしょうか。でもそれは一億年も前の話で、たかだか数千年の間に赤色巨星から白色矮星に変化収縮したものではありません。
オカルト的に解釈すれば、一億年前に地球にいた知的生命が現生人類に残した知識「シリウスは赤い」が言い伝えられた、とか、ノアの時代の上気水層を通して見えるシリウスは赤く見えたとか、そのような解釈もしたくなる「赤いシリウス」ミステリーですが、実は有力な科学的仮説もあります。
白色矮星は表面化の深層で燃焼が継続しており、これが時に核融合反応の暴走により、一時的に表面に噴出して元の赤色巨星を思わせるような外観と色に変化することがあり、その変化は数百年から数千年というスパンで収まるというものです。この仮説に従えば、人類史のある期間、シリウスが赤く見えていた時期があったという可能性も否定できません。
地球から8.6光年、他の星々よりは、はるかに近い宇宙に位置するシリウス。惹きつけられずにはいられない「大スター」が夜空に輝く季節となりました。
(参考・参照)
星の古記録 斉藤国治(岩波新書)
ギリシア神話 呉茂一(新潮社)
星空図鑑 藤井旭(ポプラ社)
2021年10月の星空 - アストロアーツ
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