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カエデ属(Acer)はかつて実を石鹸として使われていたムクロジ(無患子 Sapindus mukorossi)目に属し、全種が木本、世界に150種ほどが知られ、北半球の温帯地域、特に中国大陸と北アメリカ大陸が分布域の中心地域になります。日本列島は樹種としては30種近くが知られ、狭い国土の中でカエデ属の種の多様性は大変豊富です。
対生する葉は多くの種で深く切れ込んで五~九裂し、掌(てのひら)のような「もみじの葉っぱ」の掌状形をなします。
イロハモミジ(伊呂波椛 Acer palmatum Thunberg)は世界には30種ほどの仲間が知られ、日本では福島県以南に分布し、晩秋に鮮やかにオレンジから赤に染まる五裂した小ぶりの葉は、赤ちゃんや小さな子供の手のひらにもたとえられて愛されてきました。山から里、街中の公園まで、さまざまな場所で見られるもっとも一般的なカエデ属で、園芸品種も豊富です。京都の紅葉の名所、高雄にちなみ「タカオカエデ」とも呼ばれています。
イロハモミジについで、庭園などによく植栽されるのが、オオモミジ(オオカエデ Acer palmatum var. amoenum)。成長しても15メートルほどにとどまるイロハモミジに比べ大きく育ち、オオモミジの野生亜種のヤマモミジは低山帯でしばしば大木となり、圧倒的な紅葉を見せてくれます。
オオモミジとヤマモミジは、太平洋側と日本海側ですみわけされているという説もありますが、個体差もあり厳密な区別はなく、園芸業界では、二種を総称して「ヤマモミジ」としています。
ちはやぶる神代もきかず竜田川 からくれなゐに水くくるとは 在原業平
古今和歌集、伊勢物語、そして小倉百人一首にも選じられたこの有名歌の「竜田川」、そしてその流域に連なる山並みである「竜田山」は古くから大和の紅葉の名所として知られていますが、川を紅に染めぬいたと表現された紅葉いかだは、きっとオオモミジの大木群から流れ落ちたものだったでしょう。そして、竜田山に宿る神霊とされるのが竜田姫。その袖が振られることでモミジは紅葉するという伝説がありました。
葉が浅く三裂するカエデがウリハダカエデ(瓜膚楓 Acer rufinerve Siebold et Zucc.)。樹皮に青みがかった色の縦縞がはいって「瓜肌」になることが語源で、本州以南の暖かい明るい場所を好み、高さは20メートルほどにもなります。幹は直立して美しい樹形に、五裂のカエデ類とはまた一味違う明るいやまぶき色の美しい黄葉を見せてくれます。身近なハイキングコースや山道でよく見られます。
街路樹や公園によく植えられるトウカエデ(唐楓 Acer buergerianum)も葉が三裂して、ウリハダカエデにやや似ていますが、ごつごつとした条突起が目立つ木肌で、すべすべしたウリハダカエデとは区別できます。中国東南部が原産で、日本にはサンカクバフウよりも早く、中世以前に渡来しました。
英語圏ではカエデ類をメープル(maple)と言いますが、北米大陸の北東部地域に分布するサトウカエデ(砂糖楓 Acer saccharum)は、国旗やコインの意匠となるカナダの代名詞のような樹木。日本でも各地で植栽されて美しい紅葉を見ることができます。メープルシロップはその幹から抽出した樹液を煮詰めて作られたものです。サトウカエデ以外のカエデ樹液でもシロップは作れますが、メープルシロップのような高い糖度や風味は出ないようです。北米大陸にはサトウカエデ以外にもカエデは多く、温暖で常緑樹などの樹種も多い日本の紅葉よりも鮮やかさと規模で上回ります。あまり語られることがないのが不思議なのですが、北アメリカの紅葉の美しさは目を見張るものがあります。
中国大陸と北アメリカのカナダ・アメリカ合衆国、そして日本列島、北太平洋を環状に囲む陸地の温帯は、世界的にも紅葉がもっとも美しい地帯として知られ、広大な太平洋を取り囲むように、東アジアと北アメリカ西部には、共通する植生があることが知られています。
北アメリカ西岸、ミューアウッド国定記念物(Muir Woods National Monument)には、世界最大の巨木とされるセコイアの森林があります。杉に似て、樹肌が赤みを帯びることからred woodとも呼ばれます。カリフォルニアのレッドウッド国立公園には、樹高100メートルを超える巨木がいくつもそそりたち、これらの超巨木の樹齢は平均で3000年、中には4000年を超えるものもあり、その生命力には目がくらむようです。
このようにセコイアといえばアメリカ西海岸の樹木というイメージが強いのですが、前述したとおり東アジアと北アメリカ西岸には共通した植生があり、日本列島にも古第三紀(6600万年前から約2303万年前)、新第三紀(2303万年前から約258万年前)から第四紀の170万年前頃まで、セコイアの一種が生息していたことが化石から判明しています。1941年、植物学者の三木茂(1901~1974年)はこの化石植物を「メタセコイア」(別世界のセコイア、といった意味でしょうか)と名づけ、植物分類にメタセコイア属を新たに加えることを提唱しました。
東アジア一帯に巨木林を形成していたメタセコイアは、更新世中期の100万年前頃に完全絶滅した、と考えられてきました。ところが同じ年、中国湖北省利川市で、当地では古くから地元民に神木として大切に保護されてきた「水杉」と呼ばれる水沢地を好む不思議な針葉樹が、「メタセコイアではないか」と南京大学の植物学者・鄭萬鈞(1908~1987年)がサンプルを採取。古生物学者ラルフ・チェイニーが母国アメリカに持ち帰り、植物学・進化生物学の権威ステビンズ(George Ledyard Stebbins 1906~2000年)が詳細に調べたところ、アメリカのセコイアの二種のうちの一種・ビッグツリーと近縁であると判明。1948年、三木とチェイニーは共同でこの樹木を正式に新種メタセコイア・グリプトストロボイデス(Metasequoia glyptostroboides)と命名し、アジアの巨木は太古から甦ったのでした。1949年には日本政府と皇室にメタセコイアの挿し木と種子が譲渡され、以降全国各地の公園、並木、公共施設に盛んに植樹されて親しまれるようになりました。
紅葉の見頃は11月下旬〜12月上旬頃。葉はネムノキにも似た羽状複葉で小さく切れ込み、紅葉時には遠目には樹全体が紅く煙っているように見えます。まさに曙杉、Dawn red tree=黎明の赤い木、の名にふさわしい、朝焼けのような独特の紅葉は感動的です。
滋賀県高島市マキノ町牧野のびわ湖畔のメタセコイア並木は「新・日本街路樹百景」「日本紅葉の名所100選」にも選ばれている名所ですし、東京都葛飾区の水元親水公園のメタセコイアの林も絶景です。そのような大規模な植栽ではなくても、探せばメタセコイアの木は、案外身近にあるもの。ぜひ探してみてください。
熱帯に起源をもつツツジ科は、ツツジ属のツツジやシャクナゲ属のシャクナゲをはじめとして多くは常緑で紅葉種はまれですが、米粒のように小さな釣鐘型の花を無数につけるドウダンツツジの仲間には、鮮やかな紅葉種がいくつもあります。
ドウダンツツジ(灯台躑躅 Enkianthus perulatus)は、自生では静岡県以南に分布する高さ1~3メートルほどの落葉小低木で、温暖地の公園の植栽としてアベリアと双璧で盛んに植えられています。4月頃、葉の芽吹きと同時に純白の小さな花を散形状に無数につけ、その様子が星空にたとえられて「満天星」という名でも呼ばれます。
葉は2、3センチの小さな狭卵形で、晩秋、冴え冴えとした朱色に見事に紅葉します。
ユリノキ(百合の木 Liriodendron tulipifera)は、モクレン科ユリノキ属に属する落葉高木で、原産は北アメリカ東南部、日本には明治時代初期に種子が渡来し、東京上野の現在の東京国立博物館の庭園に植えられて育ち、各地の公園、並木に植樹されるようになりました。
5~6月頃、薄緑色でオレンジ色の斑が入った直径6センチほどの、六弁のカップ型のチューリップのような花を枝先につけます。10~15センチほどのやや大きな葉は、独特の切れ込みを見せ、葉先がすぱっと切られたようにも見える四叉の葉は半そでシャツのような形になり、ここから和名は当初和服のハンテンに似ているとして「半纏木(はんてんぼく)」と名づけられ、大正期頃に学名のLiriodendronから「ユリの木」と呼ばれるようになりました。
高さは平均でも30メートルを越して40メートルにも達する大木で、雄大かつ端正な樹形がそそり立つ並木は、おおらかな気品とともに若やいだ勢いを感じさせます。晩秋から初冬にかけて黄色からオレンジに鮮やかに紅葉するさまも華やかで、筆者も近隣のユリノキ並木は大好きなのですが、数年前、この並木が大規模な剪定を受けて以来、精彩を欠いてしまいました。実はユリノキは剪定をきわめて嫌う性質があり、最悪枯死してしまいます。成長が早く街路樹としてはかなり大型のため剪定は致し方ないところもあるのですが、ユリノキに限らず、ケヤキやイチョウ、サクラなどの近年の街路樹の剪定は、大きな枝ごとほとんど丸裸にするほどの強剪定が行われることが多く、これには枝にとまる鳥の糞害や、落葉を嫌う地域民の要請が反映されているようです。
紅葉を愛でる日本人の心とは、生物を慈しみ共生してきた民族性の反映のたまもの。名所名木の保護にとどまらず、身近なわが町の樹木に感謝して大切にするにはどうしたらいいか、落ち葉が多くなる紅葉の時期を迎えて考えてみたいものです。
参考・参照
樹木 富成忠夫 山と渓谷社
植物の世界 朝日新聞社