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イチジクの軸を切ると、白い液体が出てきますよね。ベタベタしてなんだか怪しげですが、これは「天然ゴム(ラテックス)」の成分なのだそうです。イチジクはクワ科イチジク属(フィクス属)の植物。あのゴムの木と同じ仲間だったのです! 白い汁は、タンパク質分解酵素「フィシン」の働きで菌や微生物の侵入を防いだり、害虫などから身を守っているのですね。そのためイチジクの汁が口や手につくと、ヒリヒリしたり痒くなったりすることも…。ベタベタは脂性なので、手を洗う前にサラダ油などをなじませると、とれやすくなりますよ。
イチジクを漢字で書くと「無花果」。たしかに花は咲かないようだな…と思ったら。じつは実として食べている部分の「つぶつぶ」が花でした! なんと見えないところで密かにギッシリ咲いて(食べられて)いたようです。イチジクは、食後に食べるとフィシンの効果により消化を促進してくれます。お酒の後に食べると二日酔いの予防にも。カロリーは低めで、カリウムなどのミネラルが豊富です。水溶性食物繊維のペクチンを多く含んでいるので、便秘予防にもおすすめですよ。赤褐色に染まり、手で触って軽くへこむくらいのものが食べごろ。お腹がゆるくなる場合があるので、美味しくても食べ過ぎにはご注意を。
フィシンには凝乳作用があり、イチジクの樹液はチーズを固める酵素「レンネット」として古くからチーズ作りに利用されてきました。古代ギリシャの有名なホメロスの叙事詩『イリアス』にも、ミルクをみるみる固めていく様子がイメージされています。
軍神アレス(←とっても激しい性格)がひどい怪我をしたとき、医療の神パイエオンの治療を受けたところ、「ちょうどイチジクの汁が、まっ白い乳の液体なのを、せかしたてて凝り固まらすと、まったく見るまに、かきまわす手にくっついてくる、そのようにたちまちの間に」傷口が治ってしまったそうです。
世界最古の栽培植物ともいわれるイチジク。現在おなじみの果物のうち、聖書でいちばん初めに名前が登場するのもイチジクです。
「創世記(天地創造の巻ですね)」では、神さまはエデンの園に、食べるに良いあらゆる木々を生えさせました。最初の人間であるアダムとエバ(イブ)は、禁じられたただ1本を除けば、どの木からでもフルーツ食べ放題♪ 文字通りの楽園生活を送っていたのです。
ところがある日のこと、ふたりはヘビにそそのかされて、禁断の『善悪の知識の木』の実を食べてしまいます。もしかしていま自分たち裸!? と知ったアダムとエバは、「イチジクの葉をつづり合わせて」腰のおおいを作成! 人類初の衣類は、こうして誕生したのです。神さまが来ると、ふたりは顔を合わせるのが怖くて木の間にコソコソ隠れました。
この場面は古くから絵画のモチーフとなり、アダムとエバが食べた「禁断の果実」はリンゴとして描かれていたりします。けれど聖書には「リンゴ」という記述はありません。じつは、エデンの園の話に出てくる唯一の植物名が「イチジクの葉」なのです。そのためか「禁断の果実ってイチジクなのでは?」と考える人もいるようです。ただ、実としてのイチジクもまた書かれてはおらず、裁縫の材料として葉っぱに言及しているだけ…やはり、イチジクでもリンゴでもなく、現世ではお目にかかれない種類の実だったのではと思われます。そもそもエデンの園には、特別な木がもう1本あったのです。
それは、食べると永遠に生きるという『いのちの木』。アダムとエバは、禁断の実を食べた結果エデンの園から追放されてしまうのですが、その理由は「言いつけを守らなかったから」というよりも「園内に生えている『いのちの木』の実を食べさせないため」でした。
食べると必ず死ぬ木と、食べると永遠に生きる木。禁断の果実は、対のように2つあったのです! とはいえ、なぜ最初から「2本ともダメ」としなかったのか、謎は深まります。もしこのあと『いのちの木』の実も食べてしまったら? そう考えると、うっかり「神さまよりヘビ」を信じてしまう人間たちが永遠に生きる世界…神さま的には阻止したいのも無理はないような…。
イチジクは江戸時代に中国から日本に伝わったといわれています。名前の由来は、中国の呼び名「映日果」の読み(エイジツカ)が訛ったもの、また1日ごとに1個ずつ熟す「一熟(いちじゅく)」から、などの説があります。「不老長寿の果物」といわれるほど栄養価が高く、育てやすいので昔は庭木にもよく植えられていました。つづり合わせて着るには少し頼りない葉っぱたちが、やさしい風情を醸しています。イチジクは植えた年にも実がなり、鉢やコンテナ栽培でも2年目からはそれなりの収穫が望めるのだそうです。毎日食べごろのベストタイミングでもぎとれる喜びは、家庭栽培ならでは。興味のある方はぜひチャレンジしてみてはいかがでしょうか。
ところで、アダムとエバのソーイング作品は、神さまの目にどんなふうに映ったのでしょう。全知全能の神ですから、その場で瞬時にふたりの記憶を消去することも簡単だったはず…ところが聖書を見ると、神さまはわざわざふたりのために「皮の衣」を作って彼らに着せてやった、というのです。人間が自ら思いついた創作行為を愛おしみ、これから始まる過酷な生活にヒントを与えたもうたのでしょうか? ひょっとしたら私たち人間は、自覚しているよりずっと、「自発的に生きること」を期待されている生きものなのかもしれません。
しばしば間違ったほうを選び、恥ずかしくて隠れたくなっても、美味しい果実は今年も地上でたわわに実っています。
<参考文献・サイト>
『聖書 新改訳2017』新日本聖書刊行会(いのちのことば社)
『イリアス』ホメロス 作/呉茂一 訳(グーテンベルク21)
『育てて楽しむイチジク 栽培・利用加工』細見彰洋(創森社)
一般社団法人Jミルク オフィシャルサイト