皆さんは「サギ」というと、どんな鳥を思い浮かべますか?全身真っ白でスラリとしたシラサギ、堂々とした体躯と大きな灰色の翼で人の近くを飛んで驚かせるアオサギ、姿かたちがペンギンにちょっと似ているのをいいことに動物園でペンギンに混ざって餌を頂戴することも多いゴイサギや、水辺に釣り人のように佇むササゴイ。さらには鬱蒼とした葦原に潜み、滅多に見られない珍獣のようなヨシゴイ、サンカノゴイという種もあります。

サギは熱帯域から温帯域に広く分布し、日本ではその多くが田んぼや水辺を好んで生息し、特に夏には南方から渡ってくる種もあり、田や池、川に行けばにぎやかなサギたちのさざめきを見ることが出来ます。このため、古くはサギは田の守り神とも考えられてきました。

サギのコロニー。騒音等で嫌われますが、サギの生命力の横溢(おういつ)に感銘を受けます


会いにいけるペリカン!それがサギ

サギ科(Ardeidae)はかつてはコウノトリ目に属していましたが、近年になり詳細な遺伝子解析が行われ、今世紀に入って系統的にペリカンの近縁であることがわかり、ペリカン目(Pelecaniformes)に分類されることになりました(トキも同様にコウノトリ目からペリカン目に移動しています)。実際、顔つきや採餌の習性を見ると、ペリカンの仲間だということが実感できます。サギ類には留鳥もいますが、南方から渡ってくる夏鳥も多く、「白鷺」「青(あを)鷺」は、多くの場合夏の季語となっていて、やはり南方由来で日本に渡ってきた稲を見守るかのように、常に水田付近に佇んでいます。

しばしばサギ類は、同種間のみではなく、異種も交えて大規模な育雛コロニー「鷺山(さぎ山)」を繁殖期の4~5月ごろに形成しますが、大規模な鷺山は圧巻で、まるでそこにアフリカか南米のジャングルが現出したかのような印象を受けます。ちなみに鷺山ではサギたちの大量の糞尿で、巣がけされた木は枯れてしまうほどなのですが、木が枯れ落ちてもサギたちの排泄物が滋養となり、すぐに新しく草木が生え育ち、森は再生されます。サギたちは、森林の新陳代謝にも寄与しているのです。

サギとは、温帯の日本で生きる私たちに、熱帯を身近に感じさせる存在であり、会いにいけるペリカン、と言ってもよいかもしれません。

サギ科は大きくサギ亜科とサンカノゴイ亜科に分かれます。後述するとおり、日本語のサギ類の種名はさまざまな混淆や転移が見られて複雑です。英語でサギ類を表わす名称は、heron、egret、bitternの3つです。このうちheronは(概ね)サギ亜科で、heronの中で羽色が全て、またはほとんど白色の種(いわゆるシラサギ)をegret、サンカノゴイ亜科をbitternと称します。

サギの中でもっともメジャーで、誰もがまず思い浮かべるのはシラサギ=egretの仲間ですが、今回はまず、存在感抜群の大型サギ、アオサギの不思議な伝説について掘り下げたいと思います。

サギはペリカン。それがよくわかるショットです


「五位の光」を帯びるのはアオサギ?ゴイサギ?

アオサギ(蒼鷺 青鷺 Ardea cinerea)には、古くより夜になると青白く光る、という伝説があり、半ば妖怪扱いされてきた歴史があります。真夜中に上空を飛びながら、不穏な絶叫を木霊させている習性からくるイメージもあるのかもしれません。

江戸時代中期の浮世絵師で妖怪画家の鳥山石燕による『今昔画図続百鬼』(1779年)に「靑鷺火(あをさぎのひ)」として、また、『絵本百物語』(桃花山人 1841年)の「五位のひかり」では、

「此(この)鷺(さぎ)五位のくらゐをさづかりし故にや夜は光りありてあたりを照せり」

の注釈にそえた挿絵(竹原春泉斎 画)に、枝に留まる二羽の光り輝くアオサギが描かれています。

竹原春泉斎の絵は明確にアオサギですし、鳥山石燕の絵も、一見首の短いゴイサギ類のようにも見えますが、頭頂部が白く、眼の後ろから伸びる黒いラインなどの特徴は、明確にゴイサギではなくアオサギのもので、首をS字に縮めたアオサギであることは、鳥をよく知る人ならばわかるかと思います。『変化物春遊(ばけものはるあそび)』(桜川慈悲成 1793年)にも、

「まいよ あをきひのミヘるやなぎのたいぼくあり (中略) これあをさきのなすわざなり」

とあり、アオサギが夜中に大木にとまって青白く光り輝く怪現象が記されて(挿絵には光と、驚いて腰を抜かす人物しか描かれていませんが)います。

では『絵本百物語』の注釈の「五位のくらゐをさづかりし故に…」とは何のことでしょう。五位とは、王朝時代律令制の冠位・位階制度の位で、五位以上が昇殿を許される貴族となりました。

延喜の帝神泉苑へ行幸なつて、池の汀に鷺の居たりけるを、六位を召して、「あの鷺捕ってまゐれ」と仰せければ、いかんが捕らるべきとは思へども、綸言なれば歩み向かふ。鷺羽づくろひして立たんとす。「宣旨ぞ」と仰すれば、ひらんで飛び去らず。すなはちこれを捕ってまゐらせたりければ、「汝が宣旨に従ひてまゐりたるこそ神妙なれ。やがて五位になせ」とて、鷺を五位にぞなされける。今日より後、鷺の中の王たるべしといふ御札を、みづから遊ばいて、頸かけてぞ放たせたまふ。『平家物語』語り本系覚一本 巻五)

醍醐天皇の御世、帝が見かけたサギを召せと家来に命じると、そのサギが逃げずに殊勝に御前に畏まったので、帝は大いに満足して五位の位を授け、「この後はサギの王となるだろう」と称えた、という逸話です。この話、『平家物語』の原型にもっとも近いと言われる延慶2~3(1309~10)年ごろの、最古の写本と言われる延慶本には記載はなく、琵琶法師により伝播した語り本系の逸話として、組み込まれたものと考えられます。

この話の中で登場する「鷺」が、シラサギなのかアオサギなのかアマサギなのか、種類は記されていません。が、普通に考えれば「サギの王たれ」と帝に祝福されたサギは、やはり王にふさわしく大きな鳥であるだろうと考えるのが自然ですし、15世紀の『玉藻前物語』にも同様の逸話が掲載されていますが、こちらでは帝に召されて冠位を賜る鳥の名をはっきりと「あをさき(アオサギ)」と記しています。ですから、伝承の中で五位を授かったのは、もともとはアオサギである蓋然性が高いと言えます。

けれども、今「五位鷺」と言えば、サギ科ゴイサギ属のゴイサギ(Nycticorax nycticorax)のことですし、そればかりか「ゴイ」という名称はササゴイ属のササゴイ(笹五位 Butorides striatus)や、英語ではbitternと呼ばれるサンカノゴイ属(Botaurus)やヨシゴイ属(Ixobrychus)など、サギ科の種に広く汎用される名称になっているのです。そのせいもあり、『平家物語』で五位の位を授けられたのはゴイサギである、という説明のほうが近年では多く見られます。どちらが正しいのでしょうか。

ペンギンにも似た愛嬌のあるゴイサギ。でも五位光を発する不思議な鳥とも言われます

「ゴイ」という名の由来は、本来はアオサギもしくはゴイサギの鳴き声からつけられたもので、後に「五位をさずかった鳥」とする解釈や逸話が創作された、という説があります。アオサギの地声を聞きますと、にごって太目の貫禄があり、確かに「ゴイ、ゴイ」と聞きなすことが可能です。一方、アオサギよりは二まわりほど小柄なゴイサギの地声は「ギャウ」「キャウ」と聞こえるやや細めの声で、「ゴイ」と聞きなすのは無理があるように感じます。

鳴き声からつけられたとするなら「ごいさぎ」と呼ばれていたのはそもそもがアオサギだったことになります。と同時に、ダイサギやコサギ、アマサギなどの白いサギ類を「しらさぎ」と総称するように、青みがかって見える羽色のサギ類(アオサギやゴイサギ、ササゴイなど)を総称して「あおさぎ」と呼んでいたのかもしれません。

やがてその中でもっとも目立つ現在のアオサギが、代表してアオサギと呼ばれるようになり、逆にかつてアオサギの固有名であった五位鷺の名が、それ以外の種に払い下げられ、名前の転移がおきた。さらに、ゴイサギやササゴイと似たようなずんぐりしたシルエットのサンカノゴイ・ヨシゴイなどのbittern類にも「ゴイ」の名が広げて使用されるようになった、ということなのではなかろうか、と、想像します。

体長90~100cm、翼開長170cm。大きなアオサギを間近で見ると恐竜のよう


アオサギとはあの伝説の不死鳥だった!?

ちなみに、アオサギだけではなく、ゴイサギにも、夜中に青白く光る現象はいくつか言い伝えられています。ゴイサギは昼にも活動するアオサギよりもさらに明確な夜行性で、夜、さかんに空を飛び回り、暗闇で人に目撃されることの多い鳥です。アオサギやゴイサギの不可解な発光現象目撃譚を、羽毛への光の反射などの推測のほか、「発光バクテリアが付着したもの」とする説もあるのですが、鳥に発光バクテリアが付いていたという具体的な標本・見本があるわけではないので真偽は不明です。

ただ、夜間、星のように光りながら飛んでいる鳥らしきものの目撃例は現代になっても数多く、近年では撮影されたものすらあるために、実際夜間飛ぶ鳥が、アオサギやゴイサギに限らず何らかの原因で光ることがあるのは、かなり信憑性のある怪現象なのです。

このことについては現時点ではっきりと解明は出来ませんが、「青鷺火」「五位火」と言われます。なぜそれが強くアオサギと結びつくのか、という点については、そこに民族や時代を超えた人類の深層心理に横たわる集合無意識が関係しているのかもしれません。

古代エジプトではベンヌ(Bennu ベヌウ、ベヌ)とは、世界の始原に最初に誕生(自生)したとされる創造神話に関わる神で、その姿は壁画などでアオサギそのままの姿で描かれています。鳥が抱卵して雛を孵化させるように、ベンヌは太陽の卵を抱き、温めて孵化させた、という神話があります。そしてベンヌの鳴き声はこの世に時間の流れを生み出したとされます。

太陽の魂ともされるベンヌは不死であり、日没とともに死に、翌朝復活するとも、500年ごとに一度死に、脱皮して復活する、ともいわれます。これがギリシャに伝わると、西方に住む不死の鳥の伝説フェニックス(ポイニクス φοῖνιξ  phoenix)の原型となり、復活する太陽神の神話はやがて、イエス・キリストの神格伝説を形成してゆくのです。

遠い昔に日本にも伝わってきたであろうアオサギの不死鳥伝説。私たちは無意識のうちにそのイメージを、「光る青鷺火」として重ね合わせて見ていたのかもしれません。

後編では「鷺舞」に関わる七夕伝説と、ある有名文学作品の描写の不可解、奇祭「ケンケト祭り」などについて叙述したいと思います。



(参考・参照)

熊本の野鳥百科 大田眞也 マインド

平家物語諸本紹介

アオサギの鳴き声

首を縮めて佇むアオサギ。ゴイサギやササゴイの親分という雰囲気

情報提供元: tenki.jpサプリ
記事名:「 光る鷺「青鷺火」の真相とは?田園の守り神・鷺のミステリー《前編》