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そんな折り、夏のスタミナ食といえば、なんといってもうなぎですが、夏の土用の丑の日にうなぎを食べる習慣が広まったのは、江戸時代の博物学者・平賀源内(ひらがげんない)の発案によるものとされます(異説あり)。
── そこで今回は、うなぎが登場する落語「うなぎの太鼓」をご紹介しましょう。
近年は、ニホンウナギが絶滅危惧種に指定され、値段もやや高め。一方で、売れ残りなどを理由にうなぎが大量廃棄されている問題も発覚し、今夏はうなぎをめぐる様々な事情が取り沙汰されました。
このうなぎ、江戸時代も変わらずスタミナ食として人気がありましたが、今回ご紹介する落語「うなぎの太鼓」は、「炎天燃えるばかり」ともいうべき猛暑の真っ昼間が舞台。「一八(いっぱち)」という一人の男が、扇子片手に町をさまよっているところから始まります。
「暑いねえ。どこかでおまんま(ごはん)にありつかなくちゃいけねえ……」
そうつぶやく男の名前は「一八」。職業は「太鼓持ち」です。
現在では、もうほとんどなくなってしまった職業ですが、宴席で客をおだてるなどして座をとりもち、客人にお酌をする芸人のことを「太鼓持ち」といいます。要は、お客についてまわってお世辞を言いながらお酒をごちそうになり、祝儀を頂くのが「太鼓持ち」の仕事。
さらに、「太鼓持ち」は別名「幇間(ほうかん)」とも呼ばれますが、なんといっても調子のよさが売り物。扇子を額に当てて、お世辞ばかりを並べ立てる人物は「太鼓持ち」が天職ともされました。
そんな太鼓持ちとしては、たとえおなかが空いても、自分のお金でお昼ごはんを食べるなどは避けたいところ。日頃から身銭を切るのが惜しい習性が身についてしまっていたため、世話になっている客を訪ねてごちそうになろう……と炎天下の町を訪ね歩きますが、時季が悪く、懇意の客は暑い夏を避けて避暑地に行ってしまって、めぼしい“カモ”がなかなかつかまりません。
すると向こうから近づいてきた人物が、笑顔で一八に声をかけてきました。
「よお、師匠じゃねえか」
「はて?」。会ったことがあるようなのですが、一八はその人が誰だか思い出せません。
でも、せっかく会った客に逃げられてしまっては大変。なんせ先ほどから、腹の虫はグウグウ鳴りっぱなしです。
愛想のよさは折り紙つきの一八。なんとかとりつくろいながら、客が知っているうなぎ屋でお昼にありつくことに成功しました。ところがそのうなぎ屋、あまりきれいでないうえに、出てくるお酒もうなぎもおいしくありません。
「まあ、どっちみち客のおごりなんだし」と心の中でつぶやいた一八は、「いやこのうなぎ、口に入れただけで、とろっときますねえ」と調子を合わせています。
客は「今度うちに遊びに来いよ」とうれしいことを言ってくれるのですが、家を知らないので、
「ええと、お住いはどちらでしたかな……」と何気なく尋ねると、「なんだよ。先(せん)のところだよ(前に住んでいたところだ)」とはぐらかされてしまいます。
うなぎで空腹を無事満たし、勘定の段になって客は手洗いに。ところが、しばらく経っても戻ってきません。
「これはお迎えに行かなきゃ」と手洗いのある階下まで探しに行きますが、女中が言うには「お連れさんはもうお帰りになりました」と。
「勘定をすっと払って、俺に勝手に酒を飲ませてくれようということか。これはまた、ずいぶん粋な客だね」と一八はひとり合点しています。
ところがなんと! 女中が勘定書きを持ってくるではありませんか。
「もう勘定は済んでいるんだろ?」
「いえ、まだいただいていないのでございます」
一八は客に逃げられた挙げ句、勘定を払う羽目になってしまったのです。しかもその勘定には、客の持ち帰りのみやげ代まで含まれているではありませんか。こうなると、お酒とうなぎのまずさにも、ことさら腹が立ってきます。でも、どこにも怒りのぶつけようがありません。
しかたがないので、一八がなけなしの金で勘定を済ませて帰ろうとすると、履き慣れた自分の下駄がありません。
「どうしたい。おれの下駄は?」
すると女中は、「お連れさんが履いて帰りました」……。
下駄まで取られて、さんざんな目にあってしまった一八。それにしても、一八をひどい目にあわせた謎の人物はいったい誰だったのでしょう。日頃、人にたかってばかりいる一八を懲らしめるために現れた人物だったのか。あるいは、一八以上の“たかり屋”だったのか。
── 何回聞いても、クスッと笑いがこぼれる愉快な噺ですが、昔からうなぎを食べることは、どこか晴れがましいイベントだったよう。みなさんも「疲れたな……」と感じたら、景気づけに自腹でうなぎを食べてみては!