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「近代看護教育の母」と呼ばれるフローレンス・ナイチンゲール(1820年5月12日~1910年8月13日)は、イギリス人の両親の2年間に及ぶ新婚旅行中にイタリア・フィレンツェで誕生、フィレンツェを英語読みしたフローレンスと名付けられます。後に、看護のみにとどまらず、統計学者、社会起業家、教育学者としても名声を獲得し、病院建築でも非凡な才能を発揮しました。
幼少期より、数か国語の語学をはじめ、哲学・数学・天文学・経済学・歴史・心理学、詩や小説、美術に音楽などの芸術まで、あらゆるハイレベルな教育を受ける機会に恵まれ、才気あふれる少女に成長していきます。彼女が育った家庭は大変裕福で、毎日のように晩餐会や舞踏会が催されていたそうです。このような華やかな環境に違和感を覚えていたナイチンゲールは、次第に心に葛藤を抱えるようになっていくのです。
慈善訪問などで貧しい人々の生活を知るに至り、人々に奉仕する仕事に就きたいという思いが強くなります。このようにして、看護の道を目指すことになるナイチンゲールですが、当時のイギリスでは上流階級の女性が看護婦になるということは考えられない選択でした。当時の病院は建物の状態や衛生面も劣悪なもので、看護婦はその病院に寝泊まりしながら長時間労働を強いられることもありました。看護婦は、病人の世話をする使用人のような存在で、専門知識の必要がない職業と考えられていた時代だったのです。
ナイチンゲールの現場での看護経験は、2年半という非常に短いものでした。最初の実践体験は、ロンドンの病院の再建という責任あるもの。33歳になってはじめて、長きに渡って研鑽を積んできた看護を実践する機会が訪れたのです。ナイチンゲールは、1年間という短期間で病院の立て直しを実現。現在のナースコールの原型もこの時に考案されました。
次に訪れた機会が、クリミア戦争(1853年3月28日~1856年3月30日)への従軍です。彼女が上流階級出身の貴婦人で、社交界でもその知性や人間性が知られており、ナイチンゲールの動向に人々の注目が集まりました。そのため、看護婦という職業の地位向上とその重要性を広く知らしめることに繋がったのです。
ナイチンゲールはここでも絶大なリーダーシップを発揮し、軍部の無理解を覆し野戦病院の劣悪な環境を整えることに成功します。衛生状態は劇的に向上し、わずかな期間で負傷者の死亡率は約42%から5%に激減したことが判明しました。ナイチンゲールは不眠不休で患者の看護にあたりながら、現場のシステム改革も実現したのです。彼女の功績はここに留まらず、当時の状況分析を行い数々の統計資料を作成して国に報告を行いました。そのため、ナイチンゲールは統計学の先駆者といわれています。
戦地での献身的な姿に「クリミアの天使」と呼ばれたナイチンゲールですが、彼女は「天使とは、美しい花をまき散らす者でなく、苦悩する者のために戦う者である」という言葉を残しています。
帰国後の1857年、37歳になったナイチンゲールは心臓発作におそわれます。その後は、亡くなるまでの約50年間をほとんどベッドの上で過ごすことになりました。そのなかでも、使命感と不屈の精神で多くの本の執筆や手紙を書くことで活動を続けていくのです。
1860年に刊行された『看護覚え書』は、現在も全世界で看護の規範になっている代表的な著書ですが、ナイチンゲールによる序文には興味深いことが書かれています。
「看護師に看護することを教えるための手引書ではない。」
「他人の健康について直接責任を負っている女性たちに、考え方のヒントを与えたいという、ただそれだけの目的で書かれたものである。」
その理由は、ほとんどすべての女性が、一生のうちに子供や病人の世話をする機会がある。それゆえ、「女性は誰もが看護師なのである」と、ナイチンゲールは記しています。
看護の知識は「誰もが身につけておくべきもの」としたうえで、『看護覚え書』は下記の13章で構成されています。
1、換気と暖房
(要約)看護で最も大切なのは屋内の空気を清浄に保ち、適切な温度と換気に気を配ること。
2、住居の健康
(要約)清浄な空気と水、効果的な排水、清潔さ、採光に配慮する。
3、小管理
(要約)自分がその場にいなくても、物事が整然と行われる手筈を整える。
4、物音
(要約)不必要な物音は患者に不安を与えるので避ける。
5、変化
(要約)美しいものや色彩を見ることなど、環境の変化が体にも良い影響を与える。
6、食事
(要約)食事の時間や品質に充分注意する。
7、食物の選択
(要約)何を食べさせるかは、患者をよく観察して決める。
8、ベッドと寝具類
(要約)清潔さを保ち、ベッドのサイズや枕のあて方に注意する。
9、陽光
(要約)健康にも病からの回復のためにも、陽光は必要不可欠。
10、部屋と壁の清潔
(要約)充分に清掃を行い清潔を保つことが大切。
11、からだの清潔
(要約)からだを拭いて皮膚を清潔に保つことを心がける。
12、おせっかいな励ましと忠告
(要約)不用な励ましや忠告は患者には災いとなるので避ける。
13、病人の観察
(要約)看護に最も重要なことは観察すること。表情や顔色、排泄物などから患者の体調を知る。
この著作のなかで、病気を治すため、健康であるためのあり方を理論的に示したナイチンゲール。部屋をどう整えるか、換気や保温、陽光の大切さ、寝具の選び方から部屋やからだを清潔に保つ方法など、毎日の生活を快適にするための気付きが詰まっています。
『看護覚え書』は、看護学の古典といわていますが、今を生きる私たちの生活にも役立つ要素がたくさんあります。気になる章を読み返しながら、ぜひ手元におきたい一冊です。
参考文献
ナイチンゲール『看護覚え書』現代社 2012