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「啓蟄」以来、次第に活動期に入る生き物たちが増え始め、「立夏」に至り生命活動は爆発的に活発化します。それをあらわすように、立夏の七十二候三候は時代の各バージョン通じてにぎやかで、まるでアンバンマンの作者やなせたかし氏による「手のひらを太陽に」の歌詞のよう。登場キャラが多いので列挙します。
まずは中国宣命暦は、初候「螻蟈鳴(ろうこくなく)」、次候「蚯蚓出(きゅういんいず)」、末候「王瓜生(おうかしょうず)」。
「螻蟈(ろうこく)」とは、清代の歴史学者・朱右曾によれば「螻蟈、蛙之屬、蛙鳴始于二月、立夏而鳴者、其形較小、其色褐黑、好聚淺水而鳴」と記し、二月ごろ鳴き始めるカエルもいるが、立夏に鳴き始める種は、浅瀬を好むこげ茶色の比較的小さな蛙(おそらくカジカガエルの仲間)である、としています。一方で、螻蟈とは螻蛄(ろうこ)つまり昆虫のオケラ(ケラ)のことであるとの説もあります。もぐらのように土中生活をするオケラは、キリギリスやこおろぎの仲間で、実際初夏ごろから「ジイーーン」としみいるような音で鳴き出します。湿気を好み、田んぼの近辺には多く見られ、泳ぎも得意です。
次候の「蚯蚓」とはミミズのこと。ミミズが土の中から地上によく現れる=活発に動くようになる、といった意味です。
末候の「王瓜」はカラスウリのことで、日本はもちろん、中国では全土で見られ、果実、種子、根が漢方薬の王瓜、王瓜子、王瓜根として使われます。このカラスウリが芽吹き始める、という意味になります。
和暦の貞享暦では、初候「鵑始鳴(ほととぎすはじめてなく)」、次候「蚯蚓出(みみずいず)」、末候「竹笋生(ちくじゅんしょうず)」。
「鵑」とはホトトギス(杜鵑 Cuculus poliocephalus)のこと。初夏、インドや中国南東部などの南方から、東北以南の日本に繁殖のために渡ってきます。カッコウの仲間で、カッコウと同様、ウグイスなどの他の鳥に託卵する習性があります。昼間よりは、夜中から明け方に盛んに高らかにさえずりますが、その特徴的な声は古くより「テッペンカケタカ」「ホトトギス」などと聞きなされてきました。
次候は宣命暦を引き継ぎ、ミミズ。
末候の「竹笋」の笋は「たかむな」と読み、竹の若芽、つまりタケノコのこと。スーパーなどではすでにたけのこの旬は過ぎていて、ちょっと時期がずれているように思われますが、これは若芽の生じる時期が早い中国から伝わった孟宗竹のタケノコで、真竹のタケノコの旬は5月。真竹は古くより、日本人に食べられてきたタケノコです。
貞享暦を改暦した宝暦・寛政暦および明治期からの略本暦では、「鼃始鳴(かわずはじめてなく/かえるはじめてなく)」、次候「蚯蚓出(きゅういんいずる/みみずいずる)」、末候「竹筍生(ちくかんしょうず/たけのこしようず)」。
宝暦では初候のみ、鵑(ホトトギス)から鼃(かわず)に変更されます。鼃は蛙の異字体。田に水が張られるのを待っていたかのように、多くのカエルたちは水田に集い鳴き交わして交尾をし、水田内や水路などに卵塊を産み落とし、5月半ばから下旬ごろにはおたまじゃくしであふれかえります。
世界には現在約6500種のカエルが知られ、近年でも時折新種が見つかっています。そして日本には現在43種のカエルが生息しています。
そのうち、1月から2月の冬の間に冬眠から起き出して繁殖行動をするアカガエルの仲間や、3月から4月の早春にカエル合戦と喩えられる壮絶な集団繁殖行動をするヒキガエルの仲間などをのぞき、主要種の大半は田植え時の5月前後に繁殖活動をおこないます。
けれども、近年の水田の減少、近年の稲の品種が中干し(夏季に水を抜く作業)を必要とし、これらによる生育途中のおたまじゃくしの死滅、圃場整備によって用水路がコンクリートで仕切られ、また水の流れも速くなり、カエルたちが田んぼの外との出入りが困難になること、などの理由から、田んぼに依存する多くのカエルが減少しています。
トノサマガエルやその近縁の関東地方に多く分布するダルマガエル、イボガエルともいわれるツチガエルなどは、かつては畦を一歩歩くたびに何匹も草むらから飛び出すほどにあふれていたのに、最近ではかきわけてさがしてもなかなかおらず、夜毎のカエルの大合唱も、数十年前と比べるとほんとうにさびしくなりました。
古池や蛙(かわず)飛びこむ水の音
の芭蕉の超有名発句の「かわず」はこれだろう、と推測されているツチガエルの場合、外来種で増加し続けている大型のウシガエルの捕食被害が多く、減少に拍車をかけています。
そうした中で、かつてはカエル界ではより大型の種に押しのけられて、みそっかすの日陰者的存在だったアマガエル(日本雨蛙 Hyla japonica) のみは、大きく数を減らすこともなく、生息域を維持し続けています。大きさは3~4cmと小型で、メスはオスより大きくなります。指には水かきがほとんどなく、かわりに指先には丸い吸盤があり、吸盤を使い垂直な木や壁、ガラスさえも登ることが出来ます。このために、近年のコンクリート壁の水路でも、容易に上り下りをして移動できるため、他のカエルたちのように数を減らさずに生き残っているわけです。樹上型生活に進化したカエルで、繁殖時以外は住宅地の公園や人家の庭などにも普通に住み着いています。他のカエルと比べて乾燥に強いことも、都市化する環境の中で生き残っていける強みになっています。
体色は、腹側が白い以外は背中は全体が基本色が黄緑色で、鼻先から目の後ろにかけて黒い筋のような模様があります。また体色はまわりの環境に反応して、色を変えることができます。葉っぱの上にいるときは緑に、コンクリートや石の上にいるときには、石のようなくすんだ色、水辺にいるときは水色にと、カメレオンのようなスゴ技の持ち主。ただし皮膚からは、弱毒の物質を分泌しますので、手に乗せて遊んだ後などは、手を洗うように気をつけましょう。
「アマガエル」=雨蛙という名前のとおり、雨が近づくと、ゲコゲコ、ギョ、ギョギョ・・・とよく響く声で鳴き始める習性があり、古くから降雨の前触れとして、身近な天気予報として使われて来ました。しかも「ネコが顔を洗うと明日は雨」といったあてにならない俗説と違い、アマガエルがよく鳴く翌日の天気は75%の確率で雨である、という研究もあるほど、確度が高いもののようです。
ところでアマガエルと思っていたら、見た目はそっくりなのに別のカエルがいることはご存知ですか?
その名はシュレーゲルアオガエル(Schlegel's Green Tree Frog / Rhacophorus schlegelii )。大きさもほぼアマガエルと変わらず、全身が緑色をしている樹上型のカエルで、多くの人はアマガエルと勘違いしています。見分け方としては、アマガエルは鼻先から目を貫き耳に掛けて黒い筋が入りますがシュレーゲルにはありません。ただし、アマガエルの若い個体は、この目の付近の黒い模様が薄いので注意。
また、その妙な名前から外来種と勘違いされがちですが、れっきとした日本固有の在来種。その名前は、幕末、フィリップ・フランツ・フォン・シーボルトがオランダに持ち帰った「アマガエル」の標本の中に、別種であるこのカエルが混じっており、ドイツ人の動物学者でライデン王立自然史博物館館長ヘルマン・シュレーゲルが、固有種として登録したことから、それがそのまま訳されて和名も「シュレーゲルアオガエル」となりました。これはつまり、それ以前にこのカエルには名前がなかった(正確にはアマガエルなどと区別されていなかった)ということで、明治以前の日本では、現在では別種として名が与えられている多くのカエルがいっしょくたにまとめられていて、特定の名はなく、「ガマ」「ヒキ」「カエル」「カワズ」「カイル」などと呼び習わされていたのです。
このシュレーゲルアオガエル、名前も独特ですが、姿はアマガエルに似ていてもまったくの別科でアオガエル科。いくつかの地域で天然記念物扱いされ、特定の深山幽谷に行かなければいないと勘違いされているモリアオガエル(森青蛙 Rhacophorus arboreus)と近縁で、かつては、モリアオガエルはシュレーゲルアオガエルの変種、もしくは亜種とされてきました。近年になり、交雑をおこなっても子孫が死滅するなど、遺伝子の相違が大きいことがわかり、完全な別種と言うことになりました。モリアオガエルは、ときに繁殖期に水田に現れる場合もありますが、ほとんどは森林・山地に住み、森の中の沼や池付近で繁殖行動をします。本州各地のほか、佐渡島や伊豆大島でも見られます。
モリアオガエルは白い粘液状の泡に包んだ卵塊を止水域の池や沼の水面上に突き出た木の枝につりさげるという変わった習性を持ち(水の中での捕食を避けるためと思われます)、卵から孵ったおたまじゃくしは、順次下の水面にぽとぽとと落ちていきます。シュレーゲルアオガエルは木の枝に卵をつるしはしませんが、やはり水田畔べりの土の中に、メレンゲ状の粘液の泡で包んで卵塊を産み付けます。
さて、かつては多くのカエルは特定の名前を与えられてこなかつたということは先述しましたが、カジカガエル (Kajika frog / Buergeria buergeri)のみは、万葉集のころより歌に詠まれ、江戸時代には多くの人がその鳴き声を楽しむために捉えて飼ったために、かわきぎす(川雉子)、金襖子(きんおうし)、石鶏(せきけい)などと言った多くの別名を持っています。カジカは「河鹿」。その澄んだ高い鳴き声を、鹿の鳴き声になぞらえたためです。
カジカガエルは、里山や田んぼ環境に依存せず渓流に常に生息するカエルであることでも他のカエルと区別されていて、「カジカ」と「カエル」は別の生き物扱いまでされていました。ただこのカエルも極度に清流でなければ棲めないということはなく、日本の田舎ならどこにでも見つけられる渓流に、比較的普通にいる繁殖力も強い種です。水にぬれた岩と同系色の保護色の黒っぽい体色とすばしっこい小さな体ですが、人間に対しての警戒心はあまり強くなく、そばに近づいても平気な顔で鳴いていたりしますので、観察や身近で声を楽しむこともできるでしょう。もし「カジカなんて見たことない」という方は、そんなに近くにはない、という先入観を捨てて、たとえば渓流沿いの温泉地などに行ったときなどに耳を澄ましてみると、カジカガエルの鳴き声が、きっと聞こえてくるはずです。
参考
生物大図鑑-動物 (世界文化社)